81「どっちが攻め!?」
「やっと、捕まえたぞ……」
「やだ、先生、そんなに、俺のこと……?」
「ああ、寝ても覚めても、朝から晩までな……!!」
「待って! ちょっと考えさせて! 俺だって、心の準備が……!!」
「もう待てない」
そんな、と都築が上目遣いに桐生に尋ねる。
「優しく、してくれる……?」
ぶち、と血管が切れる音が聞こえる気がした。
「やかましい!! とっとと生徒指導室に来い!!!!」
ついに首根っこがつかまれ、桐生に連行されていった。教室の後ろでのやりとりだったので、教室からは拍手喝采で見送られた。「ついに」「おめでとー」「年貢おさめろー」「お幸せに!」とクラスメイトはおおうけだ。
「ケッコンオメデトー」
朱葉も棒読みで拍手をしている。個人面接から数日、逃げ続けていた都築がついにお縄になった瞬間だった。
『ね、なんで逃げてるの』
そう朱葉が都築に尋ねたことがあった。
別に興味があったわけではないけれど、日誌当番などを押しつけてくるから、朱葉には実害が出ているので。
『だって話すことなんてねーじゃんね?』
俺の進路、先生に関係ないしょ。
ニコニコ笑って都築が言った。でも、その笑顔もなんだか嘘くさかった。
『担任だし、関係ないってこともないと思うけど』
『ナイナイ。学校卒業したら他人じゃん。ビタイチ俺とも関係ないじゃん! 俺の未来に関係あるのは俺の恋人ぐらいじゃない? どう? 朱葉ちゃん、俺とカンケイしてみない?』
『あ、そういうの興味ないんで……』
『聞いてきたじゃん~! それは恋のはじまりだよー! 俺の将来が気になって仕方ないんでしょ?』
『わたしが気になるのはむしろ都築くんの委員長業務ですかね』
『委員長には申し訳なく思ってるよ! 是非お詫びをさせて欲しいな』
ぐい、と肩を抱いて。
『どう、俺と海でもいかない? 俺、夏休みになったら毎日でも海に行きたいと思ってるんだ。海の俺を見たら……惚れるよ?』
『大丈夫? 陸に上がってこない方がいいんじゃない?』
朱葉の言葉にケラケラと都築は笑った。つくりわらいじゃなくて、楽しそうに。
結局、どうして都築が個人面談から逃げ続けているのかはわからなかった。案外、理由なんてないのかもしれない。
将来のことで、話すことなんてない。
本当にそうだとしたら、それは……なんだか強い生き方だなとも、朱葉は思うのだった。
で、生徒指導室に連行されていった都築だが、結局早々に逃亡をはかったらしい。
購買に向かう朱葉の隣をすり抜けて、都築が階段をかけおりてくる。
「いい加減にしろ! 親からも頼まれてるんだからな!」
「頼んでなんてねーよ! 押しつけられてるだけ! ご愁傷様!」
後ろからは疲れ果てた桐生の声。止めた方がいいのでは? と思うも、やっぱり走り込んでくる男子を止められる気がしなくて、道をあけてしまった。
それでも行方だけでも見守ろうかと、階下を見たら。
都築の行く先に、見知った姿。
「太一!」
朱葉の言葉に、背の高い相手が顔を上げる。梨本太一は同級生の男子で、家も近く、小学校に入る前から知っている。幼なじみともいえる人間だった。別に特別仲が良いわけではないけれど、気楽に言葉を交わせる、バスケ少年。
「そいつ! つかまえてー!」
あんまり期待はしていなかったけれど、指示を投げてみたら、ぱっと太一が動いて、かけぬけようとした都築に容赦ないラリアットをかました。
「がっ!」
すっころびそうになる都築の首をそのまましめあげると、「勘弁してぇ」と鳴き声があがる。
「「ナイス!」」
朱葉とそれから、走り降りてきた桐生もそう言う。
「離して! たあちゃん一生のお願い!!」
「だから誰がたあちゃんだ。お前の一生は軽すぎだろ」
腕の力をゆるめることなく太一が都築をしめあげている。
ちょっと意外に思って、近づいた朱葉が聞いた。
「友達?」
「こいつこんなでもバスケ部」
あ、そっか、と朱葉が思う。「幽霊部員だけど」と言っていた気がするけれど、太一はバスケ一筋の人間だから、交流があってもおかしくない。太一はため息をつきながら言う。
「お前まだ進路指導逃げてるのか。顧問の尾崎先生も心配してたぞ」
「なんだよ俺人気者すぎだな~モテモテ〜〜」
「まったくだよ……」
肩で息をしながら追いついた桐生が言う。
「俺に力があれば……お前を進路指導しなければ出られない部屋にぶちこむのに……」
「先生、先生」
落ち着いて? と朱葉が言う。
「落ち着いてますよ。……悪いな、梨本くん」
「いえ……」
引き渡されながらも逃げようとする都築を太一が再び羽交い締めにすると。
「連れていきましょうか。生徒指導室まで」
「人権無視だ!!」
とわめく都築を引き受けながら、桐生が言う。
「権利を主張する人間は義務を果たすように」
「てか先生、進路相談なんて終わったしょ? 大学か専門学校か短大かどっか行くか行かないかするし、それで終わり、他に俺の何が知りたいわけ?」
「それは終わったといわない」
はたで聞いてる朱葉も太一も頷いた。
都築は食い下がる。
「それで、先生が俺の人生に何してくれんの?」
かたくなだなぁ、と朱葉が思う。
多分、もっと上手くやれるはずなのに。都築は、そりゃあ優等生ではないけれど、ひとの気持ちがわからない人間じゃないはずだった。いや、ひとの気持ちはわからないかもしれないけれど、ひとの気持ちをさらう言葉をうまく言う、そのやり方には長けているはずで、だから、大人の指導を、耳良い言葉で受け流すことぐらい、造作もないはずなのだ。
適当にやって、やれないことはない。
でも、だとしたら、もしかしたら適当になんてやりたくないのかもしれないと思う。
(先生も大変だな)
どうするのかな、と眺めていたら、桐生は大きくため息をひとつ。
「わかった」
意を決した、というか、諦めた顔で、告げた。
「生徒指導を15分したら、お前の好きな恋バナを15分乗ってやろう。それでどうだ」
それを聞いた都築は、目をまん丸にしてから。
しゅ、っと桐生の隣で立ち上がり。
「やる」
そしてふたりで階段を上っていった。
「え、どっちが先攻!? どっちが攻め!?」
という都築の声が聞こえている。
残された太一が、朱葉に言った。
「…………早乙女、すごい顔してるけど」
顔をそむけ、うつむいて手で顔を覆いながら、朱葉が言った。
「こっちみんな」
ちょっと、持病の癪が。
進路指導の青春ターンがちょっと続きます。
コメディの薄い話なので、さくさく更新したいです!(希望




