38「できればモブになりたい」
週末は夏美と遊ぶ予定だった。流行りのアイドル学園アニメのコラボカフェに当選していたので、その時間に合わせて街に出る予定だったのだけれど、少しはやめてもらいたいという連絡が入ったのが、前夜のこと。
ちょっと寄りたいところがある、という言葉に、てっきりどこかの店やカラオケにでも寄っていくと思ったら、違っていた。
「え、これ、すごくない?」
アニメショップや同人誌ショップの並ぶ繁華街の人混みを見て、驚いたように朱葉が言う。
「そうなの~今日はコスシティの日で、街中をコスプレ衣装で歩けるんだよー!」
朱葉はあまり詳しくなかったが、テーマパークなどでもよく開かれている、街全体がコスプレイベントとして解放されている日らしかった。
コスプレイヤーは登録を済ませて料金を支払い、提携している店にもコスプレ服のまま入ることが出来る。
「なるほどだから、その気合いの入ったカメラなわけね」
「そうそう! あ、カメラ登録だけするからついてきて!」
コスプレイヤーを写真にとるためには、カメラを持つ人間も登録料を払わなければならないらしい。
夏美は普段から大切にしてるデジタル一眼レフを持ってきていた。朱葉は感心しながら、夏美についていく。朱葉はコスプレは主に見る専門だが、たまに推しキャラとすれ違ったりすることもあるし、イベント会場や写真ではなく、街にキャラクターがいる感じ、が新鮮で胸が高鳴った。
何より、見るだけならタダなのがいい。眼福だ、と思って眺めていたのだけれど、うきうきしながらカメラ登録をして、しきりにSNSを見ている夏美に、ふと、尋ねてみる。
「何か、お目当てがあるの?」
いつも来ているというわけではないはずだった。夏美もカメラを本格的にやっているわけではない。それでもすごく楽しみにしているようだったから、何かよほどはまっているジャンルでもあるのかと思っていたら。
「あ!!!! 近くにいる!! 朱葉急いで!!」
夏美は朱葉の質問にも答えず、ずんずんと登録所となったホールを出て、大規模な商業施設の中を移動する。
こうなっては聞いても無駄だなと思って、夏美についていくと。
「い、いた~~~~!!!! やっぱり!!!! いた!!!!!!」
バンバンバン!!! と朱葉の肩が叩かれた。めっちゃ痛いな、と思いながら、朱葉は夏美の視線の先、商業施設の半ば屋外に出店された、コーヒーショップを見た。
「わぁ」
思わず言ってしまった。テラス席に座っているレイヤー二人連れが、とにかく目立っていた。片方は銀髪で体格がよく、隣の金髪はヒョウ柄のパーカーを着てもわかるくらい華奢だった。
(お、おそロシア……!!!!!)
思わず思ってしまう。大流行したスポーツアニメの、ロシア人二人だった。テラス席でくつろぐ姿を、いろんな人が声をかけては遠巻きに撮っていく。
(これは撮るわ。いやそうじゃなくて)
「こ、こっち見た!!! あげは、こっち見たよ!!!!!」
銀髪の方が、朱葉を見つけて、にこっと笑うと手を振った。その笑い方には……覚えがある。
「ほらーーーー!! ほら! あげは!!!!!!」
「夏美……あんたこのために連れてきたね……?」
「あとでコラボドリンク奢るからー!!」
確信犯だった。テラス席に座っていた、おそロシアな二人組レイヤーは、他でもない秋尾とキングだった。なんだかそんな予感はすでにしていた。意外では全然なかった。夏美はキング達の熱心なファンなので、彼女達の動向をつかんで、あわよくばと朱葉を連れてきたのだろう。ダシに使われているとわかっているが、確かに今回のコスプレは朱葉も好きなもので、十分眼福だった。
「こんにちは……」
子ウサギのごとく震える夏美を連れながら、テーブルに近づき言う。にこやかに秋尾がいう。
「偶然だね?」
「まあそうともいえますね」
正確を期すなら運命の方だと朱葉は心の中だけで思った。運命は、つくれる。(主にネットストーキングで)
「あの! 先日もどうもありがとうございました!!」
「ああ、お友達だよね。写真ありがとう。すごくよく撮れてたよ。ね」
秋尾が尋ねると。キングはこく、とキャラクターらしく小さく頷いた。それだけで、夏美が変な声を上げる。
「あ、あの……」
勇気を振り絞るように、夏美が言った。
「な、なにのんでるんですか……」
え、それ今きくとこ!? と朱葉は思うが。
「サクラティーラテ」
期間限定の、と返されて、朱葉もかなり胸がきゅんとした。(めっちゃかわいい)
キングはその、小さなカップを揺らして、朱葉ではなく夏美に言った。
「座る?」
え!? と夏美が頓狂な声をあげれば、次の瞬間には隣の秋尾がキングの細い足で蹴り出された。キャラクターの行動通りだが、どこまでコスプレなのかはわからない……。
「だ、だめですよ!? え、でも、だって!」
「いやー……俺は、別の席に連れもいるんで、ちょっとだけなら、いいよ」
でもすぐ返してね、と秋尾がウィンクする。この男も大概ずるいな、と朱葉は心の中だけで思う。
「代わりに朱葉ちゃん、借りるね」
そう言って秋尾は朱葉の肩をつかんで席を離れる。後ろでは椅子をひっくりかえさんばかりに夏美がキングの隣に座ったのがわかった。
当然のごとく借りられたわけだが、朱葉は承諾していない。
「え、でも、連れって」
「そう、連れ」
キング達と少し離れた席に、ひとりで座っていた男性がいた。
「どうぞ」
「うわあ」
顔を見て思わず言ってしまった。
相手の方は朱葉達が現れた頃から気づいていたのだろう。朱葉の方は、二人に目を奪われて全然気づかなかった。
オフの桐生その人だった。
「いや、まずいだろ」
座った秋尾にぼそぼそと桐生が言う。
「あの子もうちの生徒だぞ」
「彼女に今、周り見る余裕あると思う?」
振り返って見てみれば、至近距離でキングに見詰められて、夏美は隣に隕石が落ちても気づきそうにはなかった。
「先生こそなんでいるんですか」
「いや……」
テーブルに出ていたカメラをさりげなく隠すが今更遅い。桐生もカメラ登録のみらしかった。
「本当は合わせてコスプレやらせようとしたんだけどな」
「え、見たい」
秋尾の言葉に朱葉が即答する。
桐生が苦い顔で言った。
「スタジオじゃないと無理だって言っただろ」
「え、スタジオならやるんだ?」
「朱葉ちゃん今度誘ったげる♥」
ぜひ♥ と朱葉も秋尾に言った。桐生のコスプレがどうしても見たいというわけではなかったが、なんだかとても楽しそうだったので。
「なんでそんなの見たいと思うんだ……」
「いや、でも、ぶっちゃけ、どのキャラやるかわかりますけど、結構かなり、似合うと思いますよ?」
「俺は別に! 作中人物になりたい欲求はないんだ!!」
できればモブになりたい。と拳を固めて言われた。わからなくもないけど、その言葉だけ聞くと怪しい。
「もっと二人で遊びにでかければいいのに」
二人を見ていた秋尾が言うが、朱葉と桐生は目をあわせ、「それも……」「なぁ……」と気まずそうに言った。
そういうのは、やっぱりちょっと、と思ってしまうのだ。楽しいだろうと思うし、行ける先だっていっぱいあるけれど。
やっぱりちょっと、それは越権だろうというブレーキが、どうしてもかかってしまう。
「だって、オタクやってれば現場はかぶるだろ?」
「現場のかぶりはいいんだよ。偶然だから」
「そう、偶然だから」
と変なところで倫理観の強い二人が、頷いていると。
「あーーーげはーーー!!!!」
いきなり夏美が立ち上がってダッシュで駆け寄ってきた。思わず桐生が顔を見られないように半身をそらす。けれど夏美はやはり周りなど見えていないようで。
「ごめん!!!!! コラボカフェ、ちょっといけない!!!!!」
そう叫んだので、「はあ!?」と朱葉も言う。
「え、なんで!?」
「キングに頼まれちゃったの~!!!! この間の写真がよかったから、また撮って欲しいって! 絶対こういう時は太陽光が出てる方がいいし、コラボカフェ終わってからじゃ遅いんだよ~~!!」
「そ、それはそうかもしれないけど! 予約してあるんだよ!?」
「ほんとごめん!! あげはの予約だったよね! ほんとごめんやけどひとりで行ってきて! もしくは誰か他の人誘うとかで……」
「もう30分くらいしかないよ!?」
ほんとごめん!! と夏美が半泣きで謝るあたり、もう心は決めているし、さほど責める気持ちもないのだが、せっかく抽選であたったコラボカフェだ。誰かと行った方が絶対楽しいし、何よりランダムグッズのゲット率が違う。
「あ、じゃあこうしようよ」
秋尾がぽん、と朱葉の肩を叩く。
「偶然、俺の連れが、空いてるから、連れていってやって?」
そう、偶然ね、と秋尾が悪く笑う隣で。
声の出せない桐生が、唖然としていたけれど、その気持ちは、朱葉も同じだった。
続くで!
デート編です。




