その7「今年もよろしくな」
「じゃあ、火の元には気をつけてね」
「うん、いってらっしゃい」
クリスマスを終えた年の暮れ、早乙女朱葉は玄関先で母親を見送った。今年の年末年始は、母親は父親が単身赴任をしている京都で過ごすらしい。朱葉も一緒にどうかと誘われたが、「わたしはいいかな」と断った。なぜならば今年は冬の祭りが四日間あるので……というのは言い訳に過ぎないけれど。
朱葉ももう二十歳となった。年があければついに成人式だし、大学生活も充実している。「年越しは友達に誘われている」と言ったら、母親も疑うことはしなかった。いや、心中はどうかわからない。彼氏かもしれないな、と思ったかもしれないけれど、少なくとも父親にはそんな風に伝えてはいないだろう。聞かれたとしても、友達だよというつもりだった。……そう。
「……よかったんですか? 私が行っても」
大晦日の夕方、迎えにきた桐生の車に乗り込みながら、朱葉は言った。「多分夜通しになるだろうからよく休んでからおいで」と言われてこの時間だった。
「みんな楽しみにしてる」
と桐生は告げた。恋人と二人で、ゆっくり年越し……というわけではなくて。
好きな食べ物を買い込んで、到着したのは少し年季の入った一軒家だった。
「ようこそ、朱葉ちゃん」
迎えてくれたのは秋尾だった。「おじゃまします」とコートをぬいで通されたリビングルームで身体を丸めてこたつにくわれているキングが「ようこそ」と同じように言った。
「今日はすみません、まぜてもらっちゃって……」
例年三人で行っている年越しに今年は朱葉が招待されていた。しかも年越し会場は秋尾の自宅だという。みんなで遊んだことは何度もあるけれど、こんな形で呼ばれるのははじめてのこと。少なからず緊張していると、
「ん」
キングが何か包みを渡してきた。
大きい。し、ずっしりしている。
秋尾も桐生もニコニコしているので、?を浮かべながら包みをあけてみれば。
「わぁ」
ふわりとでてきたのはおおぶりの半纏だった。ふかふかしてるし、香をたいたようないいにおいがする。古い着物をリメイクしたもののようで。
「えっこれ、もしかして手作りですか!?」
目を剥きながら朱葉が尋ねれば、キングが両手でVサインをした。見れば秋尾も桐生もいそいそと自分の半纏を着始めたので、とりあえずみんなで集合写真をとってから、大晦日の夜がはじまった。
年越しだといっても、蕎麦はなかった。なんだかクリスマスみたいなピザやオードブルがこたつに並んだ。とにかく「食べたいものを食べたいだけ」がテーマらしい。飲み物も、お茶と炭酸飲料を並べながら秋尾が言う。
「朱葉ちゃんそういや解禁したんだっけ?」
「エッ何をですか?」
「R18タグは高校卒業と一緒に」
炭酸をコップに注ぎながら桐生が口を挟む。
「誰がエロ本の話をしているんだ。お酒だよお酒。飲む?」
「あ、あー……でもあんまり強くはないんで……。あと先生、あんまり飲まない……」
「え、別に飲むんじゃね?」
「運転手優先なので」
「あーなるほど。てかいつまで先生?」
「なんかこのメンバーでいると特にそう呼んじゃう……」
「まああだ名みたいなもんだよな。しかしお酒って、それなりに発散はされるんだけど、オタ活してると飲んでる暇がないということはあるんだよな。寝る暇もないのに酒が飲めるか問題。それだけ充実してるってことだよ」
そこでにゅっとキングが「ほろよい」を出してきた。
「でも、飲んでるとこ見てみたい」
「飲む~!」
女子二人が乾杯をしはじめたので「「ええ~」」と男性陣が不平をもらす。秋尾が「うっそキング聞いてないよ~!!」と言いながら、慌てて水をつぐ。自分も飲もうと言い出さないあたり、キングは本当に酒が強くはないらしい。
そこからはじまったのはいつものような年越し遊びで、まず桐生が渾身のアイドルアニメ劇場版をかけ応援再生をはじめ(また「借りる?」とペンライト渡された。一体何本もっているのか?)絶叫とともに「今目があった」という台詞はさすがに全員から正気を疑われた。映像やぞ。その後「オタク人生ゲーム」なるものが出てきて推しカプが子供を産んだり破産したりしながら、いつの間にか日付が変わっていることに気づく。途中で「そういや朱葉ちゃん、クリスマスプレゼントは何もらったの?」「iPadプロですね」「公私混同では????」「もう全部私だから勝ち組、俺」とか、「あ、先生そういえば、近所のおねえさん情報なんですけど、マリカさん、太一と付き合いはじめたそうですよ」という爆弾を落としたりした。(桐生は持っていた緑茶をひっくり返して秋尾に怒られた)
それから流行りのトレーニングゲームをしていて、秋尾が「今のみた!?」と振り返ると、しいっと桐生が指を口元にあてていた。
見れば、こたつの一辺で、まるくなるようにキングと朱葉が眠っている。
「ありゃー……」
秋尾が毛布を探しに行きながらぼやく。
「だから飲んじゃだめだってキングはさ~~」
そう言いながらも、秋尾の顔がゆるむ。あまりに二人が微笑ましかったので。
「こたつ切るか。俺らも飲もうよ。あるんだろ酒」
「へーへー。充実してませんからね俺らは」
桐生がこたつの上を片付けているうちに、秋尾が日本酒を出してきた。それなりに高い酒だ。つまみは別にポテチでもベビースターでもいい。
飲みながら、桐生はすっかりソシャゲの新年情報を追うことに必死で顔も上げない。
秋尾はぼんやりと頬杖をついている。
除夜の鐘もすっかり終わって、辺りは静寂に包まれていた。ふと、唐突に秋尾が言う。
「この会、今年で最後かも」
「え、なんで?」
桐生が思わず手を止めて顔をあげた。秋尾は両手を後ろについて、ふっと笑う。それから、低く静かな声で言った。
「そろそろ、キングと二人で暮らすつもりだから」
だから、来年はここにはいないかも。
そう言った次の瞬間、ぶわっと桐生が眼鏡の奥に涙を浮かべた。「泣くな~~」と秋尾があまりのめんどくささに笑ってしまう。本当、お前、俺達のカップリングが好きだよな。
秋尾はずっと実家にいて、キングはずっと一人暮らしだった。半ば秋尾がキングの家にころがりこんでいるような形だったけれど、そこから違う「形」を模索するのだから、今回が終わりなのは、きっとそれはそうなのだろう。
そして、その「終わり」に、新しい仲間として朱葉を呼べたことを、よかったことだと思っているのは、秋尾だけでも、桐生だけでもなかったのだと、思う。
秋尾がティッシュの箱を投げながら言う。
「次にすんのは俺んちか、お前んちな。お前もいいかげん、気持ちきめろよ」
ぐずぐずと鼻をすすりながらそれでも、迷わずに桐生が言う。
「気持ちはずっと、決まってる……」
その言葉に、秋尾は楽しげに笑って。
「今年もよろしくな~」
あけましておめでと、と、一足はやく、小さく言った。
2020、どうぞよろしくお願いします!!!!!!!!!!!!!(色々動きがあるとイイネ!)