94「特殊装丁オプションは2つまで可だ」
どうしても放課後時間がとれない咲だけれど、朝に一本電車をはやめることは不可能ではないという。
というわけで、文化祭に向けて漫研では始業前の「朝活」がはじまった。
「内容としては作品展示と部誌制作がメインとなってくるかと思うんだよね」
二人だけの話し合いだけれど、都築に倣うようにして、朱葉は黒板の前に立ち、書記兼司会を務めていく。
「部誌って、コピー本ですか?」
咲の問いかけに、朱葉がVサインをして言う。
「予算がつくそうだから、つくっちゃえばいいんじゃない? 薄い本」
ねえ先生? と言えば、教室の隅で仕事を持ち込んでいる桐生がVサインを返してくれる。
「特殊装丁オプションは2つまで可だ」
「きゃー先生カッコイー! イケメン!」
こんなにも素直な気持ちで桐生に黄色い声をあげるのはそう多くない。
人の金でつける特殊装丁は美味い。
その黄色い声を聞いた桐生は、心の中で、(なぜ特殊装丁はよくて焼肉はだめだったんだろう……)と思ったけれど、口に出したらいよいよ黄色い声が血に染まりそうな気がして黙っていた。
咲は楽しげに身を乗り出して、
「ぱぴりお先生の新作が見られるわけですね!!」
というけれど。
「いやいや、咲ちゃんもかいてね?」
と朱葉がさらりと告げる。
「えっ」
「え?」
かたまった咲に朱葉が聞き返す。
さあっと咲が青ざめて声をあげた。
「えええええええ無理です!!!! 咲は!!!!!! 絵が!!! 下手ですし!!!!!」
「え、でも咲ちゃん、SS〈ショートストーリー〉あげてるよね?」
「いや! あれは!」
「そうだぞ静島くん。先日は念願の10usersタグがついていたじゃないか。着々と成長していて先生も嬉しい」
「なんで師匠知ってるの!!!!!?????」
それはusersタグをつけるのが先生の生きがいだからである。
とは、思ったけれど言わなかった。
「でも! でも!」
必死になって咲が叫ぶ。
「二次創作しか書いたことないです!!!!!!」
「それなー……」
と朱葉が腕組みをする。
「わたしもオリジナルは……同人活動はじめてからほとんど描いてないのよね。描き方忘れてるっていうか……そもそも描いてた頃も曖昧だし……。でもさすがに学校の部誌に推しカプ書いちゃうと来てくれる人に配るわけにいかなくなるからね」
「いや、でもイラストくらいはあってもいいんじゃないか?」
先生が淡々と話す。
「部員の好きなものを紹介するっていうページがあるのは普通なことだし、好きなものを好きだと表現する。それもまた漫画研究っていえると思うよ」
「珍しく正論いいますね……でもその心は?」
「一枚でもぱぴりお先生の新規絵が見たい」
迷いなく答える桐生だった。
「みたーい! みたーい!」と一緒になって咲も言う。
「うーん……じゃあ、こうしましょうか。私も推しマンガの紹介イラストを描くし、咲ちゃん文学作品とかも好きだったよね。咲ちゃんの紹介する文学作品にちょっとしたカットをつけるってのは、どう?」
「見たいです!!!! がんばります!!!!!!!」
「でもそれだけじゃ本にはならないのよねぇ……」
「センパイ描くとしたらどんなオリジナルなんですか? 興味あります!!!!!」
「そうねぇ……」
ちょっと考え込んで、朱葉が言う。
「最近だと、イケメン教師と彼を振り回すクラスのチャラ男……とか?」
「BLはやめておこう」
咲が食いつくまえに桐生が声を上げた。迫真だった。
「ええ~まだくっついてるとは言ってませんけど~?」
「BLは、やめておこう!!!!!!!!」
苦手な人だっているかもしれないじゃないですか! と桐生。咲は話についていけずきょとんとしている。
やだな~冗談ですよ~といなして、
「せっかくだから同人誌のつくりかた、ってレポ漫画にしてもいいかもですね」
「頒布が終わったあとにSNSにあげたらバズりそうだな」
「そういう生々しい話はやめてください」
苦手な人だっているかもしれないんですよ。知らんけど。
「まぁ追々中身は考えていくとして……締め切りはこの辺りで……特殊装丁いれようとすると自然にはやくなりますよね……大丈夫かな……」
「表紙を先入れにしたらどうか」
「先生そういうことだけほんとよく知ってますね。それしかないかな~。箔押しとかしてみたいもんな……。入稿作業は三日もとればいけるかなぁ。咲ちゃん、また朝って来られる?」
「はい!」
わくわくとした様子で咲が言う。なんだかんだと、やっぱり創作は楽しいことだ。桐生としては、受験勉強も忘れずにと言いたいところだろうが、朱葉がわかっていると思っているのだろうか、口うるさくは言わなかった。
「展示は部室でいいですよね。ポスターとカラーボードくらいでいいかなぁ……」
「イラストもいいと思うけど、朱葉くんはせっかくだから生原稿を飾ってみるのもいいんじゃないか?」
最近だと、デジタルが主流だからアナログ原稿は見応えもあるだろう、という桐生に。
「え、それめっちゃ恥ずかしいんですけど……」
と引き気味に朱葉が言った。
「綺麗じゃないか。原稿」
「綺麗じゃないし! 人に見せるようなもんでもないですよ!」
「咲も見たいでーす!」
「俺にはトーン張りまでさせておいて……!」
「修羅場は!! 別なの!! 恥ずかしくて人に作業が頼めるか~!」
頼むような自体にならなければいいのだが、それは別の話だ。「咲もぱぴりお先生の原稿に消しゴムかけたい!!」と咲もきゃんきゃん言っている。
朱葉は息をついて、
「まぁでも、今回のレポ漫画とかなら……そのつもりで原稿つくれば……諦めがつくかな……。カラーボードとかの方が慣れてないし、時間がとられそう……」
考えながら言えば。
「カラーも見たいです~!」
「見たいで~す」
咲と桐生がわがままを言っている。静粛に、といさめる傍らで、予鈴がなる。
どっちが先生かわかったもんじゃないなと、朱葉は思った。
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