02 Dancing doll
同じ動き、同じ返答をただ繰り返していく。そしてーーまるで人形のような無表情さ。
ティスティはそんなまちの人たちに対して、ずっと違和感がしていたことを一斗たちに伝えた。
「つまり、まちの人たちは誰かに操られているってことか?」
一斗はティスティの話を聴いて感じたままに自分の考えを二人に投げかけた。
「私もそう思ったわ。まちの人たちみんなとなるとかなりの人数だけど、アルクエードを悪用すればそれくらいはできるはずだし……」
「だよな〜。『まちの人たちを操って何か得があるのか?』というところが腑に落ちないが、ティスの話でほぼ決まりだろう」
合流した三人は勇者の銅像がある広場のベンチに座って、ティスティの話をもとにこれからの作戦会議をすることになった。
「腑に落ちないって、一斗は私の話のどこが腑に落ちなかったの?」
「ティスの話というよりも、起きている現象に対してってことよね、一斗?」
「あぁ、マイの言う通りだ。ティスの話は大筋は合っているとは思うんだが……な〜んか納得いかんのよなぁ――あぁ〜、モーーー!!」
モヤモヤが自分の頭の中を支配している感じがして、一斗は投げやりに自分の髪をシャリシャリと掻きむしった。
「それって、結局どういうことなの? 私には全然イメージがつかないわ」
「つまりだな。もし仮に何者かがまちの人たちを操っていたとするだろ? 操るってことは何か目的があって操る可能性が高いはず。そして、それが操られていると外部に発覚すると、その目的を達成するのに支障が出る危険性もあるわけだ。
それなのに『誰もがいかにも操られているじゃないか?』と思ってしまうくらい大規模で起きているこの現状は、果たして操っている奴にとってはメリットがあるのかなーーってな」
そうなのだ。現状はメリットがあまり感じられずーーむしろ、デメリットの方が多いはず。
なんせ、もし仮に魔法で操っているとしたら、何かのアクシデントで急に効力が切れたら?
または、見破られたとしたとしたら?
操っている奴らにとって都合の悪い相手に、事態を奪回するための突破口をみすみす与えてしまうことだって十分あり得る。
「それじゃあ、まるで操っていることがバレてもいいようにあえてしている可能性があるってわけね……もしくはーー」
「そもそも、彼らはすでに操る必要のない状態になっていて、バレようがバレまいが問題ないのかもしれないわね」
その後も、作戦会議は続いた。
ティスティの意見も、一斗の意見も、マイの意見もあり得ることではあったが、それはどこまでいっても可能性。
意見が出れば出るほど逆にだんだん迷宮にはまっていく気がした一斗は、今回のところは一旦会議を打ち切ることにした。
「この際だ。変な小細工とか抜きにしてよ……真正面からぶつかってみようぜ。もちろん隠密にな♪」
「ま、真正面って……」
「「まさか!?」」
ニヤ〜っと悪巧みな顔をしている一斗に対して、マイとティスティは付いていくしかないことを悟り、深〜く溜息をつく。
結局、本来の目的であるアルクエードの真相を調査するために、アルクエードの力を信仰しているといわれる教団に真っ向から当たってみることに決めたのだった。
◆エルピス 教会前
「たのも〜! って、誰もいねーじゃねぇか……それにしても外見以上に建物の中はひれ〜な」
本当に堂々と建物に侵入し、隠密という意味がよくわかっていない、一斗。
「まぁね。きっと建物内には空間を広げる何かが働いているんだわ。興味深いわね」
こちらもところ構わず建物内のあちこちを物色している、マイ。
「ねぇねぇ、本当に無断で入ってもいいの? バレたら怒られるよ?」
そんな二人に恐る恐るついていく、ティスティ。
凸凹トリオは教会を訪ねてはみたものの、誰もいない。正確に言うと、何もかも整然としていて人がいた気配もあまり感じられない。
「でも、本当にこの中に手がかりなんてあるのかしら?」
慎重に建物内を調査するティスティが思ったことを口にしてみた。
一応事前調査のときには、確かこの建物にはけっこうな人が出入りしていたはずだった。
それなのに、いくら夜に訪れたとは言え、人の気配が感じられない現場にはいつまでもいたくないと、ティスティは感じている。
「それは……間違えねぇ。以前アルクエードが使われた現場にいたときと、この場の空気の流れがすごく似ているからな」
「空気の流れって……さりげにすごいこと言うね、一斗。それは一体どんな感じなの?」
「それはーー」
ドックン!
「うっ!?」
突然心臓の鼓動を強く感じた反動で、一斗は体勢を崩し、胸を抑えて片膝をついた。
「「一斗!!」」
いきなり体勢を崩した一斗のもとに二人が駆け寄ったら、一斗の顔から滝のように汗が流れていてとても苦しそうだ。
「急にどうしたのよ、一斗!」
マイは布で一斗の汗を丁寧に拭きながら、一斗の様子を伺った。
汗を一通り拭き終わったのを見計らって、ティスティが自分の肩をかして一斗を立ち上がらせた。
「ハァハァ、なんか……突然すげぇ〜力を全身で感じてよ。ハァハァ、その波動を……もろにくらっちまったみたいでな」
「!? それはどこから感じるの、一斗?」
今度は突然マイが大きな声を出して、一斗に詰めよった。
「それはな……」
マイの中から何かを感じた一斗は目をつぶり、意識を集中して力を発生源を探った。
「んっ!? あの部屋からだ!」
一斗が指差してそう叫ぶやいなや、マイは急いでその部屋に突入した。
「急にどうしたの、マイ? 何も……ないわね」
一斗に肩をかしながらマイの後を追ったティスティ。
部屋の様子を伺ってみると、ここももぬけの殻。部屋には本棚が出入り口の両脇の壁全体に配置されております、本棚には本が一部を除いてぎっしりつめこまれている。
そして、正面には広場にあった勇者の銅像のミニチュアサイズのものが奉られていた。
「確かに……めぼしいものは何もなさそう……だな」
一斗も辺りを見渡してみたが、気になるところは何もなさそうだった。
「ところがね、こういった本棚が不自然にあるところにはね、必ず!」
首をひねりながら探索している二人をよそに、マイは迷うことなく順番通りに並んでいない本を整理するとーー。
ガチャン!
ゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴッ、ガタンッ!
本が並んでいない部分が突如奥に移動したとおもいき、右側にゆっくりスライドしていった。
「隠し通路への扉があるものよ♪」
移動した本棚の先には、おそらく別の部屋に通じるだろう扉がこっそりと姿を現した。
「なんでわかったんだ、マイ? 隠し通路の在り処が」
「なんとなくよ、な・ん・と・な・く♪ それより……この先で間違いない、一斗?」
隠し扉を開けると、その先には地下に続く隠し階段があり、下った先にあった扉からはますます力を強く感じるようになってきた。
「あぁ、間違えねぇよ。この先からきな臭え気配がプンプンするぜ……いくか?」
((コクン))
小声で突入するかどうかを二人に最終確認した一斗は、臨戦態勢のまま扉を派手に開けた。
「ここは……一体?」
突入した部屋の中央には、膨大なエネルギーが感じられる結晶が存在していた。
結晶の大きさは人の顔くらいでそこまで大きくないはずだが、緑色に輝いていて神々しい感じがするせいか大きさ以上のインパクトを受ける。
「この光り輝いている感じは……まさか、アルクエードなの!?」
ティスティは見慣れていたアルクエード詠唱時の光景と、目の前の光景がダブった。
「……みたいね。まったく人の欲っていうのは底がしれないわね」
「お前は目の前で何が起きているのかわかっているのか?」
明らかに何かを知っているかのように呟やくマイを見て、絶対に何か気づいたことがあると察した。
三人とも、ただ見ているだけなら美しい光景に見えなくもなく、見惚れていたらーー
ウ〜! ウ〜! ウ〜!
突然アラーム音が鳴り響いた。
「な、なんだ!?」
「まずい、何かトラップに引っ掛かったのかもしれないぞ! とにかく元来た道を戻ろう!」
三人は急いで出入り口に向かったが、その瞬間いきなり目の前から何が現れ、一斗に対して打撃をくわえてきた。
ブゥン!!
「あ、あぶねぇ! 突然何しやがんだ!?」
後ろに飛び退ってことなきを得た一斗。攻撃してきた相手を睨んでいたら、霧がかって認識できなかった相手の正体がだんだん見えてきた。
「ウゥ〜……ガルル〜」
「何こいつ!?」「こいつは!?」「……」
異形な姿をしている相手に恐怖を抱いている、ティスティ。
知ってはいるけれど、実物を目の前で見ることになって驚いている、一斗。
そして、この事態に何か思い当たる節がある、マイ。
それぞれ三者三様の反応を示した。
相手の正体は――ファンタジー世界では定番とも言えるゴブリンだった。
身長は、パーティーの中で一番背が低いティスティよりも20センチくらい低い。
来ている服装は服と帽子も緑色で、左手には斧を持っており、殺気立った目でこちらを睨んでいる。
通常ゲームで言うと、ゴブリンやスライムは定番中の定番の最弱敵キャラ。
しかし、戦いから縁がなくなったこの世界の人間にとっては、そのゴブリンでもかなりの強敵に値する。
今この場で戦いの経験があるのはマイだけ。しかし、本人の話では、「今は戦う力がなくなっているから戦力にはならないわ」と以前言っていた。ということは、マイを除けば一斗が対人間戦を経験したことがあっただけだった。
(けど、殺し合いの戦いなんかしたことがないからな。さぁ〜って、どうしたもんかな!)
考える暇もなく、ゴブリンは一斗をしつこく狙っている。しかし、そのことは一斗にとっては好都合だった。二人を守りながら戦う必要がなくなったから。
「しつけーんだよ!」
一斗の放った〈掌底破〉はモロにゴブリンの腹に直撃して、壁に激突した。
「「やったー!」」
「いや、まだだ……」
喜ぶ二人に対して、一斗は冷静に敵戦力の分析をしていた。
(ヤベェ〜な。氣が以前よりコントロールできるからといって、この状態をいつまでコントロールできるかわかんねぇ……どうする?)
「グ、グルル〜」
ゴブリンはダメージを与えた一斗をさらに強く睨みつけ、殺ル気満々の様子。
「マイ、ティス……ちょっと力を貸してくんねーか? ……このままじゃあちとやばい」
「も、もちろんよ、一斗!」
怯えながらも賛同するティスティ。
「……何をすればいいの?」
状況を見極めているのか、冷静に一斗に質問するマイ。
「ちっとばか耳を貸せ」
そう言うと一斗は二人を手招きで呼び寄せて、作戦内容を伝えた。
「……本当にそれで上手くいくかな……私初めての戦いだし、それに――」
「ティス――失敗してもかまわねぇよ。やれるだけやってくれれば、あとは俺がなんとかしてやっからよ」
「……わかったわ、やってみる!!」
一斗はティスティの髪を乱暴にガサゴソいじりながら伝え、ティスティはそれを心地よく受け止め作戦を決行することにした。
「マイにはしてくれないのかな?」
「お前はこんなことでビクビクしね〜だろ? 俺やティスとは違ってな」
「ありがとう、信頼の言葉と思って受け入れておくわ。さて、じゃあ早速やりますか! ティス、準備はいい?」
「え、ええ。もちろんよ! 一斗は?」
「俺もだ! じゃあこっちからーー仕掛けるとするか!」
一斗はゴブリンが動き出す前に追撃して、動きを封じることに専念した。
「一斗!」「おぅ!」
マイの掛け声で一斗は高速で真横に飛び去り、ゴブリンが一斗を見失っている瞬間――
「ティス!」「ええ!」
「<重力の鉄槌>!」「散!!」
「ギギッ!?」
マイとティスティは呼吸を合わせて、魔法と氣功術を相手に加えた。
マイの唱えた<重力の鉄槌>は、対象に対して重力に負荷を加え、相手を動きを鈍させる。
その相手を鈍らせた瞬間に、ティスティが放った<氣伝波>がゴブリンの力を奪う。
「そこだ! 掌底――」
思わず倒れこむゴブリンの顎に対して、思いっきり下から上へと掌底を食らわせ、空中に浮き上がったところを――
「ギィ!?」
「連脚!!」
すかさずティスティがゴブリンに向かって飛び上がり、三連脚を食らわせた。
ゴブリンは宙高く舞い上がり、地面に叩きつけられ、今度はピクリとも動かなくなった。
「ハァハァハァ、やったのか?」
「ええ……おそらくわね」
しばらくしたら、ゴブリンの体が急に輝き出し、次第に体が薄れていき、数秒後に姿がまったく見えなくなった。
「これは!?」
「おそらくアルクエードの効果が強制的に切れたってことかしら? 実体化できないくらいダメージを負ったことで」
「ふ〜、ともかくひと段落ついたかな」
しばらく周囲を警戒したが、何も変わりがなかったのを確認して一斗はホッと一息ついた。
「ええ、そうね。お疲れ様、一斗」
「それはこっちの台詞だぞ、ティス。よくぶっつけ本番でできたな? しかも、絶妙なタイミングで」
「そりゃあ、教えてくれている人がいいからね♪」
実際には、一斗は直接ティスティに教えることはしていないので、ティスティが組み手をする中で体験し、学んだからこそではある。
「そ、それは確かにな! なんせ俺が直々に教えてやってるんだし。
まぁそれはともかくとして、一旦この場から離脱しねぇーか? もう一度挑まれたら流石にやばい」
目の前の結晶のこととか、今倒したゴブリンのこととか、確認したいことは山ほどあるが、一斗は疲労が隠し切れないので出直すことを提案した。
「そうね。じゃあ、この建物を出て、一度宿屋で休みましょう!」
「おう!」「ええ!」
そう言って、急いで三人は立ち去った。
(あの子が今回のキーマンなのか? それにあの連携……面白い)
三人が隠し部屋を立ち去ったあと、一部始終を見ていた一つの影が足音を立てることなく姿を消した。
◇重力の鉄槌
重力を操り、重圧で相手の動きを封じつつ体力を奪う攻撃系の時空間魔法。
◆掌底破
〈発〉で体内の氣を高め、その高めた氣を手のひらに集めて相手に直接叩き込み、相手の肉体面に大きなダメージを与える。
◆氣伝波
〈発〉で体内の氣を限りなく無に近づけ、その発でめぐらせていた氣を〈散〉で飛ばし相手を無力化する。飛ばすというよりも、波を立てて遠くに伝えていくイメージ。
力んでいる相手であればあるほど影響は大きく、急速に力を失うからふらっと気を失う場合もある。




