37「そんなに暇なら婚活でもしてれば!?」
学校の昼食時間、隣のクラスで友達の夏美と一緒にお昼を食べていたら、おもむろに言われた。
「あげは、最近可愛くなったよね」
あまりの突然のことに、食べていたサンドイッチをとりこぼしかける。夏美は机に身を乗り出して、いたずらっぽく言った。
「ね、さては、恋をしてるんでしょ」
言われた朱葉は軽くため息をついて、内緒話のように声をひそめて言った。
「……ばれた?」
ふふーん、と夏美がご機嫌で笑う。
「夏美ちゃんの目はごまかせません! 聞かせなさいよ、相手のこと」
「夏美こそ、突然そんなこと言うなんて、彼となんかあったんじゃないの?」
「あたしのことはどうでもいいのよお。彼ったら最近全然連絡くれないんだもん。バレンタインのチョコレートにも、ありがとうもないしさ」
「でも、ホワイトデーは、ちゃんとくれるんでしょ」
「まぁ、ね。でも、あたしとしては、毎日すてきで格好良くいてくれるだけで十分なプレゼントかなって」
「はいはいお熱いことお熱いこと」
「だから~! あたしのことはどうでもいいって! あげはの相手はどうなの!?」
「どうって……そりゃ、格好いいよ。過去には色々あったみたいだけど、今はそんなの微塵も見せないし、仕事にも打ち込んでるし。でも……」
「でも?」
「最近、気づいちゃったんだ……。彼、好きな人がいるんだなって」
「え……? ちょっと、あげは、それって……」
「そう。私じゃなくて、ね。でも、その人のこと、応援してあげようって思ってるの」
「あげはが諦めることなんてないじゃん!! 望みは絶対ないってわけじゃないんでしょ!?」
「絶対ないよ。私にはわかる。……だって、私、いつも見てるもん」
「あげは……」
「大丈夫、応援するつもりだよ。どんなに道ならざる恋でも、障害があっても、私だけは応援してるし、見届けたいって思ってるの。ゆりかごから墓場まで」
「もしかして、その彼の想い人って……」
「そう。彼の隊の……隊長よ」
しばらくの沈黙のち、夏美が言う。
「え、あの漫画今そんなことになってんの?」
「マジマジ。これマジだから。すっげーから。隊長にラブビーム出てるから。コミックス出たら貸すから読んで。なんならもらって。書店特典で複数買いする予定だし」
「わ、わかった……。ホワイトデー用のプレゼントセットも届いたら撮影会するし一緒に撮ってね♥」
「おけ」
以上、昼下がりの夢女(ホワイトデー用に推しアイドルのメッセージカードつきスイーツとロゼットセットを通販で買った)と腐女子(最近本誌で推しカプの近辺が忙しい)の会話だった。
オタクだって恋バナをする。
ただしリアルとは限らない。
「でも、最近あげはちょっと可愛くなってるって思ったのは本当だよ?」
付け足すみたいに夏美に言われて、あげはは驚きに瞬きをする。夏美はしみじみと、あげはを見ながら言うのだ。
「よほどカップリングが萌えあがってるんだなと思って」
それな、と思わず言ってしまった。
萌えは健康にいいし、美容にもいい。
そして放課後のこと。いつものように生物準備室で過ごしながら、ふと、桐生に聞いてみた。
「先生最近ときめいたことってなんですか?」
桐生はしばらく沈黙したあとに。タブレットをこちらに向けて。
「昨日のぱぴりお先生の猫の日にゃんにゃん落書き」
あー、と思ったけれど。
「おい待てやそれ他のフォロワーさん向けの一発落書きやぞ。何保存してるの」
朱葉のアカウントのホームに行かないと見られないはずだ。今更だけれど、思わず据わりきった目でつっこんでしまった。
しかし桐生は悪びれる様子はない。
「ヲタカツ! ヲタカツ!」
「もーーそんなに暇なら婚活でもしてれば!?」
思わず時流にのって朱葉がいえば。
「婚活かー……」
タブレットに顔を戻しながら桐生が言う。
「流行ってるじゃん、オタク婚活」
「流行ってるなぁ」
ちょうど、大手の同人誌通販サイトが婚活サイトをぶちあげたところだった。
「興味ないの?」
「いや、まあ、婚活する人を否定はしないよ。本気の人も多いんだろうし、一度きりの人生は好きなようにやるべきだし、金の使い方だってその人次第ですし。でもさぁ、オタク婚活であれだけ金とるんだったら、同人誌読み放題くらいにしてもらえないと割があわなくないか?」
「結婚する気なくなるだろ」
「同じ同人誌読んでる人をマッチング」
「されたいか!?」
「共有財産にすれば投資は半分、保存場所は倍」
「…………………………」
思わず朱葉も考えてしまう。
「でも神本は自分の分が欲しいんだよな~~」
「それな~~」
結局結論としては何も得はなかった。
「まぁ、合コンも婚活も今のところは縁も無ければ興味もないです。言うほどオタクは暇ではないですし」
「あ、合コン行ったことあるんだ?」
「そこ食いつく?」
「後学のために聞かせてほしいでーす!」
普通に、興味があったし。
今、縁も無ければ興味も無いといわれて、少し安心したことも事実だった。
「後学なぁ……。いや、大学入りたての頃に、先輩に言われて参加したくらいだよ」
まあ、あんな怖そうな彼女がいたら合コンは出られまい、と朱葉が思ったことはナイショだった。
「どうでした?」
「うらやましかった」
「へ?」
「なんで女子は女子とあんなにすぐ仲良くなれるんだ? 俺達そっちのけで最近の萌えの話で盛り上がってうらやましいたらありゃしない」
「あー……」
合コンはいったことはないけれど、それは、わからなくもない。
オタクであれば、初対面でもだいたい話を弾ませられる自信がある。
「俺だって最近の泣けるBLの話まぜて欲しかった……」
そっちかよ、と朱葉は思った。
桐生も朱葉も婚活は、まだまだ遠そうだった。




