78「ヤることなんて、ひとつしかないでしょ」
用意はなんにもいらないから、出来ればすっぴんで、着替えのしやすい服で来てもらえるといい。
>あ、それからネイルはNGで。
キングからの指定はそんなもので、聞くだに(怖いしかない)と思うのだけれど、朱葉は言われたとおり、週末の午前、指定時間に家を出た。
しばらく待っていると、見覚えのないワンボックスカー。
「おはよ」
運転席から手を振っているのは、サングラスをかけた秋尾だった。今日は女装ではないし、当たり前だけどゴテゴテのコスプレ服ではなかった。助手席には桐生の姿もあった。いつものオフの姿だったが、心なしかいつもよりぐったりしているような……?
「後ろにどうぞ」
言われるままに後ろのドアをあけたら、三列になったシートの最後列には山のように荷物が積まれて、そこに埋もれるように、キングがすやすや寝息をたてていた。マスクにアイマスクもつけているので、全然顔が見えない。
「おはようございます……?」
「着いたら起きると思うよ。一時間くらいだし。朱葉ちゃんも眠かったら寝ててもいいよ。朝早くからごめんね」
「いや、それほど早くは……」
ないので大丈夫です、と言いながら、ちらりと桐生の方を見て。
「先生は?」
「大丈夫じゃない」
即答。それからずるずると助手席に沈み込みながら桐生が言う。
「夏アニメヤバイ。新クールが俺を殺しに来る」
「あ、大丈夫ですね」
朱葉のあしらいも早い。ゾンビ化した桐生はもちろん聞いていない。
「やばいほんとにやばい夏アニメしんどいいきなり劇場版がはじまってしまった深夜にあんなもの流されたら朝までコマ送り待ったなし……スタッフロールの情報量だけで死ぬ……」
「わたし録画でまだ見てないんで、寝ててくれます?」
それか黙ってて? と切って捨てれば、静かになった。寝たようだ。大人なのに本当にどうしようもない。
「迷惑かけてるね」
寝言みたいな戯言が寝息に変わったあとに、苦笑しながら秋尾が言えば、「いえ、まあ」と朱葉が呟く。
「さほどでも、ないです。授業中は……普通に、先生ですし」
「そっか。今は担任のセンセイ、か」
「はい」
「そりゃ、つらいでしょ」
「……いや、別に……」
昼間は、先生で。放課後は、腐男子だけど。
もう慣れたので、今更だ。
秋尾がちらりとバックミラーで朱葉を見た気配がして。何かを言おうとしたけれど、口をつぐむとにこやかに言った。
「朝ご飯たべてきた? 長丁場になるからさ」
「あ、食べてきました。昼って、持ってきたほうがよかったですか?」
「軽食でよければ俺か桐生が買って行くよ。心配はしないで」
「あのーそれで」
おそるおそる、朱葉が聞く。
「今日は一体、何を…………」
朱葉の言葉に、にこ、と秋尾が笑うと。
「とりあえず、何の曲かける? それともアニメでも見る?」
そう尋ねた瞬間助手席がはねるように飛び上がって。
「タブレットにいれてきたから!!!!!!!! 昨日の新アニメみよう!!!!!」
桐生が食い気味に言ってくるから。
「「いいから寝てろ」」
朱葉と秋尾が、冷たく答えた。
新アニメは見たくもあったが、色々整えてからにしたかった。秋尾に至っては、安全運転のためだった。
車が到着したのは、首都圏郊外のスタジオだった。多分そうだろう、と思っていたけれど、このメンバーでこんなところですることと言ったら、コスプレかコスプレかコスプレだろう。
いつの間にかぱっちり目をあけたキングが颯爽と降り立つと、
「それでは」
宣言をする。
「夏コミ合わせ写真集最終スタジオ撮り、気張っていきます」
おー! と気合いいれ。ノリで朱葉も拳をあげてしまったけれど、未だに自分の役割がわからず、何か雑用でもあるのかな? と思っていたら、がしっと秋尾に肩を掴まれる。
「はいそれじゃあ朱葉ちゃんから~」
「わたしから!?」
「そう君から~これ着てね~大丈夫普通に着てもらったらいいから~」
「これ……これ……」
十数分後。
別室から戻った朱葉は、桐生の拍手に迎えられた。
「あーのー……」
照れればもっと恥ずかしくなる。それはわかっているのに、いたたまれない。対する桐生が笑ったりせず真顔なのがまだ救いか。真顔ながら、拍手は高速だが。
「さすが」「見立てぴったり」「キング神」「むしろこれはゴッドハンド」
そう、朱葉はコスプレ服を着せられていた。制服だ。なんの服かはすぐにわかった。あげはもやっている、大人気スマホゲームの、主人公の衣装だった。メイクは肌に少し塗った程度だが、ウィッグはばっちりつけられている。
「早乙女くん、めちゃ似合う」
真顔で桐生が言う。
「おかしくないですか!? これ着てどうするんですか!?」
「いやいや、どうするもこうするも」
後ろからぽん、と肩を叩かれる。秋尾だ。
「ヤることなんて、ひとつしかないでしょ」
その言葉に振り返れば。長髪のウィッグをかぶった秋尾が、朱葉と似たデザインの衣装に身を包んでいる。
ゲーム中では好感度を上げられる対象ではないが、やわらかな物腰が人気のNPCだった。
「えーやばい……」
思わず自分のことも忘れて言ってしまう。
彼がこうきたということは。
「よろしくお願いします、センパイ」
キングが完全無欠の美少女後輩キャラクターの格好で立っていた。
あ、これは死ぬ、と朱葉は思った。
おっと!書き忘れてたぜ!
この小説はフィクションですので現実の物語とは!!!!!!!!!!!!!!一切の!!!!!!!!!!!!関係がありません!!!!!!!!!!
やべえなって思ったら黙ってすぐ直すからよろしくネ!
週明け忙しいのが確定しているので、本日日付変更線後、後編アップ予定で~す。




