24「かわってないね」
『ねぇ、つきあってよ。彼女いないんでしょ』
そう言われた時、桐生和人は思ったのだ。
(まぁ、断る理由はないかな)
だから、いいですよ、と答えた。
もう五年以上前の話だ。
好きだったのか? と聞かれたら、嫌いではなかった、と答えると思う。才ある人だったから、彼女のつくるものはとても好きであったし、本人だって。神様、の分類の箱に入っていた。最初は。
ただ、美人だと思ったことはあんまりなくて、もちろん不美人と美人でわけたら圧倒的美人に入るんだろうけど、いつも会う度に、「強そうだな」と思っていた。
それは美人だったということなのだろう。彼女は出会った頃から、それこそつきあう前から、桐生の容姿を整えさせることに熱心だった。
『イケメンコスプレだと思って! 絶対就活にも使えるから!!』
桐生は結局教職の道に行ったので、就職活動はしなかったけれど、彼女にたたき込まれたノウハウはそれからも生きた、と思う。
強そうな彼女は、桐生にも強くいることを強要したのだ。
その時は、なんというかまぁ、バトル漫画の友情モノぐらいにしか思っていなかった。友情も恋愛もかなり近しいところにあった。なぜなら桐生は腐っていたので。
けれど結局、彼女との恋愛関係は長くは続かなかった。
振ったのは、桐生だ。
でも、多分、それなりに、──桐生にとっても、傷が残る別れだったのだ。
>久しぶりに、会えない?
> MARICA
別れて数年が経っている。
そんなメールを着信して、まず面食らった。短すぎだし、やっぱりなんというか、強みというか、凄みがあった。
その一行メールで返してもらえるだろうという、自信だ。
少しだけ考えたけれど。
久しぶり、いきなりで驚いた。どうかした? というような返信を送った。
メールに返事がなかったら、今度は電話をしてくると思ったのだ。彼女の性格から言って。その方がちょっと、気負ってしまう。
借りていたゲーム機を返したい、というのが彼女のメールの内容だった。
なるほどと、思ったことも事実だった。確かに桐生は、安くはないゲーム機を彼女に貸していたし(一緒に狩りをするためだった)、上位互換機を買っていたので、特別返してもらう必要性もなく、そのままになったままだった。
返してもらえないのならば全然それでも構わないけれど。
あげる、と言ってしまうにはもう筋合いがないし。
送ってくれ、というにも、わざわざ、という感じがあった。
なので、日曜日なら空いている、と返した。
その選択は間違いだったとは思っていない。
日曜、簡単な準備をしながら、スマホを覗いていたら、朱葉のアカウントに投稿があった。朱葉の投稿は見逃さないように投稿があると通知がくるように設定してある。別に、決して、ストーカーではない。
>これから見る
添付されていたのは映画のポスターだ。
映画、いったんだな、とか。
そうか、昼にしたのか、とか。
色々よぎったけど、思わず。
「そのチョイスは冒険しすぎだろ!!!!」
思わず叫んでいた。かなり微妙な評判の映画だったからだ。
特に実写映画には気をつけろって話をしなければいけないな、と思っているうちに家を出る時間になった。
色々、思うことはあったけれど。なんとか考えないようにして。
繁華街で待ち合わせ、いつものオフの服装で行ったなら、彼女──マリカは相変わらず頭のてっぺんからつま先まで「強い」感じで、桐生を見るなり開口一番言った。
「え、何それダサいよカズくん」
相変わらず、強い。軽い感動すら覚えた。マリカなら桐生に会ってそう言うと思ったのだ。それでもこの姿で来たのは、別に、彼女のために「オン」にする必要はなかろうと思ったからだった。
「……生徒、いると困るんで」
ぼそぼそとそう言ったら、「あ、そっか。カズくん先生になったんだもんね」と一瞬でブーイングを取り下げた。そういうところは、昔から潔い女性だった。
「ほんっと久しぶりだよね! カナから連絡があって、久しぶりにカズくんの話題になってさ~。帰省でこっちくる用事あったから、返すものもあるし元気かなって思って! あ、カナのこと覚えてる? サークル後輩の!」
「ちょっと、覚えてないかも……」
「そっかぁ。人数多かったもんね、うちのサークル。今も元気にやってるらしいよ~。コミケにもブース出してるって。あの頃よかったよねー、漫研は落選率低かったし、搬入も車でさ~」
ぽんぽんと話が飛び出してくる。ほっとしたのは事実だった。彼女はまだオタクではあるらしい。
たとえば元カノでも、オタクじゃない人間とはなんの話をしていいかわからない。
「これ! ゲーム機! ほんっと返すの遅くなっちゃってごめん! 今夜は奢らせてよ」
「え、いや、いいよ」
奢るのとか、本当に。
遠慮にとられても困るな、と思ったので桐生は続けた。
「基本的に、貸すときは返してもらえなくてもいいっていう前提で貸してるから。布教っていうの? そこのうちの子になったのならそういうご縁だろうし、それでも欲しければ買い直す。すでにもってたのに買い直したいって思うところがすでに熱い情熱だし、そうなったらお金は払いたいよな。本ならばもう一冊、ゲームなら出来れば上位機に。だからほんとによかったんだけど」
思ったことをそのまま話すと、マリカはぽかんとしていたが、ぷっと吹き出すと「かーわってないねー! カズくん!!」と言ってきらきらした爪でばんばんと桐生の背中を叩いた。
「どうも……」
「んじゃ、割り勘で飲も! 今夜はさ!」
いつの間にか飲みにいく話になっている。断り損ねた。別にいいのだけれど、そろそろ今シーズンのアニメの最終回が立て続けるから、それまでに帰りたいな、と桐生は思った。
「じゃあ夕飯までどうしよっか~」
どこか行きたいところある? と聞いた。
「じゃあ……」
引き取りたいCDがあるんで、アニメショップ、行きませんか。
そう告げたら、マリカは一瞬顔から笑顔を消して。薄く軽いため息をひとつ。
「かわってないね」
と諦めたように言った。
通い慣れたアニメショップの、いつも人であふれて待たされるエレベーターの前で、しばらく無言で扉が開くのを待った。開いた扉に乗り込むと、マリカが桐生の袖をつかんだ、のを、そんなに特別なことだとは思わなかった。混んでいたし。
「あ、エレベーター!」
扉が閉まる前に、駆け込んできた影、に、一瞬目線がとられた。どうしてなのかは自分でも、桐生はわからなかった。
駆け込んで来た少女は、後ろに桐生と同じように背の高い少年を連れていた。
(マジか)
奇しくも、同じように心の中で思っていた。間違えようもない、早乙女朱葉その人だった。
話が進まなかったな笑
すみません次の話でちゃんと修羅場エレベーターやります!




