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腐男子先生!!!!!  作者: 瀧ことは
ある日島の中先生に出会った
15/138

15「恋人いないなら、好きな人はいるんですか、先生」

 ソーシャルゲームのイベントが終わる頃には、朱葉の失調もすっかり回復していた。週末満足に眠ればすぐに治ったと言ったら、「若いっていいよな」とすっかりしみじみした調子で桐生は言った。

 そんなわけで、今日も元気に放課後に生物準備室に通っている朱葉だった。


「いやしかし、ほんとダークホース……けなげ……まさか過去がこんなにアツイなんて……このけなげキャラが過去を越えてとか……尊い……」


 ゲームをしながら、万感をこめて朱葉が言う。

 唐突に「キた」スマホゲームのキャラクターについてだった。


「わかる。俺が支えたい。守りたいこの笑顔。あと泣き顔も見てみたい。具体的にはカード画像をすべて埋めたい」


 タブレットでゲームをしながら、桐生も同意する。


「早乙女くん今度のイベントで突発本あったら買ってきてくんない? 俺の予感だと絶対きてると思うんだよね。ペーパーでもいい」

「生徒を使いパシリにする先生がいます?」

「どうせ探すだろ」

「探しますけど。どんな本がいいんですか」

「でてるの全部」

「ローラーかよ」

「先に早乙女くんが全部読んでいいよ」

「くっそこのくっそありがとうございます」

「はいこれお金。お釣りはちゃんと返すこと」

「千円札輪ゴムでまとめないでくださいます?」


 別にお金、買ったあとでもいいのに、と朱葉が言えば、「いくらか覚えてられないだろ」といわれて「それな」と同意した。

 なにを買ったかはわかるのに、いくらつかったかはわからない。即売会のミステリーだ。


「あ、でも、年齢制限かかってる本は買えませんからね。今度のイベントチェック厳しいんで」

「サークルメモってきて下さい」

「必死だな」


 いいけど、と朱葉は思う。いいけど。別にいいけど、なんで教師がエロ本を買う手伝いをしなければならないのだろう……。

 思いながら、18の誕生日がきたら読ませてもらおう、とも思う朱葉だった。

 鞄から財布をとりだし輪ゴムでまとめた千円札をしまっていると、コンコン、とドアが叩かれる音がした。


(あ、やべ)


 朱葉はすでに手慣れた俊敏さで、鞄をつかむと桐生の椅子の脇、資料棚の裏に隠れる。手前に段ボールも積んであるので、入室者からは見えないはずだった。踏み台の上に腰をかけると、「失礼します」と女生徒の声。

「どうぞ」

 桐生もすぐさま声のトーンを一段落として、女生徒に答える。


「すみません、桐生先生。センター試験の問題のことで、聞きたいんですけど」


 そんな言葉が棚の裏から聞こえた。(3年生かぁ)となんだかしみじみした気持ちで、朱葉は音を立てずにポケットからイヤホンを探した。

 年が明けたら3年生はセンターに入試、それが済んだら、いよいよ朱葉達も受験生の仲間入りだ。

 考えると憂鬱になってしまう。もちろん将来の不安はあるし、多分、きっと、同人活動だって遅からず休まなくてはいけないだろう。

(なんか、やだな)

 せっかく、読んでくれる人も、待ってくれる人も出来て。

 イベントも、ネットも、楽しくなってきたのにな。

 だからといって、受験勉強を無視できるほど、進路に対して楽天的にはなれないし。


(イベントでなくなったら、みんな忘れちゃうんだろうな、わたしのことなんて)


 なんかもう、それは、しょうがない。わたし達は、流れていくものだ、と朱葉にはもうわかっていた。今、覚えていてもらえることだって。ただの幻想なのかもしれないし。

 感傷的な気持ちになりながら、イヤホンを耳に押し込もうとして。


「……ありがとうございます。あの、先生、聞いてもいいですか」


 棚の向こうで交わされていた会話、の、女生徒の声のトーンが変わった、気がした。

(ん?)

 なんだかすごく、切実な声に聞こえた。


「まだ、なにか?」


 答える桐生の声は涼しく簡潔だった。意を決したように、女生徒が告げる。


「先生、恋人がいないって、聞いたんですけど」


 思わず吹き出しそうになった。おいおい、と朱葉は思う。


「そういう話、誰がしてるんだ?」


 答える桐生の声は、心底呆れたようだ。

(残念! みんなしてます!)

 心の中で朱葉は思う。

 女生徒はその問いには答えずに続けた。


「恋人いないなら、好きな人はいるんですか、先生」

「それは勉学に必要な質問ですか?」


 朱葉は思わず耳を資料棚にあててしまう。ドキドキする。他人事なのに。


「……わたしの、人生に必要な質問です」


(おっとーーーー大きく出たぞ!)

 心の中で朱葉が野次を飛ばす。


「でも、答えてもらえなくても構いません」

 答えを待たず、攻める女生徒。

「大学に合格したら、デートして、もらえませんか」


(きたーーー!!!!!)

 どう返す桐生和人。

 朱葉は盛り上がったけれど、桐生の返事には動揺したそぶりがなかった。


「無理だよ」

「なんでですか! 今すぐつきあってっていうわけじゃないです。電話番号教えてとか、つきまとったりもしません。一回デートしてもらって、ダメだなって思ったら、振ってもらっても構いません。あたし、大学まで待ちます。先生に迷惑はかけません。約束します。あたしのこと、生徒じゃなくて、女子として見て欲しいんです」


(いや、そりゃ結局つまりつきあってってことでしょ)

 心の中でつっこみをいれる。やめといた方がいいよ、と思う。いやいや、ひとの趣味にどうこうは言わないけどさぁ。

 あなたの推してるイケメンが、オフまでイケメンとは限らなくない?

 でも、上手いもっていき方かもしれないなとも思うのだ。教師と生徒じゃつきあえないから、大学行ったらお友達から。それなら一応、ギリギリ、セーフ、なのか?

 まあ、少なくとも、それで学習意欲はめちゃくちゃ上がるのかもしれないし。

 朱葉にはわからないけれど、桐生がなんと返すのかは興味があった。

 ホモじゃないって言ってたけど。二次元で忙しいって言ってたけど。

 息をつめて耳をすませていたら、桐生が答えた。


「出来ない」

「理由を下さい!」

「理由を言ったらいいんだな」


 反論の隙を与えずに、桐生は告げる。

 迷いのない口調で、はっきりと。



「君も聞いたとおり、好きな人がいるからだ」



 思わずスマートフォンを取り落としそうになって、朱葉は、ぐっと手に力をこめた。

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