82 ただいま面談中
缶ジュースのプルタブを起こす音がする、隣で紙パックにストローをさす。座るほどではなくて、購買の窓際に立ったままでうだるほど暑そうな外を見ながら、朱葉と太一が話していた。
「じゃあ、本当にバスケ部なことに間違いはないんだ?」
「在籍はしてる。けど、不真面目でも部に通ってたのは一年の夏までで、夏休みぐらいで脱落してあとは、新歓の時期と、どうしても試合で頭数が必要な時に声をかける感じ。うちはそんなユルイ部活じゃないはずなんだけど、なんでかあいつだけは許されてる」
「わかる……」
と呆れながら朱葉が言う。
お騒がせ委員長の、都築の話だった。
太一の方としても、朱葉と委員長をしているのが気になるらしい。
「あいつ、やってんの? 委員長業務」
「うーん、やったり、やんなかったりかなぁ……。真面目じゃないよ。でもさー、体育祭の参加アンケートとか、なかなかみんな出したがらないの、全部ちょちょいとまとめたり、そういうことは得意だから、まあ……役割分担して、助かってる、かな」
「そう」
「最初はさぁ、すごい変人だと思って、ずいぶん苦手だったんだよね……。なんかこう……ぐいぐいこない?」
「くる」
万感をこめて太一が頷く。
「あれ、どうなってんのか俺にもわからん……。けど、あいつがひっかけて入部した部員も多い。から、まあ……」
「だよねぇ。部活でも、あんな?」
「大体は。あと、マネはほぼ、あいつの声かけで入る」
「ああーーーーーーーーー」
わかりみがすぎる、と頭をおさえながら、朱葉が気をとりなおして言う。
「でも、それ、長続きする?」
「………………」
太一が無言で首を振る。デスヨネ、だ。
心なしかげんなりしながら太一が続けた。
「まあ……大体……一番最初に告白した奴がつきあって……やる気のないやつはそのときに辞めてくからな……すぐ部活にはこなくなるし、あいつ」
「クラッシャーかよ……」
「残る奴もいるよ。いるけど……まあ……付き合うとか、付き合わないとかそういうのは……」
そこで太一が言葉を濁した。「お?」と朱葉が思い、顔色をうかがいながら見上げて言う。
「なんかあった?」
「………………」
「言いたくないならいいけど」
「……………男のくせに、あいつはそういうの、すぐ聞いてくるよな……」
「わ~か~る~」
ひらひら、と手を振る。その様子にため息をついて、太一が言った。
「……ねえちゃんには言うなよ。二年の終わりに、マネと付き合った。けど、やっぱ、部で集中出来なくなるの、いやで……」
「うん……」
「別れる時に、マネも辞めるとか辞めないとかいう話になったんだけど……結局、あいつが引き留めてくれたみたいだ」
「へー……」
意外なような、意外じゃないような。
太一がそういう、気恥ずかしいことを話してくれたことは、意外だった。
ため息をつきながら、「……つうか」と太一が言う。
「あいつ、ひとの恋バナ好きすぎじゃね?」
「それな」
なんなら今年一番の力強い「それな」だった。
さて、その、恋バナ大好き都築くんは、一体今、桐生となんの話をしているのやら。
所変わって冷房の効いた進路指導室。
おあつらえ向きに、鍵までかけられている。
桐生がキレながら早口で言う。
「だからどこでもいいってのはつまりそれだけ選択肢が広いってことで、ここだけこのルートにのりたいってやつよりもひとと相談した方がいいはずなんだよ適当で良いってのは、出来るだけ順当であれってことだし、それはつまり後悔をしないってことでもあるだろ。どれでもいいがために、あれもよかったこれもよかったってあとから思わなくていいように、俺達教師にしてやれることなんてそれだけだ。指導なんていうけど勉強みたいに教えてやれるわけじゃない、そこんところをはき違えないように」
「せんせ~そんな早口でよく喋んね~」
「聞け!!!!!!」
「聞いてるよお。それで~? 先生がなんでそんな食い下がるわけ? あれっすか? 俺はこんなに立派に指導してやったぜえ、っていう、自己満?」
「ふざけんな仕事だ。俺の時給の範囲だ。言っておくが俺は趣味となったら熱の入れようはこんなもんじゃないぞ何割引で相手をしてやってるかお前は知らんだろうがそんなもんは一生知らんでいい。神妙に進路指導を……」
────ジリリリリリリリリリリリ。
傍らに置いたスマホから、アラームが鳴る。
「はい15分経った!!!! 次俺ね!!!! ねえねえ先生マジで本当に委員長となんもないの? なんもないってことはねーでしょ突然同好会とか二人ではじめちゃうしなんつうの? ほぼ朱葉ちゃんで出来てるんじゃない、先生の学校生活って。付き合ってんの? ねえ付き合ってんの? どこまでいったの? どういうとこですんの? もしかして部室でやったりとか!?」
「……お前も早口でよく喋るな……」
「だって時間がもったいないだろ!」
「…………真面目に答えてやるから」
ぴ、とボールペンで都築をさして、桐生が言う。
「お前も同じだけ真面目に答えなさいね」
「返答による~」
おちょくる返事にため息をつきながら。
「早乙女くんは非常に真面目に頑張ってくれている委員長だし同好会の顧問願いも特に断る理由はなかったから受けただけです。もともとどこかの部活の顧問を受けて欲しいとは言われてたけど本格的にやるにはお前達みたいな受験生をはじめて受け持つ都合どうしても割ける時間は限られる。だから渡りに船みたいなものだし、結論としては付き合ってないからどこもいってないしどういうとこでもしないし学校でなんてもっての他」
桐生は答えた。結構真面目に答えた。会話は全力ターン制。それは桐生にはなじみ深い文化でもあったので。
嘘もついてなかったし、はぐらかしたつもりもなかった。
全部を言わないだけで。
「ええ~、じゃあ、先生、朱葉ちゃんのことどう思ってんの?」
「大変世話になってる生徒だと思ってるよ」
「それだけじゃねーでしょ。そういうこと聞いてんじゃねーでしょ」
「そうだね個人と個人だよ。だから、よしんば何か気持ちがあったとしても」
まっすぐ都築を見て、桐生が言った。
「俺は教師として生徒を大事にしてる。お前も、早乙女くんもね」
「そういう~~話を聞きたいわけじゃねーーーんだわーーー」
「知ってるよ。しかし俺の女性遍歴から趣味嗜好までお前に話す理由はないでしょう」
「俺のことは将来のユメまで聞いてくるくせに?」
「残念ながら教師ってのはそういう仕事だ」
「理由があればいいわけ? たとえば俺が、朱葉ちゃんのことが好きだったら?」
突拍子もない言葉に、桐生はかすかに笑ってしまう。
「好きだったら、仕方がないんじゃないか」
「へーへーへー。付き合ってもいい?」
「早乙女くんがいいっていえばいいんじゃないか?」
「その余裕! むーかーつーくーわー」
「お前が意味のない例え話をするからだろう。机に足のせるのやめなさい」
「なんだよー。先生もっと余裕ないんじゃねーのって思ってた。少なくとも、しばらく前までは余裕なかったんじゃない? 俺としては、絶対何かあったとしか、思えないんだけど」
それには、桐生は答えなかった。
あったといえばあった。し、ずっとあるから、ないといえばない。
「やあねえ。大人は余裕ぶっちゃってさぁ。先生と生徒だからないって、全然わかんね」
「別にわかってもらおうとは思わないけど、それが普通だ」
「うっそだあ」
それから、都築が堰を切ったように語り出す。
「それが普通だなんて全然意味わかんねーんだけど。毎日顔見てて? 近くにいて? それでおあずけで? 馬鹿じゃね? え、じゃあその間に朱葉ちゃんが俺じゃなくても別の男と付き合っててもいいわけ? やることやってても?」
「……なんでお前そういつも、下半身に直結なんだ?」
下品なネタには極力乗らないようにしていたのに、思わず言ってしまった。
「だってさぁ」と都築が言う。
「だいたいそんなじゃん。男がいて~女がいて~仲良くして~毎日楽しくして~そしたらやることやるでしょ。腹が減ったら飯くうでしょ? 眠くなったら寝るしょ。そういう風に、隣に好きなやついて、盛り上がったらやることやるしょ」
「情緒がない。折り本か」
「え、なに? リボン?」
「なにもいってませんが?」
「えー。わかんねーんだよ。わかんねーからむしろ教えてよ。俺、話聞くの好きで、いっぱい聞くけど、やっぱそういうの、わかんねーしちょっとうらやましいよ。だから、朱葉ちゃんにも教えて欲しかったんだよな本当は」
「お前さ……」
────ジリリリリリリリリリリリ。
思わず桐生が真面目に、都築の生き方に突っ込みをいれようとした、それを遮ったのが無情にもタイマーの音だった。
桐生はため息をつき、話を戻す。
「…………とりあえず、お前の今の成績で順当に目指す公立と私立はピックアップしておいたから、図書室でもネットでもいいから調べてみて、どこがいいのかちゃんと理由も込みで言うこと。夏休みの間は待っていてやるから、もしも専門学校や他県の志望を見たいなら、いつでも言ってくれたら相談にのるし」
わかったか、と言う桐生に。
ぺらぺらと都築が受け取ったプリントをひらめかせながら、ニコニコ笑って言った。
「宿題じゃん。俺だけ。絵日記だってまともにつけたことなんてねーのに」
「……嫌か?」
「ご免だね」
死体よろしく顔にプリントをのせたまま、都築が言う。
「絶対ご免だから、……俺の方の条件ものんでくれたら、いいよ」
恋バナの次は、一体なんだ? と桐生が思っていたら。
「ねえ先生」
ふう、とプリントを吹き飛ばし、にやりと笑って都築が言う。
「海、行かない?」
この話題夏休みまでもつれこみそうで……なんとも……まあでもちょっと大事なところなんで、がんばりますぞ!
次はいよいよあれなイベントがおこります。