42「ホワイトデーガチャだと思って」
「先生、お願いがあるんですけど」
いつもの放課後、生物準備室の机の前に、仁王立ちになって朱葉が言った。
ただならぬ迫力があったけれど、桐生はいつものタブレットから顔も上げなかった。
構うことはせず、朱葉は言い放った。
「わたしのことは、もう諦めて下さい」
返答は、沈黙。
のち、すっと顔を背けて。
「…………なんのことかな?」
と言った。
バシン!! と音を立てて、朱葉が両手をデスクにたたきつける。
「なんのことかな? じゃ、ねーーーーーよ! 先生の! アカウントで! 毎日毎日! 某ソシャゲの萌えが拡散されてくるんですけど!? 狙い撃ちしてくるの、どうにかなりませんかね!!」
ふだせんアカウントこと、元々は取引用のアカウントであった桐生のアカウントが桐生の日常萌えアカウントに変わってから、毎日ここぞという時間にここぞというネタが拡散されていた。
SNSの使い方は千差万別、個人の自由だ。
けれど朱葉は気づいていた。間違いない、あの拡散は……自分宛てだと。
しかし桐生はしらばっくれた。いけしゃあしゃあと。
「自意識過剰なんじゃないか? 俺は素敵だなと思ったネタを自分のために、そう自分のためにそしてひとりでも多くの人に見てもらいたくてそっと拡散ボタンを押しているのであってそれ以上の他意なんてものは別に」
「ミュートするぞ」
「えぇ~やだ~さみしい~」
「子供みたいなこと言うんじゃないの!! あのゲームは! やらないって言ったでしょう!!」
「なぜなんだ?? 絶対最高なのに? 流行りすぎているから乗れないなんて、そんな心の狭い子ではないだろう! 早乙女くん、いや、ぱぴりお先生の心もこんなにも動いているのは俺にもわかっているんだぞ!?」
「だって!!!!!!」
ババン、ともう一度デスクを叩いて。早乙女朱葉、渾身の一言。
「ガチャが、ドブなんでしょう!!!!!!!!」
ガチャ。高レアリティのキャラクターを出すための、一種の博打だ。
そしてそれが、特に、ヤバイ。その課金性が特に、とみに高いのだと、朱葉はそのゲームはやったことがなかったが、噂に聞き及んでいた。
むちゃくちゃ面白い。
でも、ドブい。
そのことを……桐生は否定はしなかった。
「ダイジョウブ、ムカキン、クリア、カノウ」
どこか焦点のあわない目で言う。
「クリア、レアリティ、ムカンケイ、クリア、ダケナラ」
SFのロボットみたいになっている。
「だとしたらこんなにみんなが親指おったてて溶鉱炉沈んでいってるわけないでしょ!?」
「それは違う、違うぞ早乙女くん! SNSに毒されすぎなんじゃないか!? 課金は家賃までなんて、必ずしもそんなことはないんだぞ!?」
「先生今月いくらつぎ込んだ?」
「数えなければゼロだ」
最低だった。
呆れ果てて背を向けて帰ろうとするが、今度はすがりつかれた。
「いやいやほんと、ちょっとでいいんだよ。ちょっとだけでいいんだよ。先っちょだけ。DLして、やってみるだけでいいんだよ。1章、いや、3章までやってくれたらこの作品の面白さに気づくというか理解するはずだしやっぱりソシャゲは初めておくだけでもいいと思うんだよこうしているうちにも刻一刻と毎日のログインボーナスが」
「その手にはのらないって言ったでしょ!!!」
ふりはらおうとしたら、くわえて何か封筒のようなものを握らされる。
「今ならこの、このコードをね、ストアのギフトコードのところにいれたら一回分くらい、ちょうど一回分くらいの十連ガチャの代金くらいにはなるから、今ほんといいからホワイトデー狙い目だから絶対早乙女くんにも好きな絵師がいるはずだから」
「せ、ん、せ、い????」
ギリギリと怒りで握り返しながら朱葉が言う。
「どこの世界に生徒にソシャゲ布教したくて金渡す教師がいますか!? これホント問題だから絶対うけとれませんよ!!」
「ちがう、これ、金、ちがう」
「なにが違うんですか!?」
「俺がコンビニで買ったギフトカードの10%還元ポイント。ポイントだから金じゃない。金じゃ無いから問題はない」
目がぐるぐるとしている。
「ありまくりだっつうの!!!!」
っていうかいくら買ったんだ。還元キャンペーンだからっていくら買ったんだ!?
「今なら俺が手取り足取り教える。イベントで出たオフィシャルムックも貸す。そしてフレンド登録してくれたら!!! 俺が!! 早乙女くんのために!! 常に高レアぴったりなフレンズを!!!!!!」
「すごーい! じゃねーーーーよ!!!!!!」
ぜえ、はあ、とその後に必死のやりとりを続けて。
「ほんとーーーに、無課金でも楽しいんでしょうね……。わたしホントに、不確定なガチャに課金している余裕はないんで」
「タノシイ。ゼッタイ。少なくとも、俺の拡散した画像がより面白くなること間違いがない」
「まあ……それはね……」
「どのカップリングがいいかはあとでゆっくり相談しよう。関係作品については俺も結構知らないもの多いから一緒に学んで行こう」
「はいはい」
頭を押さえながら、くしゃくしゃになった封筒を見る。
「ホントに、ホントにポイントだけなんでしょうね……」
「…………」
「違うのかよ」
「え、いや」
くるっと椅子を回すと、こちらに背を向け、ひらりと手をひらめかせて。
「ホワイトデーガチャだと思って」
いぶかしげながら、開いてみれば。
「……………」
付箋に書かれた、ギフトコードだろう。数字とアルファベットの羅列と一緒に。
ちょっとくしゃりとなったチケットが見えて。
「…………先生、ちょっと」
照れ隠しのように、難しい顔をして、朱葉は言った。
「普通に誘えないんですか?」
ホワイトデーガチャから出てきたのは、今が人気の、ミュシャ展の前売り券。
レアかどうかはわからないけれど、オタクでミュシャが嫌いな人はいないし。
朱葉には、あたりのチケットだった。
この小説はフィクションです!!!!!!!!!!!!!!!
果たしてあげはさんの(ソシャゲ的な)運命やいかに。(続きません)




