23「よければ、つきあって」
映画館の廊下に立ち、ポスターを写真に撮る。
SNSにアップする。
これから見る、のひとことだけつけて。
「悪い、待たせた」
「ええんやで」
日曜の昼下がり、朱葉は映画館でトイレから戻った幼なじみの太一にそう言った。ポケットに財布をつっこんだだけのラフな格好は、絵に描いたようなリア充で朱葉は感心してしまう。常に何かあったときのためにスケッチブックを鞄につっこんでいるオタクとはこうも違うのか。
結局、朱葉は太一と安全牌な映画をみにくることにした。
安全牌というのは、有名漫画が原作で、有名俳優が出ており、ドラマもやって、なかなかに売れた作品ということだ。
太一も、漫画はちゃんと読んでないが設定と話は知っていると言っていたし、ドラマは何度か見たことがあるらしい。そのくらいで十分だろう。
また、大事な要素として、この、クリスマスも間近に控えたこの週末に、予約もなく入れる映画、ということがある。
上映館も多いし、朝やレイトだけではなく昼間もやっている。
そして……
開始十分程度で朱葉は確信した。
(クソ映画だーーーーーーーーーー!!!!!!!!!!!!)
※この小説はフィクションです。実在の作品とは関係がありませんしあなたがこれまでに見た歴史的なクソ作品を思い浮かべながら読んで下さい。繰り返しますが、実在の作品とは関係がありませんし特定もやめましょう。許して下さい。
前評判の段階から想像がついていた。あの名作漫画のあの名作設定をこうも豪快に殺すとは。もはやスクリーンはスプラッタの様相を呈していた。
死んでいく伏線。
惨殺されるキャラクター性。
局地的に手の込んだCG。
無駄遣いされる俳優。意味のありそうでない台詞。
(※繰り返しますがこの小説はフィクションです)
そしてこの手の映画にありがちなことだが。
(ネタとして、一周回って面白くなってきた……)
絶対に自分の金では見たくないけれど、せっかくなのでこきおろすために一度見ておきたい。そんな作品だった。
笑いをこらえながら、心の底から思う。
(本命で好きな作品じゃなくてよかった!!)
もしもそうだったら滝からとびおりなくてはならない。
本命ジャンルの方々の心中お察しいたします。
ヤバイしかでてこない……とほぞを噛みながら、思わず朱葉は隣の太一の顔を伺った。
「…………」
どこかぼんやりした様子で、太一は画面を見ていた。
「…………」
なんだかちょっとしぼんだ心で、朱葉はスクリーンに向き直る。なんだかんだと心の中ではこけ下ろしたけれど。
(あ、大丈夫ちゃんとBLはあるわ)
感じるわ。わたしのアンテナは死んでないわ。いけるわ。いってどうするって話だけど。あとどっちかっていうと百合の方が萌える。
そんなことを思いながら、物語は進み、一応の決着を見る。
(主題歌だけは最高だな……)
と思いながら、エンドロールのスタッフロールに目をこらしていると。
「わり」
外にいるわ、と太一が立ち上がって出て行った。まだ劇場内は暗くて、顔は見えない。
「あ、うん」
と答えたけれど、聞こえたか、どうか。
(ほんとに、リア充ってエンドロール見ないでいいんだな……)
桐生の言葉を思い出し、むしろ小さな感激さえ覚えるのだった。別にそんなに、怒りはわかなかったけれど。
(まあ、多分、先生と見た方が楽しかっただろうな……)
主に、感想戦が。
劇場の電気がついてから、朱葉は立ち上がる。別に、時間の無駄だったとは思わなかった。最後までみれば、まあ、やれるところまでやったんじゃない? とさえ思えたほどだ。
劇場の外に出て、背の高い、太一の影を見つける。
外の手すりに、両手をついて、背中を丸める形で、うなだれて。
(…………?)
ちょっと、気になった。声をかけずに、近づくと、
「あー……、くそ」
そんな悪態が、背中から聞こえた。
(もしかして、太一の本命ジャンルだったの……!?)
とは思ったけれど、ただのネタで。思ってみただけだ。
そうじゃなくて。
「太一」
隣に立って、声をかける。
「大丈夫?」
「なにが」
振り返らずに、苛立ちを隠すみたいな声で、太一が言った。
「うーん……」
ちょっと考えて、おそるおそる、言う。
「腰、かなって」
「……」
「……」
しばらくの沈黙。
「わり……」
力が抜けたように、そのまま太一がしゃがみこんだ。
「いや、悪くないよ。悪くないって。元気だせよ。大丈夫? 病院は行ったの?」
「行った」
全治三ヶ月、くらい。多分。上手くいけば。
かすかな声だった。
あー、と朱葉は思って、一瞬言葉が出なくて、上を見上げた。なんだかおかしいと思っていたのだ。登校時の電車の中で、ショルダーバッグを持っていなかったことや、リュックサックを足下に置いていたこと。そして、長時間の映画の最後で出ていってしまったこと。
そして、友達は、忙しい、の言葉。
太一の土日は、ほとんど部活で埋まっていたはずだ。バスケットの友達ばかりだったのだろう。そうじゃなくても、バスケットの話が自然に出てくるような、友達ばかり。
リア充の、リアルってのも、大変だなって、心の底から朱葉は思った。
「なんか……あれだ、上手くいえないけど……」
「いや、別に、慰めて欲しいわけでもないし。早乙女ならスルーするかと思って選んだし」
「ひどい言いようだな、おい」
「映画、面白かったよな」
「面白かったけど多分太一とは別の意味だわ」
でも、ありがとうね。
どんだけ大変とか、あんたの気持ちとか、わかんないけども。
……元気だせよ。
そう言って、普通に別れてしまうつもりだったのだけれど。
「あ、ちょっと待って」
引き留められて驚いた。
「よければ、つきあって」
「どこに?」
「ここ」
太一が財布から取り出したのは、ものすごく見覚えのあるポイントカードだった。
オタク御用達の、有名アニメショップ。
「ねーちゃんから、予約してあるCD引き取ってこいって命令されたんだけど、この店わかんねー……」
「OK」
それはわたしの仕事だわ、と朱葉は即答で承知した。
リア充とアニメショップというのもよく考えるといたたまれないな、と思うけれど、太一の姉が歴戦のオタクということもあり、太一はアニメショップの特殊な空間にもそれほど引かずにいてくれた(もしかしたら内心はどん引きだったかもしれないが)
「あ、エレベーター!」
いこう、と手をひく。CDショップは最上階にあり、ひたすら時間はかかるが、太一の身体にもいいだろう
ぎりぎり乗り込む、背中でドアが閉まるのを感じながら、はぁ、と顔をあげた。その時だった。
(えっ)
目が、あった。目の前にいたひと。
(マジか)
相手も、驚いた顔をしていた。眼鏡の奥で。こおりついていた、と言ってもいい。休日のアニメショップ。そんなわけあるかと思うし、まあそんなこともある、とも思う。
桐生和人。
そして、その隣には。
(えー…………)
桐生の上着の袖をつかんだ、綺麗な女性がいた。
クリスマスまでずるずる続くよ!




