第1章 6話
あれ?
事務所の方から何やら大声が聞こえて来る。
あっちの方のお客さんも別に珍しくないんだけど。
何やら怒号のような感じ。
あまり穏やかな雰囲気じゃないのは確か。
でも何か不手際でも起きたのかな?
修理品については、修理後に持ち主に点検して貰っているから、その後のクレームは受け付けていないはず。
中にはモンスターと化したクレーマーもいるけど。
うちの社長はそういうのには容赦しない性格のはず。
ずっと黙ったまま聞いているって事は無い。
なのに、この怒号は止む事は無い。
これまでこんな事は無かった。
なんだろう?
ちょっと聞き耳を立ててみる。
なになに。
その言葉を聞き取った途端に後悔した。
なんと、うちは借金まみれだという事だ。
このご時世、やはり儲かる仕事じゃない。
しかも外側だけ綺麗にしたいなんて人は珍しい部類。
かと言って大きい仕事を仕入れる事が出来る力も無い。
ああいうのは、全て上の企業から貰うように出来ているから。
だけど従業員に給料を払えないとは言えない。
そこで借金をしたのが発端みたい。
まさか、そんなに苦しかったなんて。
何とか恩返ししたいけど、残念ながら私の力なんて大した事ない。
技術はだいぶ付いたけど、資格が無い以上意味が無い。
しかも学生で就職しても単なる従業員がせいぜいで、ここを救うほどの腕を持つには時間が足りない。
どうしたら。
「そういえば、おまえの所に若い女が働いていたな?」
え?
私の事?
ここで働いている女性なんて、他にはいない。
板金屋なんて、まず男が働くような場所だもの。
女性で板金技術を学びたい女性なんて、まだまだ珍しい。
「あいつを風俗に沈めれば借金は棒引きしてもいいぜ?」
なんですって!?
風俗!?
いやいやいや。
さすがに未成年は無理でしょ。
そんなの違法になっちゃう。
「待ってくれ!あの子は未成年だぞ?」
「それがどうした?闇風俗には未成年なんてゴロゴロいる。この履歴書通りの外見なら、かなり高額で取引出来るから、この店を潰されずに済むぞ?」
うげぇ!
どうやら、あいつらの言う事は本気らしい。
これままずい!
逃げる!
表はどうせ、あいつらの車でも止まってると思うから。
窓から逃げる!
幸い、大き目の窓があるから、ここからなら人が通るには十分。
残念だけど、捕まるのは御免だわ。
「おい!逃げたぞ!」
しまった!
すでに見つかっていた。
まさか裏口の方にも人がいたなんて。
全力で逃げる!
パーン!
何か発砲音が聞こえた。
それが私の聞いた最後の音だった。