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腐男子先生!!!!!  作者: 瀧ことは
ある日島の中先生に出会った
25/138

25「──行こう」

 場所はアニメショップ。

 混み合うエレベーターの中。

 向かい合う形で、よりにもよって桐生(女連れ)と朱葉(男連れ)は鉢合わせることとなった。

 後ろめたいことは別にない。本人達は、『そういう』相手を連れているという自覚はまったくなかったから。

 そう、あくまで、桐生と朱葉の、本人達だけの話で。


(いや、なんで?)


 まず心の中で突っ込んだのは桐生の方だった。

 相手はリア充だったのでは? いかに朱葉が主導権を握っていようと、リア充とアニメショップには来ないだろうと、思っていたのに。


「何階?」


 そう聞いたのは、朱葉の連れてきた少年の方だった。太一、という名前だけ、かろうじて桐生は覚えていた。顔も見覚えがあるような、ないような。とりあえず彼は、桐生には気づいていないようだった。桐生が、彼の学校の、教師だということには。


「え、あ、一番上……大丈夫おしてあるから……」


 戸惑ったような顔のまま、朱葉が言う。エレベーターが止まるごとに、何人かの人の出入りがあって。


「カズくん?」


 硬直しているのを感じたのだろう。隣にいたマリカが伺うように声をかけた。し、と軽く唇に指をあてて、黙るように指示した。

「……」

 マリカは形のよい眉だけちょっとあげて、そのまま黙った。そういうところは、とても聡明で、察しがいい女性だった。

 仲睦まじい、ともとれる様子だった。

 パーソナルスペースが極限まで薄くなったエレベーターの中で、慣れた客達は皆沈黙を守っていたけれど、


「そういや」


 慣れない太一だけが、周りも気にせずに口を開いた。

 密閉された空間で、彼の声だけがいやに大きく響いた。


「このあと家くる?」


 え、と朱葉が顔を上げる。同じように、桐生も思わずそちらに、視線を寄せる。

 同時にエレベーターが目的階について、人が押し出された。桐生達とははぐれてから、「姉貴が寄れたら寄ってって言ってたんだけど」と続きを言った。

「あ、ああ……」

 まだぼんやりしている様子で、少しうろんな調子で、言った。


「わかった……。じゃあ、先にCDもらってきてあげるよ。太一はその辺眺めてて。予約カウンターも列があるだろうし」


 このアニメショップの最大の難関は長いレジ列だった。せめて列についていない方が、気もまぎれるだろうと思ったし。

 何より、ちょっとひとりになりたかった。

 ショップカードを預かりながら、列の最後尾について、さっきのエレベーターの中、聞こえた声、を、思い出す。


(カズくん)


 なんだよ。

 彼女いたんじゃねーか。

 と、心の中で朱葉は思った。

 それとも、ここまできて友達だとか言うんだろうか。アホか。別に、本当のことなんて言わなくてもいいけどさ。


(……嘘、つかれたくはなかったな……)


 やばい、ちょっと、目の奥が、熱くて。

 顔を見せないように、うつむいた、その時だった。


「あのー」


 背後から、声がかかった。ぎょっとして、振り向いた。

(マジか)

 予約カウンターの列の最後尾、朱葉の後ろに。

 ひとりで桐生が立っていた。朱葉と同じように、ポイントカードを持って。連れの美人は待たせているのだろう。

 なんで、ってまあ、目的が同じだけだった。この階まで乗ってきたんだから、想像がついてもよかったものだった。

 狭い店内で、すぐ後ろに立って、桐生はぼそぼそと言った。


「家、ダメ」


 朱葉は、その、野暮ったい姿と、ぼさぼさの髪と、不必要にでかいショルダーバッグを見ていた。

「家は、ダメだろ」

 それから、ああ、なんか聞き覚えのある言葉だなって思った。レイトはダメとか。さんざん言われたっけ。高校生だから?

 一般人なんかと、映画に行くな。

 それでもって、高校生だから、教え子だから、家はダメ?


(…………おっかしーでしょ……)


 心の中で、吐き捨てるようにそう思った。ダメじゃなくて、行かないでって言えないのか。先生だから? 生徒だから? 都合のいい時だけ持ち出すのって、ただの卑怯なんじゃない?

 先生は、卑怯な大人でいいって言うかもしれないけど。

 子供なわたしは許さない、と朱葉は思った。

 桐生に背を向けるように、朱葉は前に向き直る。背後で桐生がうろたえているのが、気配でわかった。

 前を向いて、うつむいて、朱葉は押し殺した声で言った。



「ここから連れ去ってくれたら、言うこと聞いてもいいですよ」


 あの、女の人を置いて。



 多分、腹が立っていたんだと思う。何にかはわからない。とにかく、桐生に。一矢報いてやりたかった。だからそんなことを言った。困ることは承知の上で。出来ないことはわかっているのに。

「──次の方どうぞ」

 答えのないまま、朱葉の順番になり、朱葉がショップカードを出せば、前金で支払い済みのCDが5枚、奥の棚から出された。

(5枚か……)

 結構やばいな、と冷静な頭で朱葉は思う。

 袋にいれて、渡される。ありがとうございました、と言って、振り返ると。

 無表情で黙りこくった、桐生がいた。


(……意気地なし)


 心の中で、罵倒する。言わないけど。

 朱葉といれかわりで桐生はカウンターに行く。

 あーあ、と朱葉は、なんだかひどくやけっぱちな気持ちで、その背中を見ていた。それから。


「はい、20枚で間違いなかったですか?」


 そう言って出されたCDの束を二度見した。

(マジでやべー!!)

 憤りも忘れて思ってしまった。


「あ、紙袋で、この荷物も一緒にいれてもらっていいですか」


 紙袋て。CDで紙袋って。

 朱葉が毒気を抜かれ、ため息をついて、周りを探す。太一はぼんやりと、店内の液晶を眺めていた。


「太一……」


 大きな背中に声をかけ、手をあげた。

 その時。

 手首が突然、つかまれた。


(え?)


 びっくりした。男の人の、強い手だったから。



「──行こう」



 そして、桐生が走り出す。


 朱葉の手首を、つかんだままに。

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