91「顔……じゃない、だと!?」
体力も財力も溶かした夏の祭りが終わって、高校生最後の夏は順調に課題と模試の消化となった。その中でも、海に行ったり、咲の家に遊びにいったり……と夏を満喫したし、オタクイベントはあれこれここぞと休むということを知らない。
そして友人である夏美にせがまれて、朱葉は夏休み、最後の遊びに出かけるために、昼間から格闘をしていた。
「おかーさん、これでいいー?」
「いーんじゃない? でも化粧はもうちょっとしてった方がいいわよ~」
アドバイスをもらって、いつもよりきつめの色のリップを塗ったら、なるほど自分の服装に映えた。
「じゃあ、いってきまーす」
「雨になるかもしれないから、折りたたみ傘持っていきなさいよ~」
はあい、と軽い声をあげて、夕暮れの外に出て行く。
鼻緒のついたサンダルを履いて。一年に一度くらいしか着ない浴衣を着て。
近くの川辺で開催される、大きめの花火大会だった。
「あ~げは~」
遠くから手を上げて、待ち合わせにやってきた夏美は、いつもみたいに愛らしく、そしていつものように立派なカメラを首から提げていた。
「おつかれ。すごい人だね」
「本当。雨の予報出てたけど、晴れてよかったねぇ」
「とりあえずなんか食べる?」
「リンゴ飴食べる!」
人通りをかきわけるようにして、屋台の列に並んでいたら、
「あっれえ、委員長じゃ~ん」
とちょっと遠くから声がした。
そちらを向いてみれば、朱葉と同じクラス委員長の都築がひらひらと手を振っている。
海に会う以来だけれど、ぎょっとしたのは都築の肌が、最後に会った時より三段階くらい黒くなっていたからだ。
「どしたの。真っ黒じゃない?」
「え、今日もカッコイイって?」
「言ってないよ」
「あっちで他のクラスのやつらも来てるみたいなんだけど、一緒しなーい?」
そう言う都築はすでに周りに複数人、学校で見たことのない女子を連れている。
一応隣の夏美にも確認をとったが、「NO」の答えが目を見るだけで明らかだったので。
「いーわ。遠慮しとく」
さっさと朱葉は追い払った。
「ざんねーん。まったねー」
けらけらと笑いながら、都築は女子を連れて歩いていった。まったく夏を楽しむ男だ。
「朱葉、なんか、結局都築と仲いーよね」
半ば背中に隠れるようにしていた夏美が言えば、
「仲……は別によくない……し、いいやつかっていっても、別にいいやつとも思えないんだけど……」
ため息をついて、朱葉が言う。
「結局むげにするほど悪いやつじゃあないのよね」
同じ委員長だし。一応ね、と朱葉がいえば。
そっかぁ、と夏美が言う。
その考え込むような横顔に、少しひっかかるものがあって。朱葉が少し、首を傾げた。
いくつか屋台に並んで、主に食べ物をぶら下げながら石を積んだ塀のそばに向かった。人はどんどんと増えて、じきに黒い空に一発目の花火があがる。
「案外近いね」
「たーまやー」
ぱらぱらぱら。と空から火のかけらが落ちる音がする。打ち上がる音よりも、そっちの方がものがなしくて情緒があるな、と思った。
「ねー朱葉ー」
何枚か写真をとって、それから食べることと見ることに専念をしていた夏美が、空を叩く音と音の間に言う。
「今日、よかったの? 一緒にきて」
「なあに、突然」
たこ焼きを食べながら朱葉が言う。
「あれだけ行こうよっていったの、夏美じゃん」
「そーなんだけどさー」
カリ、と赤いりんご飴をかじって、夏美が言った。
「他に来たい人いたんじゃないかなーって。彼氏とか」
それがいきなりだったから、食べていたたこ焼きをこぼしそうになった。危ないところだった。
「なんで!?」
思わず大きい声が出た。別に焦るところでもないのに、なんだか焦ってしまった。不覚。
夏美は空を見上げたままで続ける。
「いやーなんでってわけじゃないんだけどさぁ。夏前からなんか悩んでる風だったし。そーなのかなって」
「いや。いや……」
出来てないよ、彼氏は。と言ったけど、なんだか歯切れの悪い返事になってしまった。
この歯切れの悪さは、単純に、自分の迷いだな、と朱葉が思う。
色恋の話を、これまで夏美とは、あまりしてこなかった。のは、別に、避けてきたわけではなくて、お互いの萌え話に忙しかったからだ。
でも、そんなことを聞いてきたのだから。
自分の歯切れの悪さを置いておいて、朱葉が聞いた。
「夏美、なんか、あった?」
多分だけれど、そういうことだろう。人に聞くのは、話したい、からだ。
「なんかねー……困ってる……」
予想通り、夏美がぽつぽつと、花火の合間に喋りだす。
「バイト先で……」
「コラ。バイトは原則禁止だよ」
「オーイエー聞かなかったことにして」
「いいけど……で、そのバイト先で?」
「先輩がねー……まあ、いい人だなあと前々から思ってたんだけどね。優しいし。親切だし。顔も好みといえば好みだしね」
「うんうん」
「付き合うのもね、大学まで待ってもいって言ってくれてんの。あたしは、別に、いーかなーって思ったりもしたんだけどね」
「うん」
それから、深刻そうにため息を、ひとつ。
「……………………言ってないのよね。わたし、コレだって……」
自分のでかいカメラを見ながら、夏美が言った。「あー」と朱葉もこぼす。
コレ、はまあ、ただのカメラだけど。
声オタ、夢属性、カメコの夏美は、朱葉とはまたベクトルの違った、オタクだ。
「え、言えばよくない?」
「なんか言えないんだよ~~!! っていうかその先輩も~~!!」
ばばばば、とスマホをいじって、一枚の写真を出す。
「どことなくカッシィと似てるんだよ~~~!!!!!」
カッシィこと、加志島拓哉は今をときめく男性声優で、アイドルものに多く出ている。夏美も推している声優のひとりだ。
「お、おう?」
と朱葉は首をかしげながらその写真を見た。眼鏡ということしかよくわからない。好青年そうだ、とは思った。
「別に似てるから好きになったわけじゃないんでしょ?」
「いや、似てるから好きになりましたけど?」
だから後ろめたいんだよ、と夏美が言う。
「わたし多分声オタも夢女子もやめらんないよ~!! でもでも断るのも関係性悪くなりそうだし……」
「断りたいの?」
「……わかんない」
どうしよ、と言う横顔が、空をうつ明かりに照らされる。
「どうしようねぇ」
と朱葉も言った。背中を押してやりたい気もするし、なんか……ちょっとさみしい気持ちもあった。
「大学まで、いいお友達、したら? でもあんた推薦狙ってるんだったらマジでバイトはやば」
「そう!! そうだから!! やめないとな~と思ってるんだけど! やめ……るとさぁ……」
なるほどな、と朱葉は思う。
なんだ、もう答えは出てるんじゃん。
「お友達、で、焦らなくていいんじゃない? バイトやめても、たまに会って、まあそれで、夏美のソレ、がばれて、ダメでも仕方ないよ」
「そうかなぁ……」
「大丈夫だよ。オタクでも夏美は可愛いよ」
っていうか、オタクじゃない夏美を知らないので。朱葉はよくわからない。でも夏美はいいやつだ、と朱葉は思う。
あと、オタクがダメな人は、多分他のところでもダメになってしまう気がする。お付き合いってのは、もっと心が広くないとダメでしょ、と知ったかぶりみたいなことを、朱葉が言った。
「えーん朱葉~~」
ぐりぐりと朱葉の肩口に頭を押しつけてから、夏美が真顔になって言った。
「で、朱葉は?」
ち。忘れてなかったか。
「何が~?」
一応とぼけてはみるけども。
「とぼけないでよ! 夏美ちゃんの目はごまかせないんだからね!!!」
ぐい、と肩口をひっぱられる。
「ちょ、ちょ! なにすんの、危ない!」
バランスを崩しそうになる朱葉の首元を、夏美が小指でつついた。
「コ、レ」
浴衣の下に隠していた、ペンダントチェーンだった。
「海にもしてきてたよね!? なんにもないとは言わせないんだけど!!!!」
これは、違う、と言う間もなく、すごい剣幕の夏美が距離を詰めてきたので。
「……………………彼氏、じゃ、ないけど。好きな人は、いる」
「だれだれ!? あたしも知ってる人!?」
花火の喧噪にまぎれて。
朱葉が夏美に耳打ちをする。
「────」
思いも寄らない弾をうちこまれたような顔を、夏美はして。
真剣な顔をして、夏美は言った。
「…………顔?」
「顔じゃない」
「え!? 顔……じゃない、だと!?」
どういうことそれkwskと夏美がくらいついてくるので。
花火どころじゃないなと、朱葉は思った。
夏休みありがとーーーございました!!!
新章は女子の恋バナから。
もうちょっと続きます。
これとは違う夏祭りアフターの桐生先生サイドは活動報告にSSかきましたよお。




