93「運命は!!!! つくれる!!!!!!!」
それなりに波乱があって決着もあった、高校三年生の夏が終わって、新学期がはじまった。
学生達には容赦なく休みあけのテストが襲いかかり、その結果が出る頃には、夏休みの課題を引きずっていた生徒達も、徐々に日々を学業のあるそれに戻していく。
途端に受験生は模試に推薦に願書にと一気に忙しくなるけれど、朱葉のクラスはそれでも、どこか明るい雰囲気をたもっていた。委員長である都築が、いつまでも男女色々引き連れて、馬鹿をやっているからなのかもしれない。(ちなみに夏休みの課題提出は結局クラスのしんがりとなり、生徒指導室において桐生の個人監督のもとに補修となった。なぜか、桐生の方が憔悴していた気がするが、朱葉には詳しいことを教えてくれなかった)
これが二年であれば修学旅行などの心躍るイベントがあるが、三年生はもう文化祭ぐらいしか残されていない。
そして、祭と名のつくものに、ひときわ情熱を燃やす、居残り補修者、都築水生である。
「じゃあーこの候補の中からしぼりこみたいとおもいまーす!」
教壇に立ち堂々と都築が言う。
肌は夏休み前とくらべてずいぶん黒くなったが、金きらだった髪の毛は初日に体育教師に染め直されていた。
黒板には様々な案が書かれていたが、
・自主制作映画
・コスプレ喫茶
・脱出ゲーム
最終的にはこの三点に絞られたようだった。担任である桐生は、新しい企画が出る度「もうちょっと規模を小さくしろ」「時間がとられすぎ」「受験生勉強しろ」「どうしてそんなに真剣なんだ」と横から突っ込みをいれていたが、途中からはもう諦め顔だった。
ちなみに他にはミスコンなどの企画があったが、都築が「俺が一位になっちゃうの面白くないでしょ」と却下していた。傲慢である。
「それじゃ~記名制で投票箱つくっておくから、やりたい出し物書いていれておいてくれな~! こういう内容にしたいっていう提案も書いておいてくれると助かる! 出来るだけサボってたいってやつは投票しなくてオッケー! でもちょっとくらいは一緒に楽しんですごそーぜ!」
元々その日中に決める気はなかったのか、そんな風に投票期間がもたれることになった。
よくやるなぁ、と朱葉は呆れつつ、それでもその手腕を、ちょっと尊敬もしながら、書記の仕事に徹していた。
さてはて、一体なんのだしものになることやら。なんにせよ、自分はスルーとはいかないんだろうなと、どこか朱葉も、諦めにも似た気持ちだった。
教室のことは都築に任せていたけれど、人には任せられない一件として、「部活動の出店」があった。
大がかりな運動部などは、保健所に申請を出して屋台を開くが、もちろん実質二人だけの部員では、そんなことが出来るはずもない。
何もしない、というのも一案ではあるのだが。
「やっぱり、他の部員、募集した方がいいと思うんですよ」
落ちかけた夕焼けの差し込む放課後、部室の椅子に座っていつものようにスマホをいじりながら、朱葉が言う。
「このままでもいいって、咲ちゃんは言うけど、せっかくここまでちゃんとした部室が出来たのに、来年なくなっちゃうの、ちょっと忍びないなって。わたしもさみしいし……咲ちゃんはもっと、さみしいんじゃないかなって思うんですよ」
だから、部のことを知ってもらうのにいい機会かなって、と言う朱葉に、桐生もまたいつものようにタブレットをいじりながら、
「まあ、俺も、この部活があったら他の顧問は断りやすいし、あってくれればいいとは思ってるけど」
なんでもない口調で、なんでもないことみたいに、けど、ちょっとだけ目線を上げて言う。
「いいの?」
そういう風に、聞かれて。
何がですかって聞き返そうか。聞き返したらなんて答えるのかな、と黙ったままで朱葉が思う。そのうちに、付け加えるように桐生が言った。
「来年でいいんじゃないの、とか思わなくともないわけだけど」
俺はね。と言われて。
そうですね、と、朱葉は言う。何がですかなんて聞かなくたって、本当は言いたいことはわかっているのだ。
静かな放課後の。
この、穏やかで賑やかな時間が。なにものにも代えがたいってこと、ぐらい。
「でも、来年になっちゃったら、わたしがしてあげられることって、本当になんにも、なくなっちゃう気がして」
部長らしいことを、部に対しても、咲に対しても、なにもしていない気がするのだ。そんなのいらないって、咲はきっと言うだろうけれど。
やっぱり朱葉は、自分が出来ることがあるならしたい、と思うのだ。
「あとね」
それから、ちょっと目をそらしながら、なんでもない風を装って、言った。
「なんか大丈夫なんじゃないかなとも思うんですよ」
ひとりごとみたいにいえば、桐生も顔をあげなかったけれど、その手が止まっていたので多分、ちゃんと聞いていたんだと朱葉は思った。
「なんか……うん。たくさん人がいたって、楽しいんじゃないですか。……わたしは、咲ちゃんと先生が喋ってるの楽しそうだなって思うし、先生と夏美が喋ってるのも、愉快だなって思って見てましたよ」
それは数日前の部室での話であった。夏美と桐生のオタトークファイトが行われ、合間合間に恋愛をさぐってくる夏美に何度か桐生が咳き込む場面があった。
その時のことを思い出したのか、ちょっとげっそりした様子で桐生が言う。
「うんなんとなく早乙女くんが愉悦感じてるのはわかってたけど俺的にはいろんなとげというか探りというか色々色々感じたけどね感じただけだったけど何も決定的なことは言われなかったけどそれでもね?」
「夏美も結局はオタトーク優先で楽しく話したってことですよ」
元気だして! と両手でガッツポーズをしながら適当に答えた。まあ、そういうあれこれも踏んだ結果として。
「うん。誰がきても、大丈夫」
自分で確認するように、小さく笑みを浮かべて朱葉が言った。
「わたしは、それなりに、わたしが特別だって、思えます」
どこか力強い、その返事に、桐生はずるずるとタブレットに突っ伏して。
「……君が、正しい」
そういう風に、朱葉の答えを、採点して。
展示にしろ制作にしろ、予算のことは、せんせーに任せなさい、とせめてもの、でも心強い返事をくれた。
「やったね」
と朱葉が一仕事終えた顔をしたけれど。
ふと、思って聞いてみる。
「ちなみに、先生はこんな企画が見たいとか、あります?」
教室では都築の方がガチに乗っていたのであまり建設的な意見を出さなかった、桐生の意見はどうなんだろうな、と思って聞いてみれば。
桐生はじっと自分のタブレットを見て。
「………みんなで楽しくリセットマラソン体験会とかかな……」
そのガチな返事に朱葉が引く。
夏休みの終わり、桐生が待望のゲームがリリースされたことは、朱葉も知っていた。
ちなみに、リセマラとは、ゲームを開始するにあたって目当てのキャラクターが出るまでダウンロードをし直し続けるという行為である。
「え、まだリセマラしてるんですか」
「さすがに俺も休み明けのあれこれで時間がとれなかったんだ! というか基本はリセマラはしない主義だなぜならレアリティやスペックの違いでキャラクターに優劣をつけるというのはカップリング至上主義者としてあるまじき行為であると思うからだ。ガチャでの出会いもまた運命のひとつとして楽しむべきだと思う、そして推しが出来た時が課金のし時だから。がしかし!!!!!!!! すでに!!!!!!! すでに推しがいるゲームはこのうちに入らない!!!!!!」
「はぁ」
「運命は!!!! つくれる!!!!!!!」
ここにも夏休みの課題が終わってないひとがひとりいたな、と朱葉は思った。
外はようやく秋の気配なのにまだ、残暑みたいな熱だった。
ちょっと遅くなりましたが戻りました! ゆるっと文化祭編に入ります。
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