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腐男子先生!!!!!  作者: 瀧ことは
ところが先生が
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66「雑誌は鈍器じゃありません!」

 その日、朱葉のクラスメイトであり同じクラス委員長である都築水生の様子がいつもと違っていた。

「朱葉ちゃん、ごっめん。今日仕事出来ない。よろしく!」

 珍しく軽口も叩かずそう言って、鞄をつかんで教室を駆けだして行ったのが放課後のこと。仕事を押しつけられた朱葉は唖然としたけれど、たまにはそんなこともあるんだろう、と深くは考えなかった。

 不真面目な都築にしては、楽でもない委員長の仕事をこまめにやってくれたとも思っていたし。まあ、都築の変化に、たいした興味がなかったと言ってもいい。

(ええっと……体育祭のアンケートの集計はこれで終わりだし……)

 いくつかの仕事を終えて、職員室を経由する。先に一年生である咲が部室を開けてくれていることを確認して、廊下を歩き、部室のドアを開けようとした、そのときだった。


「委員長ー!」


 後ろから声がして、聞き覚えのあるそれが明らかに朱葉の方を向いていた、ので。振り返った。

 その時にはもう、声をあげた相手である都築が、朱葉の背後まで走り込み、強い力で肩を掴んでいた。

「ごめんちょっと! 匿って!!」

 は? と聞き返すまでもなく、押し込まれるように部室の中へ。ドアをしめて、二人倒れ込むようにしゃがむと、ほどなく廊下を走っていく複数の足音が聞こえた。

 どこ行ったのよ!

 ほんっとサイテー!

 聞こえてくる声は、朱葉の知らない女生徒のものだった。

「……」

「…………」

 わけもわからず、口を塞がれる形で都築と二人、息を詰めていたけど、遠ざかった足音が完全に聞こえなくなると、都築は音を立ててため息をついた。


「都築くん……あの……」


 どうしたの、と聞く前に。


「ふ…………不審者ーーー!!!」


 いきなり音を立てて都築と朱葉の間に振り下ろされたのは、分厚い漫画雑誌だった。

「うおっあぶね」

 都築が飛び退くと、雑誌をふりかぶった影はまだ座り込んだままの朱葉に抱きついて。


「先輩に触らないで!!!」


 涙目でそう叫んだのは、漫研の一年部員である、静島咲だった。

「さ、咲ちゃん! 落ち着いて!! 雑誌は鈍器じゃありません!」

「だって、先輩! このひと、いきなり! いきなり入ってきて……!!」

「不審者じゃないから! 大丈夫! クラスメイトだから!」

 一応、と朱葉が言うと、都築は尻餅をついて唖然としていたが、やがてこらえきれずに吹き出すと。


「なに、一年生、かっわいーね?」


 なれなれしくそう言って、咲の顔をのぞき込もうとする。さっきまでの威勢はどこへやら、咲はぴぇっと声を上げて、朱葉の後ろに隠れた。

 朱葉の方も、今更ながら都築の悪い噂を思い出し、腕を広げて二人の間に立つ。

「はーい、不審者じゃないけどこれ以上の接近は禁止でーす。咲ちゃんには手を触れないようお願いしまーす」

「ええーなんだよお朱葉ちゃんたら、俺と朱葉ちゃんの仲じゃない~」

「どんな仲よ」

「そりゃあもう、一言で言えないような、ふか~い仲だけど?」

 にやにやと軽口を叩く都築に、咲がフーフーと威嚇の声を上げる。

「はいはい。用が済んだら出て行ってくれる?」

「ええ~。匿ってって言ったじゃん。ここ、漫研の部室なんでしょ? ちょうどいいからしばらく隠れさせてよ」

「入室の許可した覚えはないけど?」

「じゃあ、入部見学にきたってことで! それなら断れないでしょ?」

 悪びれない様子に、朱葉はため息をつく。そして背後の咲の方を振り返り。

「咲ちゃん、ごめんね。もう時間でしょう? 帰ってていいよ」

「でも……でも……」

 朱葉を都築と残していくのが不安だとでも言うように、咲は所在なく二人を見比べた。

「大丈夫だって。一応、まあ、派手なナリだけど……クラスメイトだから……。ね?」

 咲はただでさえ人見知りなところがある。男性でかつ、オタク趣味に理解がない相手だとわかったら、より萎縮してしまうことだろう。

 後ろ髪を引かれるように咲が部室を出て行くと、最後まで「可愛いね」「名前は?」「ID教えて」とちょっかいをかけていた都築だけが残った。


「…………で」


 聞きたくないけど、どういうことなの、と声をかけようとしたが、

「おっ! 朱葉ちゃんこれペン? つけペンってやつ? スゲー! あ、これってもしかして朱葉ちゃんが描いたやつ? 同人誌っていうんでしょ。俺も聞いたことあるよ!」

 部室の探検をはじめた都築に、朱葉の目が据わる。

「勝手に触らないで。あとそれはわたしが描いたやつでもないし、勝手に見ないで」

「ええ~入部希望なのに~!」

「叩きだして校内放送でどこにいるか流すよ」

 ドスのきいた声は、本気であることが伝わったのだろう。

「ちぇー」

 近くの椅子に座ると、スマホをいじりはじめる。

「着信うるさいなぁ。メッセージも見れないし。電源きっちゃおっと」

 帰る様子もなければ、こりた様子もない。朱葉はため息をついて。

「……女の子に、追いかけられてるの?」

 別に聞きたくもないけれど、尋ねた。このまま、あれこれ部室のものに触られるよりはよかった。

「んー。まあ、ちょっとね」

 へらっと笑って。

「大丈夫だよお。ちょっと誤解してるだけ。付き合ってた子の友達みたいなんだけどさぁ。なんか間違った情報が伝わったみたいなんだよね。話してても平行線だし、なんか説教してくるし、こういう時は、クールダウンが大事だよね」

「付き合ってた、子」

「そうそう。別れちゃったけど、全然そんな、恨まれるようなことはしてないから。わかったって言ってくれたし、まあ数日休んでるみたいだけど、お友達ちゃん達が怒るようなことはなんにもないのにね」

 不思議だね。でも平気だよ、あとでお見舞いにいくついでに、誤解をといてくるからさ。

 なんでもないことのように言う都築に、朱葉は眉を寄せて。

「……別れた、人のところに?」

 しかも、友人達が怒り狂うような別れ方をした、彼女のもとに?

「そうだよ。おかしいかな? だって」

 俺はまだ好きだもん。

 そう、悪びれなく都築は言った。

「好き……なの?」

「そうそう。これまで別れてきた子も、みんな好きだよ、俺は」

「みんな」

 そろそろ話をするのが嫌になってきた。今週の漫画雑誌が読みたい。ちょっと曲がってしまったけれど。

 いっそ雑誌が激突していればよかった。いや、本には罪がない。人を殴る道具じゃないし。

「ちなみに、別にききたくもないけど、まあ、なりゆきで聞くけど、その、別れた理由って?」

「うーん。彼女が、我慢できないってさ。不思議だよね。付き合ってくれって言ってきたのは彼女なのに。他に付き合ってる子がいてもいいからって。みんなそうなんだよね」

 みんなそう。それで、最後はみんな。去って行くんだ、肩を落として、それこそひどく可哀想な子供みたいに言うから。

「……わたしには、よくわからない」

 呆れたように朱葉がいって、都築と距離をとり、机を二つ挟んだ向かいに座る。

「ねぇねぇ、俺のことはいいからさ」

 都築はすぐに元気になって、机から身を乗り出し言う。

「せっかくだし、朱葉ちゃんの話きかせてよ」

「話すことなんてありません」

「またまた。俺にはあるんだな~。……ね、俺にだけ教えてよ。本当のところ、きりゅせんのあれって、なんだったの?」

「あれって?」

「とぼけないでよ~! 週明けの! きりゅせんが元気なかった日! 俺絶対失恋だと思ったんだけどな~~違ったんだ?」

「違う違う」

 馬鹿馬鹿しい、と鼻で笑うように言ってから、少し、まずいことを言ったような気持ちになって、顔には出さなかったのに、都築ははっきりとそれを読み取ったようだった。

「やっぱり。本当のところ、朱葉ちゃんは知ってるわけだ」

「……別に。知ってるも知らないもないよ。そんなわけないんじゃない? って思っただけ」

「ふうん?」

 都築はその言葉を信じたんだか、信じていないんだか、曖昧に笑う。そしてなんでもないことのように言った。

「俺、きりゅせんが失恋したんなら、朱葉ちゃんにかと思ったんだよね」

 朱葉は驚き、呆れて、声も出ない。


「気づいてない? きりゅせん、朱葉ちゃんのこと好きだと思うなぁ」


 ただ、もれたのはため息だけだ。

「そんなこと言われても迷惑」

「なんで? 朱葉ちゃん、きりゅせんのこと嫌いなの? クラスの女子はみんな言ってるじゃん。イケメンで大人で優しくてって」

「先生でしょ」

「それが問題?」

 それ以外に問題がある? と思ったけれど、言わなかった。朱葉は嫌になりそうだった。こうしてずけずけと踏み込まれること。苛立ってしまいそうになる自分がいて、その苛立ちが、何か、認めたくないものを認めることになりそうで、余計に。

「先生だからダメなんだ。二人とも我慢してるってこと? おかしくない? じゃあ、きりゅせんが先生じゃなかったら、朱葉ちゃん、先生と付き合ってた?」

「なんでそんな話になるの?」

「たとえだよ。たとえば」

「──考えたことないよ」

 ああ、いやだな、と朱葉は思う。誘導尋問みたいだし、考えないようにしていたことを、考えてしまいそうだ。

 話を終わらせよう。そして、帰ろう。それでいいはずだった。半ば腰を上げていたから、すぐに反応出来なかった。

「じゃあ、俺は?」

「……はい?」

 変な声が出た。なのに都築はけろりとした、いたく普通の顔で重ねて言うのだ。

「俺と付き合ってみるってのは?」

「なんで?」

「いや、面白いかなって。うん。俺が興味あるんだ。最初はなんか、二人のこと、秘密の恋みたいでいいよな~ってうらやましく思ってたんだけど。そういうの、俺もちょっとしてみたい。朱葉ちゃんと付き合ってみたい、って思ったから、よければどうかな」

 面白いって。してみたいって。

 さっき別れたとか別れてないとか言ってなかったっけ。

 いや、まあ、どうでもいいんだけど。

 総括して、朱葉が心の底から言う。

「都築くんて、ほんっとうに変な人だね」

「そうかな」

「そうだよ」

 今度こそ朱葉は立ち上がると、静かに言った。


「誰とも付き合わないよ。高校生のうちは、そういうことしないの。そう決めてるの。だからお断り」


 ごめん、とも言う必要はなさそうな会話だった。

「えーもったいないじゃん!! 何度も高校生やれるわけじゃないっしょ! 楽しんでおかないと戻ってこないわけでしょ? 後悔したって遅いわけじゃん!!」

 声がでかい。隠れてる意味ないよ、と朱葉は思う。言う元気もなかったけど。

「もったいなさすぎ。朱葉ちゃん可愛いのに。じゃあこうしよ、デートしよ」

「は?」

「デート! 絶対楽しませるから!!」

「何言ってんだか」

「いいじゃん、減るもんじゃないし!! 割り勘とかせこいこと言わないから!」

「時間が減る」

 お金よりも切実だった。オタクに暇はないから。わたしの代わりに原稿してくれんのか。わたしの代わりにソシャゲを走ってくれるのか。

 そう、真剣に思ったわけだけれど、対する都築も、あまり見たことないような、真剣な顔で言った。

「俺の知らないとこでしてんならいいけど、委員長、男とデートもキスもセックスもしなくて」

 いきなり強い単語が出てきて、朱葉がぎょっとする。けれど都築はよく使う語彙のようで、てらいもためらいもなく、続けた。


「可哀想じゃんか」


 いきなり、そんなこといわれて。絶句をしてしまった。都築は本当に根本の根本をわかってないと思ったし、ずれていたし、わかりあえる気がしなかった。説明も、歩み寄りも、相互理解もお断りだ。

 ブロックしたい、と思う。そうでなくても、ミュートしたい。

「わたしは」

 苛立ちと勢いのまま、声をあげようとして。

「わたしは……」

 それ以上は、言葉にならなかった。ぐっと拳をにぎって、かわいた空気を飲み込んだ。その時だった。

 ばしん、と音を立てて。

 ドアが開き、突然のことに肩を揺らす。ぱっと振り返れば、まあ、そこにいたのは、別に意外でも、唐突でもない、この部室の顧問の、桐生で。


「……なんだ、まだ残ってたのか?」


 ドアを開いた桐生は、なんということでもないようにそう言って。「……なんだ、委員長が揃って」と都築の顔を見て言った。

「先生、ちーっす」

 いつものノリで都築が言う。

「入部希望?」

「そうそう」

「違います!」

 調子にのる都築に朱葉が言う。

「そう、じゃあ、帰るように」

 桐生が静かにそう言って、言った時に、あれ、と朱葉は思った。静かだった。不必要なほどに。

 その後もあれこれ言う都築を閉め出すと、都築としても見つかりたくはないようで、風のように去っていってしまった。

 ため息をつきながら、朱葉が自分のスマホを取り出すと、新しいメッセージがいくつか。

(咲ちゃんからだ)

 あけてみると、先に帰ることの謝罪と。

 やっぱり心配だから、一応、先生には伝えておきました、の言葉。

(え?)

 朱葉がちょっと、桐生を振り返る。桐生は教室の窓から、外を見ていた。

(ええと、それじゃあ……)

 先生、いつから、聞いてた?

 と思った、けれど、なんだか、聞けなくて。都築のことも話した方がいいと思ったけれど、何から話せばいいかわからなくて。

 ただ、所在なげにまごついていたら。


「早乙女くんさ」


 ぽつんと、桐生が言う。その口調が、いつもの……朱葉の、よく知るいつもの、放課後の口調だったから。

 なんだか少し、泣きそうになるほどほっとしてしまった。桐生はそのまま、朱葉に背を向けたままで、心のなしか小さな声で、聞いた。


「週末、あいてる?」

しばらくちょっと続きます。お待たせしました、×××××編です。

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