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19 決着と終着 前編

 ティスティたちが戦う少し前まで時間は遡る。


 城から少し離れたところにある湖のほとりで、二人の男は対峙する。


 一人はこの鬼ヶ島の主である鬼人族の鬼徹。

 愛刀『心頭滅却』を背負い、臨戦態勢を整える。


 対するもう一人は、またまた巻き込まれる形で人族の代表となり、この地に赴いた異世界人世渡一斗。

 彼は相変わらず一見かったるそうにしているが、瞳は嘘をつかない。

 全身に氣を巡らせ、いつでも全力で戦える準備は万全である。



「……いくぞ」

「あぁ、こいよ」


 お互い一言を皮切りに、激しい戦いの幕が切って落とされた。



 最初から全力で行くと決めていた鬼徹は、初手から愛刀を抜き、問答無用で一斗に斬りかかる。

 対する一斗は、持ち前の体術で攻撃を回避しようと試みるものの、防戦一方の展開からスタートした。



 戦闘開始してから早1時間。


 周囲の地形は、激しい戦闘の影響で変わり果て、彼らが動いた先にあった木々はすべて薙ぎ倒されている。


「おらーっ!」

「くっ」


 初めて一斗が反撃したのを、鬼徹はかろうじて回避。

 お互い間合いをあけたところで、鬼徹による攻撃の手が初めて止まる。




 *




 ふぅ、危ない危ない。


 マジで容赦ない鬼徹の猛攻のせいで、冷や汗が出っぱなしだった。

 明らかに殺傷力のある技を、なんとか致命傷を避けるだけで精一杯だ。



「容赦ねーなぁ、たっく~。底が見えねぇぜ」

「何を言う? 我のどんな技にも適用みせるお主こそ、底が見えぬわ」

「まっ、それが唯一の俺の強みだからな」


 燃犀之明ねんさいのめい――実体に触れることで、特性を氣で同調・解析する俺のオリジナルスキル。

 この技を駆使しているからこそ何とか対応できているが、もし使えなかったらすぐに決着は着いていただろう。


「それに、この状況はお前が望んだことだろう? 俺と全力で戦う機会を」

「……」

「やっぱりな」


 無言で好戦的な感じでニヤッとするのは止めてほしい。


 それにしても、やはり予想通りだった。

 いくら実の弟が人質に捕られているとはいえ、鬼徹の実力があれば簡単に排除できるはずだ。

 とはいえ、この状況を作りだしたのは鬼徹であるとは考えにくいが、相手の思惑に便乗したんだろう。


 もちろん確信を得たのは、この戦いが始まってからだ。

 奴の繰り出す技の一つ一つに、言葉では表現しきれていない300年以上積もりに積もった想いがこもっていた。

 悔しさ・憎しみ・悲しみといった負の感情もあるが、その中にも優しさ・嬉しさ・喜びのような正の感情もどちらも入り混じっていて。


 なるほど、とても話し合いで割り切れるものではないんだと体感できたのである。



「……あっちは決着が着いたようだな。ならば、我らも決着を着けようぞ」


 鬼徹はさらに氣を爆発的に高めてきた。

 おいおい、この力はまずいだろっ!


「今度はどうやって凌ぐ?」

 鬼徹は抜刀術の構えをとり、次の瞬間――俺の面前にいくつもの剣閃が迫る!



 今まさに、『死』というフレーズが頭の中をよぎった。


 ザザッ

<流されるままにこの世界にやってきた>

 一斗の脳裏には、前の世界からこの世界にやってきたときの思い出が蘇る。


「俺は、まだ……」

 ザザッ

<マイとの出会いから始まり、ハルク・ティスティ・ケイン……たくさんの出会いがあった>

 時には衝突したり、敵対したり、離れたり。

 色々あったが、真っ向から向き合うことでわかり合ってきた。


「やり残したことを……やってみたいことをやりきっていない」

 ザザッ

<だが、鬼人族との関係をこのままで終わらせるつもりはない>

 今ここで朽ち果てしまったら、歴史はまた繰り返してしまう。

 だからこそ、全力で互いの想いを伝えあってみせる。そして――


「俺が諦めない限り、必ず道は開けるのだから!」

 パキーンッ!

 一斗のみぞおち辺りから五芒星の魔法陣が現れた。鎖でがんじがらめで固められていた星のうち、最後の五つ目の星に固められていた鎖が砕け散って消滅した。




「消し飛べー! <雲散霧消うんさんむしょう>」

「なにッ!?」

 俺から発した光が四方八方に放射され、迫りくる剣閃をすべて打ち消した。


「今度のはさすがに肝が冷えたぜ」

「……その言葉だけでは終わらせるのか?」

 鬼徹は俺の予想外の事態に驚いているのか、どこか納得できない様子だ。


「当たり前だろ……そろそろ決着を着けるか?」

「名残惜しいが、よかろう……今度こそ我の全身全霊をもってお主――一斗に挑む!」

「あぁ、望むところだ!」


 お互いの間合いから一撃で勝負だッ!


「<羅刹連斬らせつれんざん>」

「<虚空連撃こくうれんげき>」

 同時に放ったお互いの技が中央でぶつかり合う。

虚空連撃こくうれんげき>はそれこそ最初の戦いで鬼徹が繰り出した技をコピーして、オリジナルスキルとして昇華したとっておきだ。


「ぬぅ~、これで終わりだ!!」

「ッ!? (さらに技を――)」



 *


 競り合っていた衝撃波に鬼徹の追加の一撃が加わり、一斗の技が完全に競り負けて鬼徹の一撃が襲い掛かる。

 ズドーンッ!という一斗のいた周囲に轟いた。

 土煙が晴れたあと、一斗がいた地点には何も残っていなかった。


「……終わったな」

「あぁ、俺の勝ちだ」

「ッ!?」


 今度は鬼徹が驚く番であった。

 なにせ仕留めたと思っていた相手が、いつの間にか自分のすぐ傍にいたのだから。

 刀で対応できない間合いに入られ、もうどうしようもできないと思った瞬間――鬼徹は満足そうに笑みを浮かべ、一斗の起死回生の一撃を受け入れた。


(見事だ……一斗)


 *



「はぁ、はぁ、はぁ……ようやく……決着か」

 あの一瞬、俺は賭けに出た。

虚空連撃こくうれんげき>が競り負けると分かった時点で、攻撃をモロに受けることを決めた。

 ただ、モロに受けたままでは負傷している今の俺では生死にかかわるから、一か八かまだ試したことのない氣功術を試すことにした。

 受けた衝撃によるエネルギーを体内に一時的に吸収して、そのまま一気に体外へと放出する起死回生のカウンター攻撃<回天練武かいてんれんぶ>。

 相手の隙が生じたときに繰り出す一撃は、相手を再起不能にするほどの破壊力が生まれる。

 この技を思いついたときそう感じたからこそ、誰にも試すことができなかったのである。


「かずとー!」

「「「鬼徹様!」」」


 すると、遠くからティスたちの声が聞こえてきた。


「おぅ」

 よろよろと手を上げて、ティスに返事をする。


「『おぅ』じゃないよ、まったく! そんな傷だらけになって。鬼徹さんは?」

「生きてるぞ。一時的に気を失ってはいるだろうけど」


 鬼徹の方へとティスの肩を借りて歩いていくと、ちょうど目を覚ましたようだ。

 目を覚ますの早すぎないか。


「よぅ、調子はどうだ?」

「まったく体が動かせぬ。だが――気分は今までで最も爽快だ」

 そう言う鬼徹は、まるで憑き物が取れたかのようにスッキリした表情をしている。


「鬼徹様……」

「羽生……それに皆の衆、すまない。こいつに――一斗に完敗してしまった」

「何を仰います!」

「そうです! 次こそは鬼徹様が勝つに決まっているわ」

「お前たち……」


 おいおい。

 何度目の突っ込みになるかわからんが、少なくともこいつとの全力勝負はもうしたくないぞ。

 疲れるだけじゃなくて、まじで死にかけるから。

 だが――


「いいぜ、いつでもリターンマッチは受け付けるぜ。今度はあんたに圧勝してみせるさ」

「ふっ、ぬかせ」

「やれやれ……本当にあなた方は……めでたい方々……ですね」


 すると、バロンとかいう下っ端が口を挟んできた。

 そういえば、こいつはいつ見ても束縛されているな。

 そっちの気があるのか?



「もう人質はいない。貴様の陰謀もここまでだ」

「人質……元々そんなのには期待していませんよ。私が人柱になることが、本来の目的なのですから! <アペリエンス>」

 バロンが呪文らしきものを唱えると、奴の胸元から光が生じて、天まで届くような光柱が現れた。


「魔法!? マナや氣は封じたはずなのに!?」

「私は……隠し持っていたペンダントに込められた術を……解除しただけです。これで……あなた方も終わりです」


 光柱がうっすらと消えていくと、遥か上空から飛来する何かが見えてきた。

 あれは!?


「<隕石落下メテオフォール>、古代の禁術魔法です。あなた方が……どれだけ強くても天災級魔法を防げますか?」

「隕石だと!?」


 確かにまだ豆粒くらいの大きさでしか捉えられていないが、物凄い勢いでこっちに迫ってきている物体の存在を感じる。


「この島は……私を含め、すべてのものが……消滅するでしょう」

「貴様!」

「せいぜい……あがくといいでしょう。無駄を悟ったとき……私の復讐も同時に果たされる」

 飛翔がバロンに胸倉を掴んで威嚇するが、やつはもう生きることを諦めているからか一切動じない。

 復讐……か。

 どうせティスに対する恨みだろうが、それこそ自業自得だろうに。


 とは言え、ぐずぐずしていられないな。



「……ティス、まだいけるか?」

「もちろんいけるよ、一斗!」

「落下地点近くまで移動するぞ」

 だいたい落下地点は予想付く。

 あとは時間との相談だ。


「いくら一斗殿であっても無理だ!」

「そうよ、あんなの――鬼徹様が万全であっても……」

「あ~っ! 馬鹿かお前らは! 無理かどうかじゃない。どうやってあれを退けるのかを考えろよ!」

 こんなやりとり自体が勿体ないだろ!

 生か死か。

 どっちかを選択したら、そのために最善を尽くさず終わるなんてぜってぇー嫌だ。


「……なぜ逃げない」

 鬼徹は動揺することなく俺に尋ねてくる。


「逃げる? この状況でか? 助けたいやつらがいる――それだけで俺が命をかける理由は十分だろ!」

 俺は気力を振り絞って、落下予測地点へと急いだ。




 *




 落下予測地点は、鬼人族のアジトである城。


 まちがいなくこの位置に来るはず。


 あとはあいつ(隕石)をなんとかするだけだ。



「一斗、何か策はあるの?」

「策、そんなのねぇーよ。だが、やるしかないだろ?」

「……そうね」


「毎回すまねぇな、ティス。命がけの戦いにばかり巻き込んでしまってよ」

「気にしないで。私が好きであなたについていってるのだから」


 そう答えるティスはまったく怖がっていないように見える。

 一蓮托生。

 ここで死ぬ気はねぇーから、何が何でもやりきってみせる。



「<双竜天翔そうりゅうてんしょう>であれを粉砕するのはどうかな?」

「粉々にすることはできるだろうが、その分は破片が周囲に飛び散ってしまったら二次災害だ」

「確かにそうよね……じゃあどうするの?」

「俺が直接<掌底破しょうていは>をあいつにぶち込んで、内部から完全に粉砕する。だから、ティスにはあいつの勢いを削いでもらいたい……できるか?」

 本当は俺よりも消耗していないティスこそ適任かもしれないが、内部から完全に粉砕するとなると、単純な<掌底破しょうていは>だけでは難しいかもしれん。

雲散霧消うんさんむしょう>を応用するイメージだ。


「……わかったわ、やってみる!」

 ティスは俺に何か言いたそうだったが、言葉を飲み込んで隕石に向き合う。


「<灼熱の火柱フレア>!」

 シェムルが習得した魔法、<灼熱の火柱フレア>。

 通常は炎の壁を出現させるだけであるが、ティスは応用をきかせて隕石が落下する予測行路上に炎の壁の道を作った。


「(ならば――)<堅氣光けんきこう>」

 俺はティスが作った壁の強度を増すように、氣でさらにコーディングした。



「お願い、止まってーッ!」


 隕石は多少勢いは落ちたかもしれないが、無情にも何も障害はないと言わんばかりの勢いでこっちに突っ込んでくる。


「くッ」

「一斗!?」


 まずい!

 一気に氣を放出し過ぎた影響に体が耐えられず、たまらず左膝をついてしまった。

 ただでさえ、鬼徹の戦いでほとんど氣は使っていたし、<回天練武かいてんれんぶ>の反動で体力もかなり消耗してしまっている。


 このままでは――



「駄目だよ、一斗。女の子よりも先に諦めたりしたら」


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