99 祭の前
ダンボールの箱をあけるときが、一番ドキドキする。
包装紙をとりのぞいたら、きちんと成立している、本達が。
自分のつくったものだなんて、嘘みたいだ。
「できたーーーー!!!」
昨日届いたという荷物を開くのは、朝まで待って。朱葉と咲は、大小はあれどそれぞれ胸を高鳴らせてダンボール箱を開いた。
そこから出てきた薄い本(部誌第一号。なお特殊紙に箔押し、角丸加工が施されている)は、咲のはじめてとしては十分な出来で、何度か本をつくってきた朱葉にも、納得の出来となっていた。
「わー、わー、わーー!!」
一冊とりあげて咲が天井に掲げている。
桐生はといえばそっと山を取り分けて。
「では先生はこのまま指紋のついてないやつを5冊ほど頂いていきます」
「多くない?」
「多くない」
真顔でもってきたケースに入れていった。別にいいけども。予算をとってきてくれたのは桐生なわけだし。
「センパイ! センパイ!」
咲が何やら泣きそうな声で朱葉を呼ぶ。
「なんか!!!! めっちゃ!!!! 恥ずかしいです!!!!!」
その切羽詰まった真っ赤な顔に、思わず朱葉は吹き出してしまった。
「そーんな恥ずかしい?」
「だめ! むり!! こんなの、誰か、知らない人が見るとか、ううん、知ってる人が見るとか、恥ずかしくて死んじゃう!!!」
「死なないんだけどなー」
気持ちはわからなくもないけれど、という朱葉のとなりで、
「違うぞ静島くん!!」
ビシッと指を突きつけて(人を指さしてはならない)桐生が言った
「恥ずかしいのは!!!!!!! 君だけだ!!!!! 読者には一切! 関係がない! 書き手が恥ずかしかろうが! 俺達は! 恥ずかしいものをもっと見たい!!」
その通り、と頷く朱葉。
「もっと言えば! 好きになった本を! 作者が恥ずかしがっているところはあまり見たくはない! 是非とも作者には自信をもって! これくらい言って欲しい! はい! ここでぱぴりお先生!!」
いきなり水を向けられた。朱葉もノリで自分のページを開き、言う。
「わ~これ描いた人~めっちゃ趣味があう~!!」
ノリで言ったので果たしてこれであっていたのか? と思わなくもなったけれど、「素晴らしい」「素敵です」「推せる」「貢ぎたいです」と二人が感涙の拍手をしているので間違いではなかったんだろう。多分。
「まあ冗談は置いておいて……無事に仕上がってよかったわ。印刷所の神様に感謝を捧げておかないとね。あとは展示物も大体出来上がってるしポスターも放課後貼ればいいし……」
「そのお仕事はお昼休みとかに咲がやります! センパイ、クラスもお忙しいんでしょう?」
「そう?」
ありがたいけれど、いいのかな、と朱葉は思う。ポスター貼りとか、それなりに目立つ仕事だ。咲は多分、苦手な部類だろうとは思うのだけれど。
「いいんです。これくらい、やらせてください。咲、ずっとセンパイにおんぶに抱っこでしたし」
とん、と自分の胸を叩いてから、咲がちょっと小さな声でつけくわえた。
「……クラスの、お友達も、手伝ってくれるみたいなんです。漫研、興味があるって。展示も、見に来てくれるって言ってます」
「ああ……それは」
よかったね、と心の底から朱葉が言う。
えへへ、と咲は笑って。
「明日は、九堂も来てくれるって言ってました。パパもママも来られないので、代わりに。タイミングがあったら、挨拶をさせてくださいね」
「もちろん」
そんな話をしていたら、今度は桐生から言われた。
「早乙女くん、放課後は確か、衣装あわせだっただろう」
クラスの占い中華喫茶店の話だった。
「ああ、そうでしたね。わたしは店員のシフトには入ってないんで、知らないんですよねあんまり」
「女子はまあ、いいとして……」
小さくため息をついて、桐生が言う。
「男子の方がもめそうな気はするがね」
そうなんですか? と朱葉が不思議そうに、聞いた。
そして放課後。隣の教室も借りて、男子と女子に分かれて衣装合わせが行われた。女子は少し奮発してシックな色のチャイナ服を買って(流石にオーダーメイドではなく既製品だ)身体に合わない人などが簡単に得意な女子に直してもらう。
「結構可愛いじゃんねー」
「いいんじゃない?」
「でもこれ髪型どうするー? まとめられる子はまとめてくる? まとめられない子はなんか髪飾りつけた方がいっかなー」
「駅前の300円ショップにいーのあったよ、買ってかえろ~」
女子達はかしましく、互いのチャイナ姿を褒め合っている。チャイナ服といってもそう華美なものではないし、スリットもそう際どくはない。けれどみんなで揃いの一式を着るのは、気分が上がる。
「どうー?」
一度トイレに行って姿見を見てきた夏美が教室に戻ってきて朱葉にVサインをする。適当にチャイナ服を着て明日のメニュー周りなど最終チェックをしていた朱葉だったが
「お、かわいーじゃん」
と夏美に返す。
「夏美は店員入るんだっけ」
「午前中だけ入るよ~! そしたらねー午後ねー」
来るって言ってるからー…とちょっとはにかみながら夏美が言う。
「ああ、カッシィ」
「違います!!! 似てるだけ!!! 雰囲気が!!!!!!」
「遠くから見せてもらうわ。似てる人と歩いてたらね」
にやっと笑って朱葉が言う。「普通に話しかけてよ!」と夏美が言うけれど、そのままぐい、と顔を近づけて、耳元に囁いた。
「朱葉は? きりゅせんと回ったり、する?」
言われて眉を上げる。
「するわけないじゃん。お互い忙しさMAXだっての」
デコピンとともに朱葉はそう返す。
「ええ~せっかくいるのに!?」
「そりゃいるでしょ。いなきゃ困るでしょうよ」
なんか先生もクラス宣伝にもかり出されるって言ってるし……と朱葉が答える中で、廊下から、女子達の爆笑の声が聞こえた。
「なんだ……?」
ぞろぞろとみんなで出て見れば、隣の教室で着替えていたはずの男子達が「じゃーーん」とかなんとか言いながら、ポーズをとっていた。
女子と揃いのチャイナ服で。
そう。有り体にいえば、いわゆるひとつの、女装、であった。
率先して前に出てきたのはお祭り男の都築で。
「委員長~!! あ、きりゅせんも!」
廊下の後ろから現れた桐生はちょっと女子達も見たが、男子を見て深々とため息をつき。
「それ、やらなきゃだめか?」
と実にうんざりした様子で言った。
「いーじゃんこれくらいやんなきゃ盛り上がらないだろ~?」
なぜか都築はノリノリだ。桐生は真顔で冷たい声で。
「雑。汚い。客商売がなってない。少なくとも客前立つやつは小綺麗にしてこい。ウィッグつければ済むって話じゃない。なんなら女子にメイク道具でも借りろ。似合わない奴はズボンをちゃんとはいて男っぽく仕上げるように」
「えー先生俺はー? どっちー?」
都築が桐生に尋ねれば。いよいよ桐生はため息をついて。
「お前はそれなりに見られる顔なんだから上手く仕上げろ。占いブースの男子要員はお前だけなんだろ。客層から考えても綺麗にしておけ」
女子に仕上げてもらえ、得意だろう、と言えば。「はーい」と楽しげな御返事がかえる。いつもあれだけ素直であれば生活指導もさぞかし楽だろう。
どたどたと男子がまた教室に引っ込んでいく。
いつの間にか桐生の隣に歩いていった朱葉が、小さい声で聞く。ほんの、出来心で。
「でも、先生これ、もし攻めの女装だったら?」
「似合わない女装もいとおかし」
それな、と朱葉が頷いた。辺りは祭りを控え、いっそお祭りよりも賑やかな放課後で。
二人の会話を聞く者は、誰もいなかった。
なにはともあれ、祭りがはじまる。高校生活最後の、お祭り騒ぎだ。




