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腐男子先生!!!!!  作者: 瀧ことは
ところが先生が
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88 神様のねがいごと Ⅵ

 何か違う気がした。

 ちょっとおかしいような気がした。

 これはないのでは? と思った。困惑したし反応に困った。

 でも、着席した、のは、単に、帰り方がわからなかったから。あまりに予想外のことをされると、流されるしかなくなるという典型だった。

 座ってメニューを見てもよくわからなかったから、注文を任せて分厚いナプキンを膝にのせて、居心地悪そうに座っていた。


「飲み物、お茶でいい?」

「あ、はい」


 注文を終えてほどなく店員が戻ってきて、飲み物だけを置いていく。お茶だけど、カクテルみたいに細いグラスで、オシャレだった。


「……じゃあ、乾杯」

「乾杯、ですか」


 まだまごつきながら朱葉が言えば、桐生はちょっと笑って。


「うん。ひとまずの活動の休止に乾杯をして。華々しく祝わせてください。そうじゃないと、さみしくて死にたくなりそうだから」


 さみしくて、と言われ、朱葉は少し、目を伏せる。


「さみしいですか」

「さみしいよ。でも、待ってますよ」


 信者だからね、いつでも、どんな形でも、と桐生は言う。その言葉に嘘はないのだろうと朱葉は思う。でも、なんだか心にもやもやがたまってしまう。正体不明のもやもやが。

 嘘無く、飾らず、さみしいと言えるのは。

 桐生が大人だからなんだろうか。それとも。

 やはり、朱葉の感じる、「さみしさ」とは別のものなのだろうか。

 そして二人、お茶で乾杯をして(かけ声は定番の、「イベントおつかれさまです」だった。だって、アフターだからね)肉を焼きながら、おもむろに桐生が言った。


「秋尾にね、怒られたんだよ」

「?」

「……早乙女くん、俺のこと、ちょっと避けていたでしょう」


 やわらかな言葉で、肉を焼きながら、桐生が言う。


「いや、それは……」


 朱葉は否定をしようと思ったけれど、言葉がつながらなかった。避けて、いた、わけではないけれど、それに近かったような、気はする。

 考えたいことが、あったから。出来ればひとりで。

 ひとりに、慣れないといけないって、思った、から。

 でもそれを口に出来なくて、黙っていたら、桐生が静かな調子で続ける。


「早乙女くんが気にしていること、見当違いだったらごめんね。でも、言っておきたいから言います。俺は今でも、どこの大学にだって、行きたいところに行けばいいと思ってる。その自由が君にはあるはずだ。でもそれは、早乙女くんと離れたいって思ったわけじゃない」


 朱葉は食事の手を止めて、黙ってその言葉を聞いている。

 そして桐生は、神妙な顔で続けた。


「……関西は、だいたい隣町だと思ってるところがある」

「ん?」


 日本地理を無視した発言に、朱葉が思わず聞き返した。


「いや、だから。俺の、感覚では、国内は、近所」

「国内は近所」


 オウム返し。


「夜行バスも本数も種類もあれば飛行機は最近じゃ底値の格安航空だってある新幹線にいたってはもはや路線バス並みの本数があり座席がとれなかったとしてもたかだか数時間の立ちっぱなしなんて都内のラッシュに比べたら快適と言わざるを得ない!!」


 力説だった。しかし朱葉は、はぁ、としか返せない。


「……だから、俺は、ぱぴりお先生がどこに行ってもためらいなく追いかける、つもりでした」


 実際は、もう少し、だめな大人なことも思っていたけれど。それは、桐生は朱葉には言わなかった。「生活していた土地から遠い方が、人の目を気にせず一緒にいられる」というようなこと。秋尾には言ったけれど、まあそれも込みで、全部を込みで叱られ済みだ。面と向かってじゃなくてよかった。絶対あれは殴られていただろう。


「……でも、それは俺の勝手な言い分だよね」


 少し肌寒いほどの店内で、質のいい肉を焼いて朱葉の皿に取り分けながら、桐生が言う。


「実際俺は、早乙女くんの、17っていう年齢を、失念していたんだと思う。君が、とてもききわけがよくて、思いやりもあって、俺を困らせるような我が儘なんていわない良い子だから。いや、そういう、君のせいってわけではなくて……。全面的に、俺が、馬鹿で、思いやりが足りなかった。マリカにもずっと叱られてたし、秋尾にもまだ叱られてるのに、まだ」


 ……ごめんなさい、とそれこそ子供みたいに、桐生が言うので。

 朱葉は黙って、とりあえず、お肉を食べた。食べながら、色々と考えた。

 桐生の言い分はわかった、気がする。どうしようもない人だなと思ったし、朱葉が後ろ向きに考えたように、自分のことを軽んじられているわけでもないようだ。

 でも、かみ合わない、とも思うのだった。この高級な肉の味がなかなかしないように、うまく、心を言い表す言葉を持たない。

 そうじゃない、と思う。

 でも、何がそうじゃない、のか、よくわからない。


 だから、上手く桐生を責めることも出来なければ、許してやることも出来ないのだ。


 そうした朱葉の沈黙を、桐生がどんな風に受け取ったのかはわからない。眉を寄せ、小さくため息をついた。多分、自分に対して。


「……キングが、さ」


 そして、ぽつりと呟く。


「言ったんだ。秋尾と俺の話を聞いてて、一言だけ」


 朱葉は手をとめ、顔を上げ、その言葉を聞いた。


「“──神様は、いつも信者を選べなくて、可哀想だ"、って」


 本当にそうだ、俺なんかが信者で、本当にぱぴりお先生には申し訳ない、というようなことを、桐生は続けた。けれど、もう、その言葉を、朱葉は聞いてはいなかった。


「……がう」

「え?」


 朱葉は手をとめ、呆然と言った。聞き返す、桐生を見て。


「……ちがうよ」


 唐突に、ふと、唐突に。

 ぼろ、っと大粒の涙をこぼした。


「!!」


 桐生が思わず血相を変え、腰を浮かす。真っ青な顔で、でも、どうするべきかわからないようで。

 朱葉が慌てて、涙を、ぶあついナプキンでおさえながら、言う。


「違う、違うと思います。キング、が、言ったの、そういうことじゃなくて、先生が、どうとか、秋尾さんが、どう、とか、違うくって」


 信者を。選べなくって、可哀想だ。


 そう言われた時に、唐突にわかったのだ。感じたのだ。どうしようもなさを、哀しさを、むなしさを。

 これまで言語にしてこなかったから。

 こんな悲しみがあるなんて、気づきもしなかった。


「……先生は、選んで、わたしのことを、好きになってくれたでしょう」


 誰に言われたわけでもなくて。桐生が、桐生の意志で、ぱぴりおを選んでくれたんだと思う。それは、知ってる。


「でも、選ばれる方は、お願いして、好きになってもらった、わけじゃないから」


 選べないって、そういうことだ。

 信者はいつも、一番好きなひとを神様に出来るのに。

 神様は、お願いをして、好きになってもらったわけじゃないから。自分が好きだって気持ちに、応えてもらってるわけでもないから。


「明日、先生が、わたしより好きな神様を見つけても、わたし、それを、止めることは、できないんだよ」


 本当はそれが悲しい。

 さみしい。

 むなしい。

 言っても仕方がないことだって知ってる。好きになってもらえることが奇跡だ。最初はいつだってひとりで描いている。それを、自分を、好きになってもらえることは、本当に奇跡で、感謝をしなくちゃいけない。

 でも、だから。引き留めることだって出来ない。

 それが、ずっと悲しかった。さみしかったんだって、ようやく気づいた。描き続けていれば、それでも、まだ大丈夫だと思えたかもしれない。でも、今こうして、休まなきゃいけないという時になって。

 今日、会えた人にだって。

 次はもう、会えないかもしれない、ように。

 桐生もきっと、いつかは次の神様を見つけるだろう。

 でも、それを、引き留めることは出来ないのだ。


 朱葉が泣きながら言ったことを、桐生はひどく呆然と、あまりに虚を突かれたように聞いていた。

 考えもしなかったのだろう。多分、秋尾も。

 キングは多くを説明しなかったし。それを説明して、引き留めたいとも思わなかったのかもしれない。

 でも、朱葉は、言ってしまった。

 神様、失格だ。でも、失格でもいいと思った。

 こんな風に、感動じゃなく泣いたのも久しぶりで、涙と一緒に、洗い流すみたいに、言っていた。


「先生が好きです」


 多分、もう、十分困らせて、迷惑をかけているだろうから。言ってしまうなら、いっぺんに。

 言ってしまおうと、朱葉は思った。


「多分、先生とは違う意味で好きです。今は、だめな方の、好き、です」


 言ったらずいぶん、楽になった。

 どうしようもないさみしさも言えた。

 きっと迷惑になるであろう、気持ちも告げられた。先生と、生徒で、アンフェアで、でも。

 言うだけだから、許して欲しかった。

 朱葉は、うつむいたまま、桐生の顔を見ずに、どんな受け止め方をしているのかも確かめずに、一気に言った。


「だから、ご迷惑かと思いますけど、これ以上別に何も望みませんから、好きでいることを許して下さい。気が済むまででいいので、どうか上手くあしらって、高校生時代の気の迷いだったって、笑ってお別れ出来るくらいまで、上手くわたしをだまして下さい」


 だめなものは、だめなんだろう。

 だめでいい。


「それで」


 背中を丸めて、最後まで、言った。


「もしも、もしも、もう少し、わたしの願いを叶えてくれる気があるなら。わたしはいつか神様じゃなくなるかもしれないけど」


 未来のことは、わからない。

 好きなものを好きでい続けることさえ、こんなに難しい。でも。


「どうか」


 この長い未来で。

 願いがひとつ、叶うなら。


「……わたしのことを、幸せにしてください」


 それが、朱葉の、今の願いだった。

 テーブルの向こう側で。桐生がぶあつい眼鏡をくもらせて、ごくりと喉を鳴らした、葛藤を感じた。多くの言葉が、きっと彼の中で巡っているのだろう。

「……俺で」

 と呟いたあとに、。

「俺なんかが」

 と続いた。

「俺みたいな……」

 そんなことも言った。もう、どうしようもない人だなと、朱葉は思った。

 別に、それでいいけど。仕方ないけど。……そういう、人を、好きになったのだけれど。

 けれどそのあとに、ぐっと桐生は拳をめて、


「けど、朱葉くん」


 意を決したように、言った。


「君を、幸せにするのが、他の男では、嫌だと思う」


 その言葉に、朱葉はようやく、ゆるゆると、顔を上げる。


「ただの信者だったら、君の幸せのために身をひくだろう。……けど、そうじゃ、ないから」


 朱葉みたいに、好きだ、という言葉を、桐生は言わなかった。それはそれ、だって、すでにあまりに言い過ぎたからだろう。

 君が好きだ。

 君が神様だ。

 でも、これまでの、それらの言葉とは絶対的に違うように感じた。そして今、桐生の言葉が、ゆっくり朱葉の中で溶けて、しみこんでいくのがわかった。

 涙は、もう、出なかったし。

 ……なぜだか、もう、それほどさみしくは、なくなっていた。


「うん」


 と、小さく頷いて。それから、ほんとうに小さく、かすかに笑って。


「…………その言葉で、ギリギリ、及第点に、してあげます」


 お肉、こげちゃってますよね。食べましょうか、と朱葉が言った。

 もう一度、高級な肉を焼き直して。

 結構真面目に説教もしながら、そのお肉を口にいれたら。

 ……多分、とろけるように、美味しいだろうと朱葉は思った。




 結局それから、別に具体的な未来の話なんてひとつもしなくて、最近みた実写映画の話と、今期のアニメが豊作な話と、鬼のようなガチャの話と、珍しい大型イベント、新しいアイドルの話と……。しばらく話していなかったから、交わす言葉が尽きなくて、とにかく喉が枯れるまで喋り倒した。

 結局店を出るときも、お会計を見ることが出来なかったので、一体いくらになったか朱葉はわからなかった。

「ねぇ先生、美味しかったけど、こういうのはもういいですよ」

 車に乗り込みながら、朱葉が言う。

「わたし、先生としゃべれるなら、別に、どこだって楽しいと思うので」

 多分、それが生物準備室でも。

 漫研の部室でだって、構わないと朱葉は言った。

「…………」

 桐生は黙って、固まってしまっている。

「どうしましたか?」

「いや」

 口元をおさえて、あさっての方向を見ながら、言う。


「ちょっと、いつも、俺ばっかりが幸せなので。どうしようかなって思っているところだから」


 気にしないで、と。

 はぁ……と朱葉は言って。朱葉も明後日の方向を見た。ちょっと、照れてしまったので。誤魔化したのだ。

 それから陽の落ちかけた街を車が走り出し、朱葉が言う。

「そういえば、こないだ都築くんが家まで来て」

「は? あいつなにしてくれてるの? 怒っていい?」

 桐生が運転をしながら早口で言う。朱葉はかまわず続けた。

「それで、太一とバスケ勝負をして、勝ったらわたしと付き合うとか、そういう話になったんですけど」

「しめるわ。明日しめる。なんなら今夜しめるわ。ゆっくりきつめにきゅっとやるわ。ゆるさねーわ」

「結局、先生が、都築くんと付き合うことになったんですよね」

 すべてを端折ってそれだけ伝えた。

 桐生はしばらく押し黙ったあと、万感をこめて。


「待って??????」


 実に腐男子先生らしく、そう言った。




 それから車で送ってもらって、桐生とは、朱葉の家の近くの公園で分かれることにした。路肩にひとまず車をとめた。街灯からも距離があり、薄暗い車内で。


「今日は、ありがとうございました」


 朱葉が言うと、「うん」と桐生は頷いて。

 後部座席に手を伸ばすと、小さな紙袋を手に取った。


「これ」

「なんですか?」

「うーん……」

「うーん?」

「差し入れ? いや、違うかな……謝ろうと、思って」

「謝罪の品ですか?」

「いや、それも違うかな。……俺は、ちょっと、わからなくてさ」

「? 何が?」

 要領を得ない。

「開けてもいいですか?」

「そうだね、どうぞ」

 朱葉が首を傾げながら、その小さな包みをあける。そういえば前はペンをもらったっけ、と思いながら、出てきた小さな箱を、開けるまで。……本当に、その瞬間まで、思いも寄らなかった。


「…………!?」


 ぱっと、朱葉が桐生を見る。


「………………」


 気まずそうに、桐生が顔をそむける。


「え、これは、なんのコラボですか、誰のモチーフですか、何のオタクグッズですか、見覚えもないし心当たりもないんですが、これは」

「なんでもないです」

「なんでもないって」

「許してくれたら渡そうと思ったんだよ。何か、が、あったら、早乙女くんが少しでも、不安にならなくてすむんじゃないかって」

 ああ、と桐生がようやく、ふさわしい言葉を思いついたように、言った。


「お守りかな」


 君が不安にならないように。

 小さな箱から出てきたのは、本当に、シンプルな……けれど、決して安物には見えない、綺麗な輝きの、細いリングだった。


「サイズは測ってないから。今は、どこの指にもはめなくてもいいよ」


 先生と、生徒で。

 お付き合いは、出来ないけれど。

 桐生はハンドルに身を預け、眼鏡の奥で、微笑みながら、朱葉に言った。


「無事に卒業をしたら、サイズを直しに、いきませんか」


 それが、信者じゃない、俺の気持ちだからと、言うので。


「……相変わらず、重たい人」


 朱葉はなんだか、どうしようもない気持ちになって。照れとか困惑とか、誤魔化すみたいに、そう言ったら。


「うん。嫌い?」


 そんなことを聞くから。

 ばーか、と朱葉は言った。

 そして、長い時間をかけて、何もかわらないけれど、今はどこにも進まないけれど。

 そう。

 そういうことになったのだと思った。


長らくお付き合いありがとうございました。これにでて「神様のねがいごと」ターンを区切りです。

せんきゅーえぶりばでぃー。

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