◆サクヤ比売(ひめ)
◆サクヤ比売
「は~い♪ そこの可愛い女の子。 怖がらなくてもいいのよぉ♪」
ふにょん
そう声が聞こえたと同時に、あたしの後ろから誰かが思いっきり抱き着いて来た。
キャッ
立ち膝の恰好でしゃがみ込んでいた、あたしはその衝撃で前に一回転してしまった。
ガッ
何かが思いっきり地面にぶつかったような、ちょっと大きめの音がしたが、すぐに洞窟に静けさが戻る。
不思議なことに、それまで真っ暗だった洞窟は、その人から出ている光で明るく照らされていた。
「痛たた・・・ ちょっ・・ えーーーっ? お姉さん誰なのーー?」
あたしにタックルをかませて来た相手は、目の前でのびたカエルのような格好で、目を回している。
「この人って、もしかしたら幽霊? からだ光ってるし・・」
あたしは、直接触れるのは怖かったので、近くに落ちていた小枝を拾って、ツンツン突いてみる。
美人が太ももをあらわにして伸びている姿は、おにいだったら放っておかないだろう。
うっ、う~ん
「あっ 気が付いた?」
あたしは、1メートルほど後ずさりして、様子を窺うが不思議と怖くはなかった。
そのお姉さんが着ている服はちょっと変わっていて、なんとなくだけど歴史の教科書で見たような気がする。
「あー びっくりした」
そのひとは、服についた汚れをパタパタと払いながら、ゆっくりと起き上がった。
「ちょっと。 驚いたのはあたしの方なんですけどぉ」
「ごめんなさい。 またドジっちゃたわぁ」
「お姉さん誰? どうしてここにいるの? なんで光ってるの? マジわかんないですけど」
「まぁ、木花ちゃん。 いっぱい質問? うふふ うれしいわぁ」
「お姉さん、ひょっとして、タケルお兄ちゃんの知り合い?」
「あらあら、なんでそう思ったの?」
「だって、あたしの名前しってるし」
「そうねぇ、お兄さんのことは知ってるけど、まだ会ったことはないわねぇ」
「で、なんで光ってるし」
「これはね。 ここの中が暗いからよ」
お姉さんは自分の体を見回しながらニコニコしている。
「・・・ なんでもいいから、早くここから出して。 お願いします」
あたしは、会話も噛み合わないし、一刻も早く外に出てお兄ちゃんに会いたかった。
おにい、きっと心配してる。
「困ったわねぇ。 実はここから外へは簡単に出られないのよぉ」
「ええっ、 だってそしたら、お姉さんはどっから来たのよ?」
「わたしは神様だから、どこからでも出現できちゃうのよねぇ」
「神様ですって? マジで言ってる?」
あたしは、ちょっと不機嫌になる。 ちょっとウザイお姉さんだ。
「そう、名前は、佐久夜っていうのぉ」
「どうでもいいんだけど、じゃあどうすれば出られるの?」
「ここから出るのは、ちょっとたいへんよぉ」
「ここから出られるなら、なんでもするから教えてください」
あたしは両手を合わせ、お辞儀をして拝み倒す。
神様だというならこれで間違いないはず。 あれ? 二礼二拍一礼が正式だっけ?
「そう。 覚悟はできてるのね。 それならついてきなさい案内するわぁ」
お願いしたのはこっちからだけど、ちょっと上から目線で言われてムカつく。
「お姉さん、ひとついいかしら。 さっきから語尾伸ばすのやめて。 神様なんでしょ!」
「あらあら。 それではサクヤって呼んでくれたら、改めましてよぉ」
チッ
ちょっと癪に触るけど、表に出るにはこの人に頼るしかない。
あたしは覚悟を決めた。
「サクヤ様、それでは何卒よろしくお願いいたします」
「はい♪ 木花ちゃん。 よくできました。 それじゃこっちよ」
そう言うと、お姉さんは洞窟の奥へ歩き始めた。
あたし、ほんとうにこの人に付いていっても大丈夫なのかな。