35 国民のチョコレートの日直前休日編
朱葉とその友人、夏美の休日。
今日は二人でデパートで買い物のちライブビューイングの予定だった。最初に行ったのは比較的安価な、食材から寝具まで売っているシンプル雑貨店で。
「ねぇあげは~これなんかは?! これめっちゃよくない!? 簡単そうじゃない? たべたーい!!」
夏海が取り出したのはチョコケーキの手作りセットだった。
「だーめ。手作りは重すぎ。日持ちもしないでしょ」
「あたしが食べたいんだよ~。友チョコ! 友チョコでどう!?」
「そんなに言うなら自分でつくりな~。わたしも友チョコ歓迎よ」
「ああーんあげはのケチー」
どうしようかなーお父さんと弟とー、と夏美が考えている。
女子的コミュニケーションとして必要不可欠なイベント直前の日曜日だった。売り場も心なしか浮き足立っている。
「うーん。やっぱり、混んでるけど、特設会場行こうかなあ……」
あれこれレトルト食品なども見回ってから、朱葉がため息まじりに言った。その手には、シンプルなラッピング材くらいしか握られていない。手作りグッズを買い込んでいる夏美が振り返る。
「あれ、雑貨で済ますんじゃかなったの? やっぱチョコ買うの?」
「まあ、いっぱいもらうだろうから、チョコやめとこうかなって思ったけど……」
こういうのって、気持ちじゃん?
と呟く。
喜んではもらえないかもしれないし、迷惑かもしれないし。あげる、とか、告白とかいうのともちょっと違う。
ただ、あげたい気持ちがある。から、あげる。
それが、届かなくても。……まあ、届けば、ちょっとだけでも嬉しい。
「そうだねぇ。誰にあげるのかは知らないけどさ」
誰宛のチョコレートなのかは、恥ずかしいから言いたくない、という朱葉の気持ちを、夏美は汲んでくれていた。
ぽんぽん、と夏美の手が朱葉の背中を叩く。
「朱葉の気持ちが一番大事だから、朱葉が一番好きなやつが、いいと思うよ」
だよね、とその手を引いて、会計を済まして二人、歩いていく。「コンビニにも寄っていい?」とか聞きながら。
こういうのは、誰かの手の上で踊らされている気もするし、少々面倒くさいなと思わなくもないけれど。
やっぱり女の子にとっては、一世一代の日なのだ。
*
とあるバスケットボール少年の休日。
「……うん。経過もいいね」
大きな病院の休日診療時間に、太一は術後の経過観察をしにきていた。
「そろそろ運動に取りかかってもいいよ」
その言葉に、ほっとして。
「あの、先生」
それから少し、喉の渇きを覚えながら言った。
「バスケ、してもいいでしょうか」
したい、とは。
これまで一度も言わなかった。
原因については、言ったけれど。治らなかったら。そう思ってしまったら、なかなか口には出せなかったのだ。
医者は少し眉を上げながら、画面を見て。
「無理しないようにね。あとで療法士から、メニューだしてもらえるよう言っておくから」
そう言った。
はい、と太一は答えた。どっと、力がぬけるようだった。
ようやく、みんなのもとに顔がだせそうだ。
*
とあるレイヤーカップルの休日。
明るい貸し切りのスタジオで、ソファに座って、キングがポーズをとっている。白髪のカツラに、眼鏡をかけている。
珍しくも、女子キャラだった。今回はバレンタイン用の一枚だ。とあるゲームの、バレンタイン限定キャラが発表されてから急遽つくったので、ありあわせだが、基本がセーラー服なのでどうにか間に合った。制服は偉大だ。
短いスカートには、黒いガーターストッキング。白く細い太ももを抱くようにして、けだるげに目を細めている。
「何枚か撮るから、視線、動かしてください」
デジタル一眼レフを構えた秋尾が、口笛を吹きながらシャッターを切る。神とか有りとか最の高とか色々言うけれど、あの軽薄な口笛の音が、一番の賛辞なことを、キングは知っている。
「はい、じゃあちょっと待ってて」
秋尾が小道具を用意する間、鏡で自分をチェックする。メイクやウィッグは崩れてないか。うまく表情はつくれているか。
キングは、あまり人とコミュニケーションをとることが得意ではない。笑ったり、はしゃいだり、そういう起伏が、人より少ないことを自認している。
愛想がないと、苦言を呈されたこともある。
愛想なんていらない、と言ったのは秋尾だった。
──愛想なんていらないでしょ。俺には十分、君が笑っているように見える。
「出来た!! はい! 消え物だからはやく!」
渡されたのはクリームとチョコソースの乗ったココアだった。
(美味しそう)
とは思うけれど、小道具なので、すぐに口をつけることは出来ない。撮影にはレンズなしも用意してあったが、眼鏡がくもるとまずいので、中は冷たかった。
「いい笑顔」
シャッターを切る、秋尾がそう呟いた。キング自身は笑みをつくっているつもりはなかったが、彼がいうのならば、そうなのだろう。
いくつかポーズを撮って。
ふと、いたずら心がキングに芽生えた。
「あっ」
舌をのばした、クリームを拾う。こくりと秋尾の喉が鳴り、口笛の音もせず、シャッターだけが切られる。
唇の端についたクリームを舌先でなめとって。
不遜に流し目をくれてみれば。
あーあ、というように秋尾が頭をかいて、カメラをおろす。
「誘ってる?」
さぁ、とキングがとぼけたように呟いた。
確かに自分は、今、笑っているのかもしれない。
*
とある女性──マリカの休日。
「はい、じゃあこれ、ちょっとはやいけど、バレンタイン!」
用意しておいた高級チョコレートを、ひとりひとり、食事の時間をとって渡していく。
フライング気味なのは、該当男性全員に渡していくには、当日だけでは足りないからだった。
マリカにとっては、チョコレートは未来への投資だ。
「ホワイトデーはね、GUCIの新作がいーなっ。今年の、すっごく可愛いの!」
高級ブランドのお返しをひとりひとりに予約をしていく。鞄にアクセサリーに、洋服も。男性に拒否権はない。
ない、はずなのだけれど。
そういえば、昔同じことをして、全然まったく返してくれなかった男がいたなと、男から男に渡り歩く中で思い出す。
(なにしてるのかなぁ、カズくん)
ま、きっと。チョコレートとは関係ないところにいるのだろうなと。
そんなことをマリカは思った。
*
そして、とある腐男子先生の休日。
「アニメ化……やばい……」
サイリウムを振りながら滂沱の涙を流し、どあるアイドルゲームのライブ(超激戦)の会場にいた。
「おめでとう……俺たちのアイドル……おめでとう……俺達プロデューサー……」
この日のためにガチャを回したのだ。
いや、俺達がまわしていたのはガチャじゃない。彼らがまさに真のアイドルになるための軌跡に他ならない。
「アニメ化還元……最高……」
確かに、チョコレートは関係なかった。




