21「クリスマス、暇?」
通学の電車の中は、イベントストーリー消化と決めている。
早乙女朱葉の、日課のことである。通学路線は朝はラッシュとはいかないが、運がよくなければ座ることは出来ない。たいした時間でもないので、立ったままでタイミング等の配慮がいらない、スマートフォンのソーシャルゲームのイベントストーリーを読むことにしている。最近のモバイルゲームは、文章量も多いためこまめに消化していかないとたまる一方なのだ。
もちろん思わぬ萌えを見つけてしまった時のためにマスクも忘れない。公共の場での嗜みだ。
電車にのり、邪魔にならないよう立っていられる場所を探す。
と、隅の方に立っている、周りより頭ひとつ大きい影を見つけて眉をあげた。
(珍しい)
相手も朱葉に気づいて、目が合った。
「よ」
と朱葉が手をあげる。つけていたヘッドホンを下げた。そこまでされたなら、拒絶はされないだろうと踏んで、隣に立った。
背が高い相手だった。久しぶりに会うので、近くに立つとよりその大きさを実感した。
「太一、今日は朝練ないんだ」
「おー……」
低い声で、曖昧な返事。足下に無造作に置いてあるバッグが、リュックサックなのが珍しいなと思った。いつもは、四角いバスケットボール部のショルダーなのに。
同じ学校の制服に、短い髪。ちょっと目つきは悪い。
梨本太一。近所に住んでいる同級生、なのだから、幼なじみと言ってもいいだろう。ただし、朱葉はもっぱら彼の姉である縁と遊んだ覚えの方が強い。
「こないだねー、おねーさんと会ったよ」
「聞いた」
ぶっきらぼうな返事。ま、そうよね、と朱葉は思う。
相手は小学校の頃からバスケットボール一辺倒な性根からのリア充。これ以上の会話の発展性もない……。
なので朱葉も遠慮なく、その隣でイベントストーリーの消化にいそしんだ。外は寒く、電車の中は暖房がきいていて、窓際に立っているのが一番ちょうどいい温度だ。
しばらく一心にイベントストーリーを読んでいると、前置きもなく、唐突に、太一から声をかけられた。
「あのさ」
「うんー?」
朱葉は顔をあげず、生返事をした。つむじのまだ上の方から、声が降ってくる。
「クリスマス、暇?」
ん? と思って、見上げる。
「クリスマス?」
聞き返す。クリスマスというのは、あの、今月の月末だ。今年は確か、週末に完全にかぶっていたはずだった。
自分の予定を思い出す。
冬コミの原稿→今年は寄稿だけなので提出済み。
ネット巡回→せっかくの週末なんだから出来ればイラストの一枚でもあげようと思っている。
ソーシャルゲーム→絶対クリスマスイベくる。なんならすでに来ている。
推しキャラの誕生日→今年は今期の一推しセクシーイケメンがイエスキリストとおなたん(同じ誕生日)!!!!!!!!!!!!!!! 祭り!!!!!!!!
結論。
「用事はないけど暇でもない」
むっちゃ素直に正直に答えた。朱葉の脳裏を別に読んだわけでもないだろうけれど、小さく舌打ちをした気配がした。
「何よ」
「いいや、別に、クリスマスじゃなくても……今週末、暇?」
クリスマス前の土日だ。一応、あいてはいた。
「あいてるけど」
「映画、ポイントカードがたまってて」
「うん」
「年内で二人無料なんだけど、暇ならついて来るかなと思って」
「わたしが? あんたと?」
なんで? と聞いた。
むっちゃ素直に。心の底から。不思議だった。
別に、仲が悪いわけでもないけど、暇だし遊ぼうぜーウェーイ、という仲でもないはずだった。そもそも、あんたはリア充でしょうに、どうしたリア充、という言葉が喉まででかかった。
「友達は?」
「忙しいって」
おかしいの、と朱葉は思う。充実してない。もしかして、いじめにあってる? いやいや、このガタイをいじめられる人は中々いないだろう。
「おねーさんは?」
「原稿落ちたらぶっ殺すぞって言われた」
そうだった。冬コミ。
確かにクリスマスが追い込みだ。っていうかクリスマスに追い込んでるやつはマジでヤバイ。本当にすみませんでした。
「ひとにあげられるもんでもねーし、もったいないから。よければ考えといて。早乙女の見たい映画でいいから」
じゃ、と言って、さっさと電車から降りていってしまう。ちょっと、そこまで言ったら学校まで一緒に行けば良いじゃん! と思うのに、歩幅が違うからだろうか、改札を出る頃には高い背中は遠くになっていた。
「どうしよう……」
途方にくれたように、朱葉が呟いた。
リア充と映画って、何を見ればいいんだ?
朱葉のポケットには大きすぎるその疑問は、そのまま放課後まで持ち越すことになり、いつもの生物準備室で、映画の公開情報を見ながら朱葉が言う。
「ねー先生、リア充と見る映画って何がいいと思う?」
「ギターから火がでるやつ」
「いや、爆発させる映画を聞いてるわけじゃないから」
嫌いじゃなさそうだけど、今はやってないし。
「ゲームの映画化……はだめでしょ……。リア充もやってるゲームっつったって無理っしょ……ライダーも……いや……むり……」
「ちなみに早乙女くん、国民的怪獣映画は?」
「見ました。BLがあった」
「国民的君の名探し映画は?」
「見ました。百合があった」
どちらも楽しくいただきましたけど?
「じゃあ世界的魔法少年番外編は?」
結構、リア充でもいけると思うけど。あと声優がいい、と桐生は言うが。
地の底から出るような声で、朱葉は言った。
「………………本編ラストで、推しキャラ殺された怨念とまだ和解できてない……」
「あー」
あるある、と桐生が頷く。
死ネタが地雷ではない朱葉といえど、許せる死と許せない死がある。
和解の道は遠い。
桐生が自分のタブレットにとある公式サイトを表示して掲げた。
「ちなみに俺的なイチオシ。戦争アニメとあなどるなかれ、めっちゃ泣けるいい映画」
「あー……」
それ、見たいと思っていたんですけど……と朱葉が言う。
「今なら極音上映で是非」
「うーん……泣き映画は……」
「泣かせ映画だと思ってなめてもらっちゃ困るよ早乙女くん。この映画を見てつたう涙は人間が人間を真摯に描いているという点で感動の涙なんだそもそも」
「待ってオタクちょっと黙ってて」
聞いてない。いや興味はありますけど。
「だからリア充と、って言ったじゃないですか。さすがにリア充も女子に泣かれたら気まずいですって」
「そうかー?」
と言いながら、顔を下げ、もう一度あげる。
「女子に泣かれるって?」
「いや、だから、彼女でもないのに泣かれたらめんどくさいでしょ、相手も」
先生は一緒に泣いてくれるからいいかもしれないけどさ、と言う。
桐生はなんだか、感情のないまっさらなトーンで言った。
「リア充……男子?」
「そうそうー。なんか成り行きで……」
映画の趣味もよくわかんないんですよね、幼なじみなんですけど、とスマホに目を落としながら、朱葉は考える。
大学サークルの後輩のことを、果たして先生は覚えているだろうか、と。
後輩のことも。それと、……だめな感じに振った、彼女のこと、とかも。
それを考えていたので、返事は生返事だったし、桐生がどんな顔をしているかも、その時は見なかった。
「成り行きで、この時期に?」
「やー最初は、クリスマスって言われたんですけど」
そりゃねーわ、ってことで。
「はぁ……」
そりゃ、ねーわ。
と桐生は、横を向いてサイレントで口だけで、言った。朱葉にはもちろん、聞こえることはなかった。
多分、続きます。




