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腐男子先生!!!!!  作者: 瀧ことは
ある日島の中先生に出会った
30/138

30「差し入れにしては……重いな?」

 祭りの日の朝は早い。

 早いというか、夜明け前からはじまっていることが多い。徹夜は駄目。絶対。

 とはいえ朱葉は最近はオンリーイベントがメイン戦場のため、始発から並ぶようなことはしない。完全防寒で家を出たのは、きちんと朝食をたべた常識的な時間だった。どれほど遅れても昼過ぎには会場に入れるだろう、という目算だ。もちろん鞄の中にはゲームと充電器も忘れていない。あと差し入れ。今回の目的は、ほぼこの差し入れだと言ってもよかった。

 縁おねーさんに連れられてはじめて祭りに参加したのは中学校の時で、一応毎回一般で参加をしている。直接参加することになるのは、高校を卒業してからになるだろう。

 夏の祭りは暑く、冬の祭りは寒い。

 今年は比較的穏やかな気候で、列の並びもスムーズに、会場に入ることが出来た。まず、絶対に抜かせないサークルで買い物をする。それでも半分は買えなかった。いや、半分買えただけでもよかった。今クールが終わったばかりの最高に流行のジャンルだ。刷り部数を0ひとつ多くしてくれたサークルさん達本当にありがとう。

 そして自分の活動ジャンルの島に入り、絶対欲しい本を確保してから、取り置きをお願いしている既知のサークルさんにご挨拶。この時に差し入れがすかさず飛び出す。大切。最後に今回のほぼメイン目的地であるサークルに、列が切れたタイミングを見計らって顔を出した。


「おつかれさまです、ぱぴりおです~。今回はお世話になりました!」

「あ、おつかれさまです!!」


 可愛い売り子さんがにこやかに挨拶をしてくれた。隣に座っていたサークルの主人も顔をあげて、「わざわざすみません!」と立ち上がった。

「原稿ありがとうございます! とってもよかったです~! 告知もしてもらって、ほんと嬉しかったです!」

 今回冬コミで発行された推しカップリングのアンソロジー主催だった。熱烈にお礼を言われて、朱葉の方も照れてしまう。


「いや、そんな、こちらこそ……」

「あ、これ、できあがりの本と、イベントノベルティと、参加ノベルティです! わざわざご足労いただいてすみません!」

「ありがとうございます。嬉しいです。あ、これ、皆さんで食べて下さい。売り子さんも」


 ここで最後の差し入れを取り出す。これで本日のミッションは8割方終了だ、と肩をなでおろした時だった。

「ありがとうございます~ぱぴりおさんですよね?」

 売り子さんに改めて聞かれて、「はい」と答えたら、売り子さんが「ほら」とサークル主になにかを促した。

「え? あ、本当だ! それでですね!」

 ごそごそと何かを取り出された。シックな柄の、紙袋だった。


「ほぼ開始直後だったんですけど、『ぱぴりお先生がいらっしゃるなら渡して欲しい』ってお客さんがいらっしゃって、これ預けられたんですよ。差し入れですって」


 開始直後。ぱぴりお先生に。

 朱葉は紙袋をじっと見つめて、もしかして? いやまさか? いやまさかじゃねえか……と思いながら言う。


「……男の人、でした?」


「「そう!!!!!!!!!!」」


 売り子さんとステレオで頷かれた。

 何一つ! かけらも! 意外ではなかった。

 はは……と乾いた笑いをもらしてしまう朱葉に。


「あの……もしかして、ヤバイ人ですか……?」


 売り子さんが気を遣って聞いてくる。全年齢とはいえ、男同士のカップリングアンソロだった。それをわざわざ開始直後に買いにきて、主催者ではなく一参加者に差し入れを預ける。しかも男。

 ヤバイ案件だったらヤバイofヤバイだ。

 朱葉は(ヤバイといえばヤバイけど)と思いながら、


「いえ……いつも…………お世話になっている方で……」


 苦し紛れに答えた。

 ええ、お世話に。主に成績とかつけられてますけど。


「そうなんだーー差し入れ、あたしたちももらっちゃったんですよ~。なんかすみません!」

「いやこちらこそ! すみません! お預けしちゃって!」


 ちなみに、差し入れってなんでしたか? と聞いたら。


「あ、コーヒーショップの無料券がついたカードで……めっちゃ嬉しい~」

「ね~イケメンになったみたい~!」


 この場合彼女達はご贔屓のイケメンに同じカードを送り続けているのだが、それだからこそ嬉しかったともいえる。

 なかなかスマートだな、と朱葉は感心しながらお礼を言ってサークルをあとにした。話している間もぱらぱらとお客さんが来ていたこともあるし、次の予定もあったから。


(来てるのか……)


 まあ、来てないとは思っていない、と朱葉は思う。

 クリスマス前に大立ち回りがあってから、結局ばたばたと、あまり話すことがなく冬休みに突入してしまった。

 あのあとマリカに会ったことも、結局話しそびれてしまった。

 スマホを取り出して、ちょっと考える。

 自分の所在がわかるような何かを書き込めば、気づいてもしかしたら、会いにきてくれるかもしれない。あえて深く考えないようにしているけれど、自分が桐生にオチられていることは、朱葉は薄々感づいていた。

(いいけどね……)

 やめておこう、と鞄に戻す。

 きっと彼も今日は狩りに忙しいだろうし、わかるように書いたとしても、この人混みだ。会えないだろう。

 差し入れを渡して軽くなった鞄に差し入れをしまって、朱葉は次の予定をこなすために今度はコスプレ広場に歩いて行った。



 コスプレ広場は、また違う人出でごった返していた。約束の時間に待ち合わせ場所で待っていると、「あげは!」と遠くから声。

「よかったー会えた!」

「おつかれさま」

 走ってきたのは同級生のオタク友達の夏美だった。買い物を終えたくらいの時間に待ち合わせをしていたのだ。これから一緒にアフターをするためでもあったが、用件はそれだけではなく。

「じゃ、これ、お願いね!!!!!! 一時間でカタつけっから!!!!」

「ハイヨーごゆっくりー」

 朱葉が夏美の重い鞄を持たされた。戦利品の入った鞄の中から、取り出されたのはどでかい一眼レフだった。

 矜恃ある声豚こと河野夏美は、副業としてカメ子も営んでいる。

 重い戦利品をかついでの一眼レフはどうしても苦しいため、朱葉に余裕がある時であれば、荷物持ちをしてやっているのだ。かわりに朱葉は、女子力強めの夏美によく売り子に入ってもらっている。

 目星をつけていたレイヤーに片っ端から声をかけて「一枚お願いします!」をしていく夏美を元気だなーと思いながらゆるゆる追いかけていたら、ひときわ大きな人だかりが目についた。


「おーすご……」


 しかも心なしか、写真を構えるカメラマンに女子が多い。

 イケメンレイヤーなんだろうか、と思って、一息ついた夏美に声を掛ける。


「あれ、すごいね」

「え? あ、あーーーー!!! すごいでしょ!? 行くよ!?」


 お前の手柄ではなかろう、と思いながら引きずられていったら、ようやく人混みの中が見えた。

(す、すごい……)

 一心にシャッター音を浴びているのは、美少年レイヤーだった。美少年? 多分、女性だ。小柄で、ゴシックファンタジーのキャラをしているため眼帯とカラコンをつけている。がっちりしたコスプレメイクで、銀髪のウィッグが鮮やかだった。


「素晴らしいでしょーーー!!!!!! 伝説の少年レイヤーさんなんだよ!!! 写真集もめっちゃ部数出てて、人呼んで、『ソックスガーターのキング』!!!!! ああーーーかっこいいーーーー! 天使ーー!! 踏んでーーー!!!」


「そっくすがーたーのきんぐ……」


 すごいな、と思った。その迫力もすごいし、ポーズもまたすごかった。

 合わせなのだろう、長身の執事レイヤーが、四つん這いになって椅子になっている。

 四つん這いになって椅子になっている。(やばいことなのでもう一度思った)


「マコトさーーん! 目線くださいー!」


 すぐそばに、椅子の方に声をかける女子がいる。キングと呼ばれたレイヤーが軽やかにおりると、今度はキングを片腕で抱きかかえた。大柄なレイヤーで、男性だ、と思った瞬間、ばち、とそのマコト、と呼ばれた男性レイヤーと目が合った。

(マコト?)

 既視感の正体をつかめずにいくと、男性レイヤーが片腕をあげて言う。


「カウント5で休憩に入らせていただきます。お願いいたします」


 1,2,3,4,5,と人垣がカウントをして、さぁっと人がはけた。まだ、二人に話しかけたそうな人が待っていたが。

「15分後に再開です」

 そうあしらって、キングを連れたマコトが、つかつかとこちらに寄ってきた。

「え、え」

 隣で夏美がぎゅっと朱葉に抱きついていたが、朱葉はまだ、ぼんやりした顔で。

 化粧の濃い顔を見上げながら。

「あ」

 ぱかっと口をあけて言った。相手もにっこりと笑い。


「早乙女ちゃん、だよね?」


 思い出したのは。

 いつかの、ゲーセン。

 マコト☆という、コスプレ名刺。


「あーーーー!!!!!」


 秋尾誠。桐生の友人だという、女装趣味のレイヤーだった。



 驚き口を開けている朱葉と、ただわけもわからず震えている夏美。秋尾が何か言おうとするより先に。

「誰だ」

 そう、するどく切り込んだのは、秋尾が大事に肩を抱いていたキングと呼ばれた美少年レイヤーだった。

 声も女性のものだが、それが余計少年ぽさを醸し出している。

 秋尾がすかさず、キングに何事か耳打ちする。(その仕草だけで、周りから悲鳴があがった)

「──ああ、あの馬鹿の」

 何を聞いたのかわからないけれど、それで話は通じたらしい。

 にこやかに秋尾が言ってくる。

「こんなところで会うの、偶然だね、ってのも変か。会うときは会うよね。あいつには会った?」

 あいつ、というのが誰を指すのか、朱葉にはよくわかったので、とりあえず首を振る。

「そっか。まあ、今日がメインだっていってたからな……。あ、紹介するね。彼女はキング」

 紹介をされたキングが、にこりともせずに一言。


「椅子が世話になっている」


 と言った。

(椅子!?)

 と朱葉が耳を疑う。


「はい。俺が彼女の椅子です」


 と秋尾がにこやかに続けた。以前確か、秋尾は自分のことを嗜好はノーマルだと言っていた気がするが、ノーマルが行方不明だ、と朱葉は思った。

「は、はじめまして……。わたしは早乙女朱葉……で、この子が、友達の……」

 とりあえず倣って夏美を紹介しようとすれば、


「あ、あの、あたし、めっちゃ、ファンで……握手してください!!!!! 一枚いいですか!!!!!!!」


 すでに動揺で目を回している夏美がいきなり攻めていた。秋尾とキングはこれといった打ち合わせもなく、目配せひとつしたきり。キングは夏美と、秋尾が朱葉と分かれた。

 単独で贅沢な撮影をしている間、早口で秋尾が尋ねる。


「大丈夫? 帰りがひとりなんだったら、あいつと一緒に車で送っていくけど」

「あ、いや、大丈夫です。アフターもしていきますんで……」

「そっか。じゃあ、あのー……大丈夫?」


 もう一度、秋尾が聞いてきた。

「あいつ、今日来る時もめちゃくちゃ上機嫌だったからさ。キングも気持ち悪がってたから」

 そういう意味での、大丈夫? だった。

 あー、と朱葉はうめくように言って。

「……それは……まあ……色々ありましたけど……」

 薄いため息を、ひとつ。


「クリスマスのイラリク気合いいれて描いたからじゃないっすかね……」

「ああ……」


 それ以上の会話はなかった。諦めたように秋尾は笑って。


「そのうちまた会おうよ。よかったらキングも一緒に」


 そう言われたので、朱葉がはい、と頷いた。

 本当は、マリカのこととか、少し、聞きたかった気もするけれど。

 そのうち、また、が、もしもあれば。

 その時の方がいいのだろう。

 夏美が鼻息荒くキングを撮っているのを見て、朱葉は自然と呟いていた。


「……彼女さん、綺麗、ですね」

「そうでしょ。俺の神様」


 さらりと秋尾が言った。その、気負いもてらいもない言葉に、朱葉が思わず振り返れば。

 秋尾はどこか優しい目をして、言った。


「君も、そう、だよ」


 誰にとって、とかは、言わなかったけれど。


「──知っています」


 とそれだけ小さく、朱葉が呟いた。



 結局アフターでは夏美にキングと秋尾のことについて、質問攻めにされたのだが、知っていることは少ないため、自白出来ることはほぼなかった。

 くたくたになって家につき、戦利品をあけようと鞄を開いて、一番上に置いてあった紙袋に目がとまる。

 失念していた。なんだろうな、と思いながら開いて見たら。

 一番上に置いてあったのは、確かに、コーヒーショップのギフト券がついたポストカードで。

 少し時期が遅いが、クリスマスのもの。

 名前はなく、ただ、どこか見覚えのある字で。


『クリスマスイラスト、ありがとうございました。差し入れです。これからも頑張って下さい』


 そしてそれから、袋の底には、赤いリボンと包装紙に包まれた──。


(ケース……?)


 少し重さのある、四角いケースを開いてみれば。

「わー……」

 出てきたのは、一本のペン、だった。

 ボールペンだろうか。ゴールドがかったローズピンクの軸に描かれた文様は、女性らしい蝶々だ。

 値段はわからない。けれど、食べ物などの消え物じゃないあたり。


「差し入れにしては……重いな?」


 思わずそう、呟いてしまったけれど。

 さらさらと試し書きを、スケッチブックに走らせて。

 さぁ、何を描こうか? と朱葉は思う。朱葉の絵を待つ、桐生のことを思い浮かべながら。

 今日も明日も、大晦日も新年も。

 この手が、自分の愛を描くのだ。

これにて第一部を終わります。

章タイトルはこれから考える!!!

皆様応援本当にありがとうございました。

なんの感慨もなく、次の話を書きます。

それでは皆様、よいお年を!!(かたくなに日付を見ないようにして)

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