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腐男子先生!!!!!  作者: 瀧ことは
ところが先生が
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83 神様のねがいごと Ⅰ

多分90話までには一段落つくと思うんですけど(つかなかったらゴメンネ!)しばらく進路相談編本編となります。登場人物が思い悩む描写が出るかと思いますので、一気読みしたい場合などは適宜まとめ読み下さい。頑張って書きますので、応援してもらえたら、嬉しいです。

 こんなに学校で緊張したことが、これまであっただろうか。

 入学試験の時だって、こんなに緊張はしなかった、と朱葉は思う。

 進路指導室のドアをノックする。


「どうぞ」


 中から聞こえる、桐生の声も心なしか緊張していた。


「失礼します」


 朱葉が先に入ると、後ろからついてきた影が、深々と頭を下げた。


「はじめまして、先生。娘がいつもお世話になっております」

「──いいえ、こちらこそ。どうぞお座り下さい」


 早乙女さん、と桐生が言った。

 朱葉の母親と桐生が顔を合わせたのは、夏休みの直前。三者面談のその日がはじめてのことだった。




 桐生はいつもみたいに白衣は着ていなかった。スーツの上着こそ着ていなかったけれど、ネクタイもきっちりとしめて、落ち着いた声で話した。

 朱葉の母親も、今日はパートを早めて来ている。こちらもあまり見ないような、きっちりした服装だった。

 朱葉だけが、いつもの制服だ。学校という朱葉と桐生の日常に、母親がいるのがなんだか不思議で落ち着かなかった。

 今回は進路指導ということで、朱葉の学校での様子などは長く話し合われることはなかった。ただ、最初に、「早乙女くんは委員長としてよくクラスのために働いてくれています」と褒めてくれた。


「自宅では、進路の話はされますか?」

「ええ、何度か」

「志望校のことは?」

 この質問は朱葉に向けてだった。

「言ってあります。……ね?」

「前に聞いたわね。でもまだ、決まってはいないんでしょう?」


 大丈夫なんですかね、先生、と母親が桐生に聞くけれど、それもどこか、深刻さはなかった。昔からどこか、のんびりした性格なのだ。趣味のことにも理解があるわけではないけれど、そういうものかとスルーされているし。成績のことについても、あまりとやかく言われた覚えはない。

「そうですね……どんな志望校でも、絶対大丈夫、ということは言えませんが」

 桐生は先生らしいことをいくつか伝えた。けれどそれらも、朱葉に言った焼き直しのようなことだった。

 母親は聞いているのかいないのか、何度も頷いて、大仰なため息をついて言った。。

「心配なんですよ。この子、暇さえあれば、絵ばっかり描いてるような子で」

「おかあさん!」と朱葉がちょっとたしなめる。そういうことは、言わなくていい、と、反射的に思ってしまったのだ。

 恥ずかしいからとかじゃない。

 この人、めっちゃ知ってるから!

 桐生は小さく微笑むと「そうなんですか」と穏やかに言った。

(そうなんですか、じゃないよ)

 と朱葉がつっこむ。心の中だけ。

 しかしあろうことか、桐生は続けた。


「好きなことがあるのはいいことだと思いますよ。僕も、早乙女くんの絵は好きです」

「先生!」


 思わず朱葉がこれまでになく声を荒げる。「あら……」と頬を押さえる母親に、「見せてもらったことがあるんですよ。僕、漫研の顧問もしていますから」とさらっと答えた。

 嘘ではない。

 嘘ではないが。

 いけしゃあしゃあと、と朱葉は膝の上で指をわきわきさせた。別に、ダメでも嫌でもないけれど、ただでさえ先生と母親にはさまれているのに、身の置き場ってものがない。


「そうなんですね。……そうだ」


 母親は特にこれといったひっかかりもないようで、そのまま自分のペースで会話を続ける。


「先生は、京都の大学とか、どう思いますか?」

「おかあさん!」


 またその話か、と朱葉がたしなめるように声をかければ、桐生はちょっと驚いた顔で聞いてきた。


「なぜ、京都?」

「父です。父が今単身赴任中なんです」


 朱葉が早口で答える。何度か家の中でしたことがある話題なのだった。のほほん、と母親が続ける。


「ほら、朱葉がお父さんと一緒に住んだら、お母さんももっとたくさん京都に遊びにいけるじゃない?」

「もー! 遊びに行きたいならひとりで行けばいいじゃない! 子供じゃないんだから、留守番くらい出来るよ!」


 母親と朱葉の会話を微笑ましく見ていた桐生が、なんでもないことのように言った。


「いいと思いますよ」


 朱葉の動きが、止まる。声には出さずに、え、と口を小さくあけて、目を丸くして桐生のことを見た。

 桐生は穏やかな顔で資料を眺めながら。


「京都は学校もたくさんありますしね。アクセスだって悪くはない。早乙女くんさえ何か行きたい希望があるんでしたら、選択肢として加えてみるのもいいんじゃないかな、と個人的には思います」

「そうでしょう?」

「ご家族がいらっしゃるんでしたら安心ですね。なんでしたら寮もありますし、ひとりで下宿してみるのもよい経験にはなると思いますよ」


 そんな二人の当たり障りのない会話を、朱葉はどこか呆然と聞いていた。

(いいと思いますよ)

 多分、深い意味のない、一言だっただろうに。ここで、強固に反対する理由も多分ないのに。

 桐生その言葉が、思いのほか、刺さったのだ。

 それからなぜか、ふと思い出したのは、つい先日交わした、七夕の、織り姫と彦星の話だった。


『一年に一度とは言わないいや一年に一度であってもいいまた一年がんばれる』


 ファンと、神様。

 そういう、隔たりも、楽しんで。会えたらご褒美みたいにして。

 怒りもしなかったし、悲しいわけじゃない。先生は、先生として、先生らしく、進路指導をしただけだ、と自分に言い聞かす。

(でも)

 朱葉は、未来のこと、を、考える。夏が来て秋が来て冬がきて春になったら。

 自分はこの学校を卒業する。

 先生の生徒ではなくなる。

 当たり前だ。わかっていたことだ。それが自然だ。そのあとに。


 ………………ずっと一緒なんて、約束はなかった。


 なんとなく、続いていくと思っていた。追いかけるみたいに同じ大学に行けたらいいとも思った。

 そういうの、全部。

 自分の空回りだったなら、


(……先生と、生徒)


 何をするにもめんどくさい。溝も大きくて壁は高い。そんなことばっかり思っていた。でも、……でも。

 もしかしたら。

 自分達には、それしかなかったのかもしれないと、朱葉は感じていた。



 それから、一体どういう話をしたのか。上の空で朱葉は、あまり聞いてはいなかった。必要以上に冷えた指導室から出て、母親と一緒に学校の外に出たら、夏の熱気に包まれて、ようやく少し、息が出来た。

 母親はどこか楽しげに、朱葉に話しかける。


「いい先生ね。若い先生だって聞いていたから、どんなのかと思ったけど、子供のことも考えて、親身になってくださるし、ねぇ?」


「うん」


 うつむいて、つま先を見ながら、生返事をする。いつの間にか、外はすっかり夏の温度で、蝉時雨が聞こえている。

 きつい日差しに後頭部を焼かれながら、目を伏せて、桐生のことを、思い出す。

 素敵な先生だ。

 格好良くて。親身になってくれて。

 まったく、全然。…………くそやろうなせんせいだ。

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