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腐男子先生!!!!!  作者: 瀧ことは
ところが先生が
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84 神様のねがいごと Ⅱ

 夏休みまで秒読み段階に入った学校は、朝から浮ついていた。それは受験生である三年生も例外ではなくて。いつもよりもどこか騒々しい教室で、『クラス会のお知らせ』という長文メールが、メーリングリストに着信していた。


「なに、これ」


 文面を見た後、とげとげしく聞いた朱葉の言葉に、パウチに入ったアイスをすすりながら、都築が笑う。


「海♡ いこいこ♡」


 春にはカラオケ。

 夏には海、らしい。

 このまま行けば秋にはバーベキューで冬にはスノーボードでコンプリートだろう。冗談じゃない、と朱葉は呆れながら言う。

「勝手にこういうメール、クラス委員長名で出さないでくれる!? クラス会で海なんて、受験生じゃなくてもそんな浮かれたことしてないよ!」

「自由参加だしいいじゃ~ん! 朱葉ちゃんも自由参加で是非来てよ! 現地集合現地解散、遅刻退席なんでも有りで、もれなく俺の肉体美も見せるよ!」

「どうしてそこに食いつく相手がいると思ってるの?? 暑くておかしくなっちゃったんじゃない? 大丈夫?」

「朱葉ちゃんクール~」

 ケラケラと笑っていう都築が、立ち上がり、耳元に囁く。


「朱葉ちゃんにはこっそり教えておいたげんね。──先生も顔出してくれるってさ」


 だから、おいでよ、と都築の笑み。

 朱葉は大きく目を開いて、ちょっとだけ固まったあとに。


「いかない」


 ぐい、と胸元を突き放しながら、固い声で言っていた。


「行かないよ。わたし」


 朱葉ちゃん? と都築が呼ぶ。

「都築くん、今日の日誌とか、お願いね。逃げてる間わたしがずっとやってたんだから、それくらいやってくれるよね」

 朱葉は早口でそう言いつけると、きびすを返して離れていった。




 三者面談は保護者の都合もあり、数日続いていく。その間は順番のまわってきた生徒はもちろん、教師も拘束されるので、桐生はしばらく部室に顔を見せることもないだろう。


「早乙女くん」


 昼休みの終わりに、職員室の前を通ったところで呼び止められた。間違えようのない、桐生の声で、朱葉は足を止め、息を一度、吸って、吐いてから振り返った。


「なんですか」


 職員室から出てきた桐生は、プリントの束を持っていた。

「これ、今度の模試の過去問だから、悪いけど該当者に配っておいてくれないか」

「わかりました」

 普通の、委員長の雑用だった。そのことが、少し朱葉の心を楽にした。

「──あと」

 それから、桐生が少し身をかがめて、朱葉の耳元に顔を寄せた。


「今日発売の課題図書最新刊、部室に置いておいたから巻末の番外編が……」

「先生」


 とげのある、声が出た。その自覚があったから、朱葉は身をひるがえし、歩き出しながら言った。

「今日、はやめに帰るんで」

 さようなら。

 出来るだけ振り返らないようにして。顔は、見なかった。




「夏休みなんて嫌だな~」

 学校からの帰り道、並んで歩く咲がそんなことを言った。

 普段は咲を見送って残る朱葉が、一緒に帰ろうか、と誘ったのだ。咲はいつもそういう誘いを、二つ返事で喜んでくれる。

「毎日学校があったらいいのにって、思います」

 朱葉はちょっと笑ってしまって、「好きなんだね、学校」と言った。


「放課後が一番好きです!」


 と咲が答えたあと、「でも、昔みたいに、学校も、嫌じゃないです」と小さく言った。

 朱葉は笑って、それ以上茶化したりはしなかった。多分、悪いことじゃないのだろう。そしてそれは、咲自身の、がんばりの結果だろう。

 センパイセンパイ、と明るい声で咲が呼ぶ。


「夏休みだし、

合宿とかしませんか? 咲はいつでもウェルカムですよ!」

「合宿ねぇ……」

「先生も張り切りそうじゃありませんか?」


 あはは、と朱葉が笑った。上手く笑えていたかは、自信がないけれど。出来るだけ、言葉を丸くして、朱葉が言う。


「でも、ほら。わたしも受験生だしね」


 朱葉の返事に、しゅん、と咲が肩を落とす。


「でも……わたしと咲ちゃんで、お泊まり会くらいはしよっか。どっちかの家で」

「是非!!! うちはいつでも! ウェルカムですから!!!」


 やったあ、と咲はぴょんぴょん跳ねている。その姿を、微笑ましいような、まぶしいような、少し甘酸っぱい気持ちで朱葉は眺めている。くるりと振り返って、咲が言う。


「月末のオンリーも、いきますね。差し入れももって行きます! 何がいいですか?」


 その言葉に、朱葉が足を止めた。

 月末のオンリーイベント。新刊はもう佳境に入っている。これから原稿を仕上げて、入稿をして、そしたらサンプルをあげてお品書きをつくって、可能なら、ペーパーをつくりたい、と思っている。

 今年度はもう、最後だし。

 来年のこともわからないから。

 SNSの交流が今は主だけれど、イベントに来てくれる人に、ご挨拶がしたい、と思っていた。


「ねぇ」


 口を開きながら、朱葉は、本当はこんなことは言いたくないな、と思った。それでも言ってしまった、のは、間違いなく自分の弱さだろう。


「咲ちゃんは、ずっと、わたしのこと、好きでいてくれる?」


 その問いかけに、咲は黒目がちな目を大きく開いて、「何言ってるんですか!」と声を上げる。


「あったりまえです!!」


 ぱぴりお先生は、咲の、神様だから!


 何度も言われた、言ってくれた言葉だ。

「うん……」

 朱葉は目を細めて笑って、歩き出す。

 わたしはこの言葉を信じなければならない、と思った。

 好きになって欲しい。好きになってもらえるのは嬉しい。それは本当のことだ。喜ばなきゃならない。本当なら、それ以上なんて求めないし、それだけでいい。贅沢なんて言わない。

 先生だって、そうだ。

 朱葉が描くものを、好きだっていってくれた。びっくりしたけれど、それは嬉しかった。

 もちろんオタク同士、気があったということもあるけれど、最初は、本当は、そう、だったはずだ。

 描き手と、ファン。

(そもそも、いつ)

 自分達は、それ以上だって、そんな誤解をしてしまったのだろう。

 朱葉は咲と並んで歩きながら、考える。

 朱葉と桐生は、去年の終わり、ひとつの取引をした。

 勇気を出したつもりだったし、受け取ってもらえたつもりだった。

 でも、それは、ただの取引で、未来の約束ではない。

 確実なものはひとつだってないのだ。


「それじゃあ、お先に」

「お気をつけて、失礼します!」


 咲とは駅で別れて、朱葉はひとり、電車に乗り込む。そうして、まだ、考えている。


(たとえば、わたしが明日、描かなくなったら)


 やめよう、と思う。

 そういう仮定は、馬鹿馬鹿しい、と朱葉は頭ではわかっている。手をぐっと握って、馬鹿な考えを切り捨てるように力を込める。

 思うとおりに、ならなかったからといって。人間関係につまづいたり、欲しい言葉が、気持ちが、もらえなかったからといって。

 自分が描いているものを、あてつけにしてはならない、と朱葉は思っている。自分の好きなものを、好きだって気持ち以外の、ひとを傷つける道具にしちゃいけないはずだ。


(大丈夫、に、ならなくちゃ)


 傷つくな、と自分に言い聞かせる。

 それが、好きなものを、好きになった、せめてもの矜恃じゃないか、と。

 電車の窓にうつる、自分の顔を見ながら。朱葉はそっと、自分の頬に、手をあてる。


(わたしたちは、恋人じゃない)


 それは、確かだ。


(先生と、生徒で。それ以上のリスクなんて負わない)


 お互いのために。

 わかりきっていたことだ。……でも、なんとなく、そういう風に、勘違いしてしまった。夢を見てしまった。気づけば、なんとなく。……もっと、特別だって思ってしまったのだ。

(でも、だってさ)

 思い出す。つないだ手とか、車の助手席。頬の熱も。

 全部、勘違いだったとしても。勘違いだったんだとしたら、余計に。

 怒ってもいいよね。それくらいは。




「ねー先生」「お前さ」

「……」

「…………」

「なになになに? 今俺に何聞こうとした?」

 放課後の生徒指導室、進路相談終わりに日誌を届けにきた都築と、桐生の言葉がかぶった。

 しばらく沈黙と渋面を続けてから、桐生が言う。


「…………………………なんか、早乙女くんにおかしなこと言ってないだろうな」


 WAO、と大げさに都築が驚いてみせた。

「こっちの台詞だけど? 先生朱葉ちゃんになんかしたんじゃねーの?」

「何もしてないならいい俺の勘違いだしお前に話すこともないしもう帰っていいぞ」

 しっし、とはらうのを、ぐいぐい肩をつかんで顔を寄せながら都築が言う。

「いやいや~先生俺相談にのるって~腹割って話そうよぉ~なんなら俺、オールでもお相手しちゃうから~」

「しない。いらない。お前顔がいいな」

「えっ何突然キュン! じゃなくてぇ」

 ノリ突っ込みをしながらも、はぐらかされたのに気づいていた。


「じゃあ、いいよ」


 んべ、と舌を出して、都築が言う。


「悩んでる女の子、慰めるほうが得意だもんね」


 驚いて桐生が顔を上げると、都築はもう、風のように出て行ったあとで。


「……」


 桐生は深くため息をついて、途方にくれる顔を、隠すようにした。

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