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腐男子先生!!!!!  作者: 瀧ことは
ある日島の中先生に出会った
8/138

8「いけ、そこだ、チューしろ!!!!!」

 日曜日、17時55分映画館会場前。

 それが、取引相手との待ち合わせだった。当人二人以外が見ることの出来ないメッセージ機能を使って、取引相手とは服装の情報も交換している。


(灰色のニット帽子に、眼鏡。スマホのケースの色はメタリックのレッド)


 待ち合わせ目印を安易にバッグにしたりしないのが通だ。特にジャンルの公式グッズとして売られているものは、あふれすぎて目印の意味をなさない。

 服装とともに、スマホケースの色を伝えておくのはスマートなやり方だなと、朱葉も思う。待ち合わせの相手というのは、必ず携帯を掴んでいるものだ。


 ──いや、知ってるんだけどね。待ち合わせ相手。


 心の中で冷静に突っ込む。あくまで、ノリだ。もっと言ってしまえば、そういうプレイだと言ってもいい。偶然プレイ。今日はそういうことになっている。

 朱葉の方の服装は、特別なものではない。朱葉はどちらかといえば小物で主張するタイプのオタクだ。手首には今日の映画の推しキャラクターモチーフのシュシュをつけている。

 そして鞄には、これからはじまる応援上映の必須武器、「光って色の変わる棒」が入っている。(朱葉はあまりキラキラしてない派だ)

 時間は刻一刻と迫っていた。ギリギリの取引はあまりにハイリスクだが、相手にも理由があってのことだろう。たとえば、そう、あまりほかの客と顔を合わせたくないとか。

 ギリギリにはなるけれど、必ず来る、と言ったとおりに、その取引相手は現れた。


「お待たせしました。ぱぴりおさんですよね?」


 いけしゃあしゃあと。厚顔無恥にそう言った、久しぶりに見る『オフの』桐生和人は。言っていたとおりに、灰色ニット帽子にいつもの眼鏡、それから赤いスマホケースを持ち、そして。


(痛Tかよ!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!)


 えぐいくらいに全面プリントの推しTシャツを着ていた。その姿に涼しげな生物教師の面影はない。背が高かろうと、スタイルが良かろうと、関係はない。むしろ台無しだ。

 しばらくイベントでは会っていなかったので(なぜなら桐生が目当てサークルである朱葉から新刊をイベントで買う必要がなくなったため)衝撃が強かった。

 朱葉は心の中で盛大にどん引きをしたが、そこはそれ、初対面の? 偶然出会った? ただの取引相手ですし?

 口元を引きつらせながら、ごくごく速やかにチケットと用意してあった定価を交換する。

 作り笑いも寒々しく、お礼を言って。


「ありがとうございます~。じゃあお互い楽しみましょう~」


 そう言って流れるように入場する、つもりだった。のに。


「かわいいですね」


 そう言われて、え? と朱葉の動きが止まる。

 前と同じく顔の見えない前髪に眼鏡で、それでも朱葉のシュシュを指さして。


「それ。リーヨちゃん色ですよね」


 そう褒められたので、「え、あ、はい、まあ」と朱葉はキョドった返事をしてしまう。

 そして桐生はちょっとだけ口元をあげて笑って、自分の胸元に手をあてると、どこか誇らしげに言った。


「俺はジオさま推しなんです」


 見りゃわかるよ、バーカ。

 そう言う前に、上映がはじまるアナウンスが流れて、慌てて駆け込んだ。



 応援上映は最近メジャーになってきている、映画館での新しいイベントだ。

 観客はペンライトやうちわなどを持ち込み、映画内のキャラクターへ、思い思いの声掛けをしてもいいことになっている。アイドルものだけとは限らないが、今回のダブスタは応援上映の先駆けとなったアイドルもののうちの一本だった。

 通常の上映はもう終わってしまっている。円盤の発売が近くなってきたので、そのための特別上映会という名目だが、かつて熱狂に叫んだファン達、もしくは当時駆けつけることは叶わなかったがあとからはまったファン達が座席を埋めていた。

 特別上映ということで、予告はない。(ちなみに予告があればかの映画泥棒にも敬意をこめて赤いペンライトを振る)

 はじまったと同時に、映画館がざわめく。まだ、半信半疑のざわめきだ。

(え?)

 朱葉もまた、多少の違和感はあったけれど、確信に至らない。

 けれど、劇場で誰かが叫んだ。

 誰かっていうか、隣の座席の、腐男子が叫んだ。



「新規カットだ!!!!!!!」



 ぶわっと悲鳴がもりあがる。朱葉も「マジで!!!」と叫んでいた。新規カット。映像に手が入っているということだ。円盤収録版か。それとも本当に特別映像なのか。

 わからないが、ともかく、同じストーリー、同じ映画でも、《見たことのないセカイ》がそこにあることは確かだ。


 劇場内の熱気がぐんぐん上がる。

 そして、タイトルコール場面がきた。

 

『みんな~! 僕らのことはわかってるよね! 夜空にきらめく……』


「「ダブルスタアアアアアアアアアアアアアアアア」」 


 朱葉も桐生も絶叫した。


 それからはもう、ジェットコースターのごとき時間だった。


 キャラクターが笑えば一緒に笑い、泣けば「泣かないで!」と叫ぶ。キメ顔シーンともなればヒューと言い、萌えシーンでは拳を握って。


「いけ、そこだ、チューしろ!!!!!」


 と隣から聞こえた。一応小声だった。良識があってよかった朱葉は思った。(でも朱葉もチューしてもいいシーンだなと思った)

 結局嗜好が似ていることは認めざるをえない。そういう相手と隣り合って応援上映に参加出来るのは幸せなことで、朱葉もこれまで様々なイベント経験があるが、悔しいことだが、一番気持ちが盛り上がった、と言ってもよかった。

 そして光る棒をぶん回しつつ映画は終盤に差し掛かり、あるキャラクターのソロ曲で、失われた星の緑が再生するという、歌の美しさも相まってめちゃくちゃ泣ける良シーンに差し掛かった。

 うわっと朱葉の目にも涙が溜まり、でも、ペンライトを緑にかえなくちゃ。そう思った瞬間だった。

 手を、握られた。


(え?)


 隣、桐生の。

 長い指。熱い手が、朱葉の手をつかんで。



「是非これ、どうぞ!!!!!」



 緑のライトを渡された。折ると光るやつ。一曲分のめっちゃ光るやつ。

 そういえば、ソロを歌うのはまさに、桐生の推しキャラだった。

 そして桐生自身、すでにライト8本折り済みだった。



「アッハイ」



 そのあとめちゃくちゃペンライト振った。

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