92「打ち上げ花火、右から見るか? 左から見るか?」
黙っていてごめんね、と前置きをして、朱葉はひとつひとつ、桐生とのイベントの出会いから話していった。
最初は「ええ! きりゅせんがそんな……!」とか「禁断のラブなんじゃない!?」とか言っていた夏美だったが、徐々に時間軸が最近になるにつれて、雲行きが怪しくなってきた。
「……………そこで、焼肉!?」
最終的に決まり手となったのは、無論、その一点だった。もうどことは言わないが、そこ、だ。(ちなみにかつて夏美の手に渡った激戦チケットの出所と、キングの話はまだ保留にした。情報量が多すぎるから)
「おかしいよーー!! ムードなさすぎだよ! そんなのお断りどころかお話にならないじゃん! 許したのそれ!!!!?」
「いや……許すとか……許さないとかでは……」
「ゆるせねーーー!! よ!!!! 朱葉のこと、もっと大事にしてもらわなきゃ、いやだよ!」
その言葉に、夏美……と朱葉がちょっと感激してしまった。
「大事にしてない、ってわけでもないとは思うんだけど……」
「大事にしてないよ! 少なくとも! オトメゴコロが大事にされてない!」
「……まあ、ね」
「そんなんでもいいんだ!?」
シュッシュ、シュッシュ、となぜかシャドーボクシングをする夏美に、朱葉はちょっと考えて。
「別に、そんなん、がいいわけじゃないけど。まあ、しょーがないかなって、ところはあるよね」
先生のことが。
好きか、好きじゃないかと考えるときに。なぜかいつも、去年の、クリスマスのことを思い出す。
それからも色々あったし、あのときは別に、そんな風に思わなかったんだけど。
あの時、さらって逃げて、と言った朱葉の、手を引いて走ってくれた先生と。
どこまでも行きたい、と思ったのだ。
息を切らして、街を歩きながら。
二人でどこまでも行きたい、って。
それが……朱葉の、恋心の、多分、原点だ。
「そうかぁ。じゃーー仕方ないな! もちろん卒業まではそんなこともないと思うけど! 卒業してからも! 朱葉泣かすの許さないんだからね!!! 黙っておいてあげるから! きりゅせんにもそう言っといて!!」
と夏美は食べ終わったリンゴ飴の棒を朱葉に突きつけて言った。
「……伝えとく」
苦笑して、朱葉が言う。朱葉としても、夏の終わりに、なんだかずいぶん胸のつかえがとれる気がしたのだ。
桐生とのことを。女子らしい、恋の話として、誰にも相談をしたことがなかったから。
「でも、そっかぁ~~」
改めてしみじみと、スマホをとりだしながら夏美が言う。
「なんか、あたしも勇気でた! センパイオタクじゃないしって、気後れしてたけど! オタクがいってわけじゃないよね! 少なくともセンパイ、もうちょっとオトメゴコロわかってくれるし!!」
「お、おう」
これまでとうってかわって、夏美が前向きになっている。
なんだか思わぬ形で、友達の恋を応援してしまったな……と朱葉が思う、
「センパイに浴衣見てもらお~」とスマホをいじっていた夏美が、何かに気づいたように手を止める。
「あれ」
顔をあげて、夏美が言う。
「朱葉んとこもLINEきてない? きりゅせん、花火来てるって!」
ええ? と朱葉が眉を寄せる。
「だ、だれかと……?」
「や、違うみたいだけど。どの辺にいるか、聞いてもらう!?」
なぜか前のめりにそんなことを言ってくる夏美に、
「ええ、いいよ……」
苦笑して朱葉が、空を見上げる。
綺麗な花火だな、と思って。
「どこかで見てるんでしょ。それならそれで、いいかなって」
特別無理もせずに、そう言っていた。
「そう……?」
と夏美がまだ、納得いっていなかったようだけれど。
次にスマホをさわると、「ええ~」と今度は別の調子で声を上げた。どうしよう、と朱葉に泣きつく。
「せんぱい、浴衣、写真送ったら、見たい……って。これからくる、かも」
「よかったじゃん?」
「でも花火、間に合うかわかんないよ!!」
「だったら、帰りに送るだけでもしてもらいな。大丈夫だよ」
浴衣、可愛いよ、夏美。
そう言ったなら。夏美はぐっと拳をかためて。
「朱葉もかわいーよ!」
そんなことを言うので。
はいはいどーも、と朱葉が笑って、夏美を見送った。
そのうち花火が、空を彩るものからナイアガラの滝をはじめとした吹き出し花火に変わり、朱葉の立っていた位置からは見えなくなってしまった。
ひとりになってしまったけれど、ゴミを捨てるついでにと、まだ奥の屋台を見て回っていたら、金魚すくいやスピードくじに並んで、変わり種の屋台が目についた。
(らくがきせんべい……)
大きなせんべいにシロップで絵を描き、そこに色素のついた砂糖を振りかけて、絵を浮き出させるというものらしい。子供達が数人いるだけで、それほど混んではいなさそうだった。
「………………」
ちょっと、魔が差して、小銭を払ってせんべいをもらい、隣のらくがきテーブルへ。
子供達にまじって、中腰になりながらおとなげなく筆をはしらせ、たっぷり時間をかけてこまやかに仕上げていく。
「うん」
最後の色砂糖を落としおわると、ご満悦で呟く。
「なかなかいいんじゃない?」
推しキャラのデフォルメ絵だった。
写真にとろうっと、スマホを出そうとして。
「言い値で買おう」
すぐ、背後。斜め上から声がかかった。びっくりしたけれど、相手が誰かは、確かめるまでもなくて。
「……いつからいたんですか」
肩を落として聞いたら。
「ずっといましたけど?」
しれっとした返事。深々とため息ををついて見上げたら、いつもみたいに涼しげな、オンの方の、桐生の姿があった。
「何してるんですか」
「一応、仕事」
「なんの?」
「見回りというやつ。本当に理不尽だけど、これただ働きな。学校から一番近い花火大会だから、生徒指導の先生方、他にも何人か出てるぞ」
ああ、なるほど……と朱葉は思う。先生って、朱葉が思うより、大変らしい。
SNSにアップするように、写真にとることが目的だったから、せんべいの方は桐生にあげてしまう。多分、味はそれほど美味しくないはずだ。
花火大会。こんなに人のごった返した場所で。
別に、会う気はなかったんだけれど。
会ってしまったら、別に、すぐに別れる理由もなかったので。
二人で人混みを離れ、元いた石垣のそばに。
「それ、何買ったんですか?」
白いビニール袋を提げていたから、朱葉が聞いたら。どことなく喜々として、桐生が中身を取り出した。
なんということはない……。子供向けの、お面だった。
「なぜ……」
「今期のライダー今激アツだから。本当にいいから」
早乙女くんにも是非見て頂きたい。なんならBOXで貸す、いえわたしは今期の日アサは女児向けに心が奪われまくってますからわたしもお面欲しい、とか話していると。
「あと、これ」
早乙女くんに、と渡されたのは。
白い、狐のお面だった。
「最近の屋台はオタクに優しい」
桐生のその言葉に、確かに……と朱葉は思う。
狐面が嫌いな腐女子なんていません。
「わたしに、って、来てるの知ってたんですか?」
「先に会った都築が言ってた。あいつらが主に要注意人物達だから」
「あー……。でも、会えるかわかんないじゃないですか」
探すわけでもないのに、と朱葉がいえば。
「うん。なので探しました」
と桐生が言った。虚を突かれて、目を丸くする朱葉に。小さく笑って、狐のお面を斜めにかぶせると。
「探した甲斐があった」
そう言って、笑った。
「…………」
なんだかちょっと、恥ずかしくなってしまったので、桐生が提げていた、らくがきせんべいを、「えいっ」と半分に割ってやった。
「あーーーーーーーー!!! ひどい!!! ひどいのでは!?」
「ひどくないし。わたしのせんべいだし。言い値とかもらってないですし。半分食べますし」
「持って帰って飾るつもりだったのに!」
「やめてください! 食品です!」
そんなことを話していたら、花火がまた、大きく空をいろどった。
二人、思わずそちらを見る。2色の花火が綺麗にハート型であがるのを見て、近くのカップルが「あのハート型バックに撮りたい!」と携帯を持って騒いでいる。
「早乙女くん……」
桐生が身を寄せると、朱葉の耳元に囁いた。
「今の花火、……推しカプ色では?」
その言葉に、朱葉がハッ……っとする。
「待ってーーーー?? 写真とればよかった!! 左右あってた? 右かな? 左かな?」
「打ち上げ花火、右から見るか? 左から見るか?」
「怒られますよ! どこからとは言わないけど!」
そんなことを二人でぎゃあぎゃあと言っていたら、そのうち少し遠くから、奇妙な音が近づいてきた。
地響きのような、太鼓のような。
なんだ? と周囲も不思議にざわつき、誰かが言う。
「雷、じゃない?」
雨雲情報を見る誰かが、「やばい、降るかも」と声を上げる。そのうちに、確かに雨のにおいが鼻についた。
眉を寄せた桐生が言う。
「早乙女くん傘は持ってる?」
「折りたたみが、一応……」
「雷が鳴るようだったら傘は避けて。竜巻とか起こっても怖いから、はやめに帰りなさい」
俺はもう少し見回りをして帰るから、と言う桐生に、「はい」と朱葉が、従順に返事をした。けれど。
「ごめん」
ふと、そんなことを言われて、朱葉が顔をあげる。暗がりで、あまり顔は見えなかったけれど。低い声で、桐生が言った。
「…………俺が、それが出来る相手だったら。このまま早乙女くんを送って帰れたのに」
なんだか、そんなことを悔いているようだったから。
(はあ……)
今更、だな、と朱葉は思った。別にそういうの、期待をしていないし。でも、そう。
朱葉は自分の頭から、狐のお面をとりあげると、そのお面の鼻先で、ちょん、と桐生の口元をつついて、言った。
「探してくれて、ありがとうございました」
その、お面で。自分の顔は見えないようにして。
「会えて嬉しかったです」
じゃあ、また。人混みを避けるように、足早に去って行く。朱葉はなんだか照れくさくて、振り返らなかったけれど。
狐のお面は大事に、胸に抱いて帰った。
雨のにおいと、火薬のにおいが、背中を押して。
ああ、夏だなと、強烈に感じた夜だった。
タイトルやりたかっただけでしょ。ソウデース。




