31「後ろに隠れている職権乱用野郎もおめでとうございます」
>今日はバイト。ご奉仕してきます。(印刷代のために)
「あけましておめでとうございます。ご参拝ありがとうございます」
年が明けて、まだ新年も三日目だった。朱葉は、年に数度のアルバイトにせいをだしていた。
朱葉の学校ではアルバイトは申請制で、飲食店や繁華街での常勤は審査が厳しい。それよりも審査がゆるいのは、月に1、2度といった突発的なもの。しかも、親や親戚の手伝いということであれば、まず止められることはなかった。
朱葉が高校に入ってから行っているバイトは、親戚の紹介だった。本来であれば大晦日から夜通し繁忙期だが、未成年ということもあり、大晦日と元旦を避けた日のヘルプで入っている。とかく若い少女が重宝されるバイト。
白い衣に赤い袴の結び目だけを、SNSにあげた。
近くの神社の巫女バイトだった。
「じゃあわたし、昼休憩入らせてもらうわね」
一緒にお守り売りをしていた弓子が、そう言って立ち上がった。何度か巫女バイトで一緒になったことがある、年上の女性だった。
「はい、ごゆっくりどうぞ」
朱葉がにこやかに送り出す。初詣時期とはいっても、朱葉が手伝っているのは小さな神社で、参拝客も一時間に数人といったところだ。
小さな社務所の中も、ストーブを背負って暖かい。先に昼食をとらせてもらったので、お腹もいっぱいだった。弓子は神社の世話をしている町内会のご老人達の相手(主に御神酒の酌)があるので、昼食は時間がかかることだろう。
「~♪」
朱葉はそっと手元に隠したスマホを立ち上げ、ゲームを進める。ごはんも食べられ、コスプレのような衣装も着られ、これで年賀状配達よりもいいお金がもらえるのだから、まったくいい仕事だった。
(福袋ガチャどうしよう……)
やるか? やるのか? ここまで無課金を貫いているのに? いやしかし今ここでこの格好でガチャを回すことが一番確率的に高いのではないか?
そんなことを思っていたので、玉砂利を踏む音を聞き逃した。
「わーほんとだ。マジで巫女さんだ」
声が聞こえて、慌てて顔をあげた。あまりに慌てていたので、
「いらっしゃい……」
ませ、だなんて言ってしまいそうになった、言葉が途中で止まった。
「朱葉ちゃん、あけましておめでと~」
そう言って手を振った顔に、見覚えがあった。見慣れた顔、ではなかったけれど、ほんの数日前に見た顔だったから、見間違えるわけがなかった。──どれだけ、その化粧が違っていても。
「秋尾さん!?」
今日は短い地毛で男性の格好だった。いや、地毛なのか? 朱葉には自信がない。服装も上から下まできっちりした伊達男ぶりだった。そしてそのすぐそばには、小柄なキングがいた。
(やばい)
きゅんきゅんする、と朱葉が思う。キングはうなじを晒すベリーショートの黒髪に、大きめのごついサングラスをかけていた。真っ黒のオーバーコートから覗く首という首が細く、足下にはエナメルの革靴が光っている。
秋尾じゃなくても椅子になりたい、と思わず思ってしまう。まあ、それは置いておいて、二人がここに来たのは偶然……なわけがないよな、と朱葉が思いながら言った。
「あけましておめでとうございます」
神妙に言って、付け加える。
「後ろに隠れている職権乱用野郎もおめでとうございます」
「ちゃうねん」
秋尾の背後からにゅっと現れたのは、冬休みに入ってからはじめて顔を見る、桐生和人(オフの方)だった。
「なにがちゃうんですか」
「秋尾が」
「えっそこ俺のせいにするの?」
「行こうっていったの秋尾だろ」
「でも秋尾さんがわたしのバイト先知ってるわけないですよね」
「そうそう。校内サーバーログインしてどこの神社か調べたのはこいつ」
二人が責任のなすりつけあいをしている。
「まあ、それはいいんですけど……いやよくもないですけど……」
なんとなくわかるのだ。今朝、朱葉はSNSに巫女服の一部だけ写真を載せた。そのSNSを桐生が見ていることも。けれど、こうして、まあ、SNSで見て特定をして現れる、ということをするとは思っていなかった。
しかも、とんでもないオタクニュースならともかく、トピックスは朱葉の巫女コスプレであるし。
「何しにきたんですか?」
心底呆れたように朱葉が尋ねれば。
はい、と手をあげたのは。
……あろうことか、キングだった。
「巫女」
片手をあげて、もう片手でサングラスをはずす。うやうやしく、そのサングラスを秋尾が受け取った。
「見たい」
なるほどこれは、桐生や秋尾でなくたって、二つ返事で探して行こうと言うよなと、朱葉も秒で納得をした。
参拝客も少なく、関係者も昼食をとっていたので、朱葉は桐生達と話していても何ら問題は無かった。近づいてきたキングがただひたすらに巫女服を眺めている。
「気にしないで」
と言われるが、美女かつ美少女かつ美少年のような気配がそばにあると、朱葉もドキドキしてしまう。
(いいにおいする……)
別にそういう嗜好ではないのだけれど、それとこれとは別だ、と朱葉は思っていた。
「朱葉ちゃん、写メ、とっていい?」
「駄目」
隣にいた桐生が即答した。
「お前にはきいてねーーーーし」
その言葉を黙殺して、桐生が朱葉に尋ねる。
「早乙女くん、買えた?」
「何をですか?」
「二日目『メトロポーチ』の突発新刊」
数日前の、イベントの話だった。シャッター前サークルの新刊だ。
「買えてない!!!!!!」
「わかった学校はじまったら持ってく」
ぐっと親指を立てて言われたので、朱葉がもだえる。
「わあああやばい!! 通販も瞬殺で死んでたんですよ~!!!!! 神だったでしょ!?」
「限数がなければ五冊は買ってた。人類の遺産として保護するべき本だった」
わかる~読んでないけどわかる~!! と朱葉が答える。
相変わらずといえばあまりに相変わらずな二人の会話に。
「仲良いな……」
呆れたように秋尾が苦笑して言った。
「あ、そういえば先生……」
イベントでは、差し入れ、ありがとうございました、と言おうとした時だった。
「巫女さん!! ちょっと、ちょっと!!」
社務所の奥から慌てたような声がした。
雇われ宮司の声のようだった。
「はい!」
すみません、と桐生達に断りをいれて、朱葉が走って奥に行く。いつものんびりした仕事内容なため、大きな声で呼ばれることは滅多になかった。
社務所の奥は、町内会の集会場になっていた。寿司折りにオードブルをつまみに、町内会のご老人達が宴会をするのが常だったが。
「ゆ、弓子さん!?」
先輩巫女が、畳の上に転がっていた。原因は問うまでもなく明白だった。
──なぜならその腕に酒の瓶を抱えて寝こけていたので。
周りのご老人達が口々に言い逃れをしている。
「違うんじゃ~わしらが悪いんじゃないんじゃ~」
「巫女さんハタチになったというから~」
「御神酒は神の酒じゃから酔っ払うはずがないんじゃ~」
あちゃあ、と朱葉が頭を抱えた。
町内会のご老人達は、決して悪い人ではない。悪い人ではないのだが……こういうことの、常習犯でもあった。
一応、未成年には酒を勧めないという最低限のモラルはあるようだったが、そのしわ寄せが一気に弓子にいったようだ。
正月でもある。集れば飲みたくて仕方がないし、それが若い女の子相手だったらどんなに嬉しいことだろう。
雇われ宮司の方もあまり悪びれる様子なく、朱葉に言う。
「少し目を離したらあっという間にね……巫女さん、申し訳ないけど、今日ひとりで大丈夫? それとも誰かこれから呼べるようなお友達がいるかね……。謝礼は一日分出せるけども」
「はぁ……」
ひとりでも、多分大丈夫は大丈夫、だろう。
これから呼べるようなお友達……に心当たりはないけれども。
「今、参拝に来てくれてる知り合いに、聞いてみても、いいですか……?」
なんとなく、断らないんじゃないかなと、朱葉には予感があった。
あけましておめでとうございます。もう一話くらい新年バイト編やります。
本日1/16活動報告に、お年玉小説も掲載しております。
今年もよろしくお願いします。




