01 黒い噂
◆エルピスのまち 出入口
「ふ〜、ようやくたどり着いたな!」
「はぁはぁはぁ。なんで……そんなに……元気一杯なの?」
「はぁはぁはぁ。そうよ……荷物をそんなに持ってくれているのに」
山々を越えて、目的地のまちであるエルピスにたどり着いた一斗たち一行。だったのだが、一斗はピンピンして元気なのに対して、マイとティスティはもうヘロヘロ状態になっていた。
「持ってくれている? そうじゃなくて、無理やり持たせた、の間違いだろ?」
「か弱い女の子の荷物を持てて光栄ね、一斗♪」
「誰がか弱いだ、誰が! マイ、本当はお前の方が力がーー<ガツ〜ン!!> イッテ〜!! 何しやがんだお前は!」
一斗の脳天にマイの杖が直撃した。
「何って? 喜んでくれている一斗にプレゼントと思ってね♪」
「お前なぁーー」「何よーー」
「ハァ〜、まただわ」
些細なことで言い争いをする一斗とマイの光景を見飽きたティスティは、ため息をついた。
(どうせこのあとすぐに仲直りして、ラブラブな感じになるのよね〜)
目の前の毎度な光景からティスティは目をそらし、今着いたまち・エルピスに向かうきっかけになった時のことを振り返ってみた。
***
そもそもなぜエルピスに行くことになったのか?
話はアイルクーダを出発した時にさかのぼる。
「ーーじゃあ無鉄砲な一斗に代わって、情報を整理するわね」
「無鉄砲って」
「はいそこ〜、お姉さんが話す時には静かにね♪」
まるで学校の先生かのようにマイは一斗を指差して、静かにさせることに成功した。
納得していない一斗をよそに、マイは話し始めた。
「まずは、私が昨夜ハルク親方と話し合った時のことを共有する前に、私がここに来てからやってきたことについて話すわね」
「昨夜って……じゃあ、あの後マイの姿が見えなかったのはーー」
「えぇ、これからの行動方針を立てるための準備をしてたわ。旅をする上では、情報収集は必須だからね〜」
ジト〜っとした目でマイに睨まれ、一斗は下を向いてしょぼんとした。
そんな二人のやりとりをティスティは苦笑しながら見守っている。
「ごほんっ、戻すわね。私は約三百年前にこの辺りがどうだったかを知っているの。それでね、ずっとこの周囲を調査してわかったことがあるんだ」
そういうとマイは荷物から一枚の紙を取り出した。そこには、アイルクーダ周辺の様子が描かれている。
「これは、ハルク親方の投影機で撮影したものだな?」
「そっか、一斗は一度見てるものね。そうよ、昨日撮影したものをいただいてきたの。でね、調査してわかったことっていうのが、環境がここ三百年で大きく変化しているってこと。特にこの辺りとこの辺りーー今では草原地帯になっているけれど、昔は森林地帯だったはずなのよ」
「!?」「それは一体どういうことなの、マイ?」
一斗はマイが言わんとしていることに思い当たりがあったが、ティスティはマイが言っていることがわからない様子だ。
「まぁまぁ、慌てないでね。実際に三百年も経てば周りの環境が変わることだって、別に不思議ではないわ……でもね、大事なのはここからよ。
問題なのは、環境が変わったということをまちの人が誰も認識していないということなの」
「認識していないって。でも、この辺りは昔から草原地帯だったと思うのだけれど……」
とてもティスティが嘘の証言をしているように思えなかった。しばらく考えていた一斗は、ハルクが言っていた話をハッと思い出した。
ーー
しかも……口を揃えてあいつらはこう言っていたんだ。『もともとこの場所は空き地だった』ってな。
ーー
(まさか、親方の話とマイの話がここで繋がってくるのか!?)
一斗は驚きを隠せないままマイを見たら、マイは真剣な顔をして頷いた。
「一方、親方も独自に調査をしていて、まちの異変に一人だけ気づいていたわ。そして、親方が調査して出した推測と私が出した推測を照らし合わせた結果ーー」
「アルクエードによる副作用がなんらかの形で関与している、ってことだな?」
一斗がマイに確認するかのように話すと、再びマイは黙って頷いた。
「アルクエードによる副作用? アルクエードを使って誰かがそう願ったのではないの?」
「そうよね、ここまでの話をきけば誰もがそう考えるはず。でもね、アルクエードを使った痕跡というのは必ず残るの」
マイはなぜそう言えるのかについてティスティに説明した。
ハルクが観測機を使って、アルクエードの影響調査をしていたこと。
調べてみたところ、使われたことによってなんらかの影響を受けていること。
つい最近にもなんらかの力が働き、ある一つの建物が空き地に変わっていたこと。
その話を聴いている最中のティスティは、とても信じられない表情をして、黙ってマイの話に耳を傾けている。
「もちろん親方が言っていたように全部推測よ。けれど、私の調査では影響があったと思われるエリアは、周りと比べてマナが弱っているようなの」
「マナ?」
「あれ、一斗にマナの説明をしていなかったかしら? マナはね、氣がめぐることによって創られるエネルギー源のことよ。人間に限らず、草木や、水、動物などが生きていくために必ず必要なもの。一斗の場合は、氣を外に使いすぎたため体内で氣がめぐらなくなり、このマナが枯渇しかけていたの」
「……マナがなくなると一体どうなるんだ? やっぱり死に絶えるのか?」
一斗は素朴な疑問をマイにぶつけてみた。
一歩まちがえれば、自分のマナが枯渇寸前だったということで、もしそうなってしまった場合の影響がすごく気になった。
「一概にそうなるとはいいきれないけど、一般的にはそうなると考える方が理解はしやすそうよね。でも、もしかするとーーいや、なんでもないわ」
「おいおい、途中で話すのを止めんなよ。気になるだろうが……まぁ、別にお前が話したくないなら仕方ねぇけどな」
「ごめん……」
いつものようにマイに突っかかってみたが、マイがなんかとても辛そうに苦笑いしたのを見て一斗は追及するのをやめた。
その場に居辛い雰囲気が流れるーー
「そういえば、私の話がまだだったね」
そんな中、ティスティが一言話した瞬間、居辛い雰囲気が拡散しているのを、一斗とマイは感じた。
「そ、そうね。ティスとの話、もう一度聴かせてもらえるかしら?」
「ええ、いいわよ。マイから次のまちの候補を探しているときいたとき、フッと昔仲良しだった男の子のことを思い出したの。その子は私が引きこもる前に親の都合で引っ越したのーーアルクエードを唯一の神の力と信じている教団の本部があるエルピスへ」
「神の力? まぁ、確かに願いを叶えてくれるからな……でも、以前にも魔法はたくさんあったときいたけど、なんでアルクエードだけ神の力って呼ばれているんだ?」
「それは、私にも詳しいことはわからないの。私が知っているのは、以前あった魔法は体内のマナを奪う悪魔の魔法だって教えられたわ。
それに対して、アルクエードは何も力を使わなくても願いが叶う奇蹟の魔法だと。
その考えを伝える教団の支部が大陸中に建てられているわ。もちろんこのまちにも」
(奇蹟の魔法か……確かに、親方に会う前までの俺もそんなように思ってたが。まちを離れてみると、魔法でなんでも願いを叶えているというやつらほど、言っている言葉の裏には何も想いが感じなかったよな)
一斗はマイとまちで再会してからハルクと会う前に、自分自身が感じたことを思い出した。
「でね。そのエルピスに関しては、妙な噂をお父様から聴いたの。一度エルピスに行ったものは誰も戻ってこないって。だから、お父様は私を見捨ててまちの外に出たけれど、決してエルピスには近寄れなかったって」
当時のことを思い出して暗い顔をしているティスティのところにマイが駆け寄り、安心させるようにティスティの手を両手で優しく握った。
「なにか事件に巻き込まれているのかもしれないわね。本当ならそんな黒い噂が流れているまちには近付かないのが正解ーー」
「だが、アルクエードのことについて調べるなら絶好の機会になる、だろ?」
「そうね、さすが一斗!」
マイはティスティから手を離し、嬉しそうに一斗に近付いていった。
「まぁな! 俺のために調べてくれてありがとう、マイ。じゃあ最初の目的地はエルピスで決まりだな」
「ええ、そのつもりで準備はしてあるわーー」
そう言って、いつの間にか仲直りしていい雰囲気をつくっている二人を見て、ヤレヤレ、と感じるティスティだった。
***
あのあとティスティの予想通り仲直りした二人。
気を取り直してエルピスのまちの中に入った一斗たちは、情報収集するために手分けしてまずはまちを散策することにした。
平和になったといえ黒い噂が絶えない街だということで、一斗とマイ&ティスティという二組に別れて行動することになった。
〜マイ&ティスティ サイド〜
「わぁ〜、見て見てティス! 素敵な髪飾りがたくさんあるわよ」
マイとティスティ組は積極的にお店に入っては物色して、また別のお店に入っては物色してーーを繰り返している。
「本当ね! でも、マイが今つけている髪飾りの方が似合っているきがするわよ?」
「ほんと〜!? ありがとう、ティス! これは特別なの、私にとって……」
マイは愛おしく自分の髪飾りを撫で始めた。目をつぶりながら何度も……
「もしかして……その髪飾りは……一斗に……」
ティスティは言葉を詰まらせながらマイに質問をした。
その問いかけに対して、マイはーー
「ううん、これは一斗にもらったものではないわ。でも、とっても大切で、大事で、忘れられないものなの」
「そう……なんだ」
マイの言葉からは嬉しさや喜びだけではなく、悲しみや悔しさ、苦しさなどを感じて、ティスティも黙ってしまった。
「まぁ、今ではあの時に匹敵するくらい大切なものを見つけたけどね♪」
そう言ってマイはティスティと腕を組み、心底嬉しそうな笑顔を彼女に向けた。
「前にも似たような話をしたよね? あの頃の私は本当に仲の良い人は一人しかいなかった。その人しかいなかったと思っていたからこそ、その人に好かれるためにできることは何でもしたわ……でも、今は別にそんなことをしなくてもいい。そんな私で生きるってマイは決めたの」
ティスティと腕を組みながらお店を後にしたマイは、どこまでも真っ直ぐ前だけを見つめて歩き始めた。
「ありがとう、ティス」
「どういたしまして、マイ」
しばらく二人は黙って街道を歩き続けた。アイルクーダと比べてエルピスは豪邸などはなく、どちらかというと庶民的な建物が目立つ。
お店の数は圧倒的にエルピスの方が多く、それで二人は偵察という名の物色を楽しんでいたわけだがーーそんな中、ティスティにはさっきから違和感がしていた。
(あれ? さっきもあの人……それにあの人も……このまちはやっぱり何かおかしいわ)
違和感の正体を考えて唸っているティスティと、それにはお構いなしで偵察を楽しんでいるマイ。
そんな二人をじっと監視する目が複数あったことを、このときの二人は見抜くことができなかった。
〜一斗 サイド〜
「あいつらいつの間にあんなに仲良くなったんだ? まぁ、あの修行場所できっと何かあったんだろうな」
一斗は仲良く歩いていくマイとティスティを思い出して、なぜだか嬉しくなりさっきからずっとニヤニヤしている。
と思いきや、そんな自分にハッと気づき、一斗は急に真面目な顔になる。
(イヤイヤ、俺はそんなキャラじゃねーだろ!?)
そんなことをさっきからずっと繰り返している一斗。
周りから見たら明らかにおかしい男が道を歩いているようにしか見えないはずだが、一斗が歩いている途中にすれ違ったときに不自然に思う存在はいなかった。
そう、誰もーー。
「それにしてもこのまちは広いなぁ〜。アイルクーダの軽く倍以上あるんじゃないのか」
今三人のいるエルピスは、確かに広い。
三百年前はアイルクーダよりも小さな農村だったが、ある一人の英雄がこの場所から誕生したことが大きく変えた。
鬼の魔の手から人類を救った勇者。
勇者が鬼人族を封印して、世界に平和が戻ったことをきっかけに、勇者が育ったエルピスは一躍有名なまちへと変わっていった。
実際にアルクエードはこの街を起点に急速に広まっていく。
なぜなら、勇者本人からアルクエードに対する指導があったから。
【人類を救った英雄が広げるものだから間違いない】
誰もがその時そう思ったし、今でもその想いは続いている。
そんな勇者が育ったまちの中央には勇者の銅像が建てられており、像の裏にこんな文字が刻まれていた。
『願いを叶えよ されば神が汝を幸せにす』
「神? 本当にこんな言葉を勇者が言ったのかよ? なんかの宗教じゃああるまいし……あんたはさぁ、本当に今のような状況を望んだのかよ……なぁ勇者さんよ?」
一斗はもう一度銅像と対面して、決して語ることのできない勇者に向かって、今感じた問いを素直に投げかけるのだった。
「一斗、銅像の前で突っ立って何してるの〜?」
「ん? マイとティスティか…いいや、この世界を救ったとされている勇者様に、何か助言をいただけないかと思ってよ」
しばらくずっと銅像と対峙していた一斗にマイから声がかかった。
「どうせ世界のことしか考えれなかった人だったから、答えなんて持ち合わせていないわよ」
「ん? なんか言ったか、マイ?」
「ううん、な〜んも言ってないわよ♪」
ボソッとマイが何か呟いたような気がして一斗は尋ねてみたが、軽くかわされてしまった。
「で、それよりどうだった? 何か収穫はあったの?」
「いや〜勇者様にずっと見とれてしまってよ〜、あははは」
「なにそれ!? 私たちはしっかり調査していたのにねぇ〜、ティス?」
「えぇ。マイは時々買い物もしていたけどね♪」
ティスティは笑顔でそう言って、買ったものが入っている袋を一斗に見えるように前に出した。
「なんだと!?」「こら、ティス! それは言わない約束だってーー」
「でも! マイの行動のおかげで気づいたことがあるわ」
マイの行動の真偽を確かめようとする一斗。
慌ててフォローしようとするマイ。
二人の言葉を制止して、ティスティは自分が感じたことを二人に伝えるーー
「このまちの人たちの様子が、なんかおかしいの」




