120 先生、ありがとう
卒業式はあいにくの雨だった。
ここしばらくのあたたかさから、逆戻りをしたように天気は崩れ、風の強さからだろうか、少し肌寒い体育館での式となった。
送辞を聞き、答辞を聞いた。
「早乙女朱葉」
先生の声で、名前を呼ばれ、返事をして卒業証書を授与される。
あおげばとうとし、わがしのおん。
時折にじむ涙をぬぐいながら、もしかしたら。
もしかしたら、このせいなのかもなと朱葉は思う。
コンタクトだと、涙で落ちて、しまうかもしれないから。
桐生は、涙なんて、ひとつもこぼしはしなかったけれど。
在校生に見送られて、外に出る。
「こんな日に、雨なんて!」
こぼしながらも、傘をさす卒業生は皆笑顔だった。クラスメイトである都築はあっという間に後輩女子に囲まれて、写真をとりあっている。式が終われば今日だけは、スマホもおとがめなしだ。
「あげはー! 写真とろ!」
夏美や友人達と写真をとっていたら、見送りの保護者の集団から、声がかかった。
「あげはちゃん!」
先に振り返った夏美が、「ぎゃ!」と声をあげ、朱葉の腕をひく。「なぁに……?」と振り返ってみれば。
「卒業、おめでとう」
きちんと礼服に身を固めた、秋尾とキングがいた。キングが差し出すのは、美しい、スイートピーの花束だ。
「あ、ありがとうございます! どうして……」
平日なのに、とうろたえる朱葉に。
「せっかくの門出だ」
「カメラマンが、必要かと思って?」
と秋尾がごつい一眼レフを構える。夏美が歓声をあげて、まずキングとの写真を所望した。朱葉もみんなとの写真をとってもらいながら。
「あいつも、いるでしょ」
そう秋尾が言って指差した先には、女子生徒に囲まれる桐生。「連れてきます!!」と夏美が手をあげ、人混みの中から桐生を引っ張り出してきた。
桐生も秋尾が来るとは思っていなかったようで、顔を見て少し驚いた顔をする。
「初卒業式、おめでとう」
「あいにくの、雨だけどな」
「雨もまた、悪くはないだろ」
そんな風に言って、「じゃあそこの壁の前に立とうか~。あ、朱葉ちゃんは傘貸して。桐生の傘に入ってね」といつものようにテキパキと構図指定をしてくれる。
「アゲハ、前髪」
キングの細かいチェックも入りながら。
「ちょっと待って、今光量確認するから──」
一本の傘の下、身を寄せ合って、朱葉は桐生を見上げた。
「卒業ですね」
「そうですね」
朱葉の言葉に、桐生がそう返す。
傘を持つ桐生の手に、自分の手を重ねて。
「卒業しても、先生ですか?」
そう、聞いた。
都築に対して、卒業しても先生だと言っていた。朱葉は、卒業したら、もう、先生と生徒ではないんじゃないかと思っていたけれど、先生は、もしかしたらそうではないのかもしれないと朱葉は思った。
聞き返すように、桐生が振り返るが。
「じゃあ。撮るよ! 一発で仕上げる! カウント3、2、1──」
ぎこちない顔で、写真を一枚。確認をしている間に。
「──さて。どうかは、わからないけど……」
桐生が、朱葉に囁いた。
「俺は、神様を好きになったんだから」
大きな黒い、傘を斜めに、周りから遮断するように、二人を隠し。
ほんの、一瞬。卒業式の、ざわめきを隔てて。
教師である、桐生から。
生徒である、朱葉に。
ほんの一瞬だけ、唇が触れた。
「先生を好きになるくらい、簡単なのでは?」
そして至近距離からそう、囁き笑って、姿勢を戻して傘も、持ち上げる。
驚き固まる、朱葉がみるみる赤くなり。
「──そういうとこだぞ!!!!!」
それだけ叫んで、離れた。秋尾やキングが驚いた顔をしているが、桐生はひとり、何食わぬ顔。
(そういう!!! ところ!!!!!!)
そのまま逃げるように大股で歩いていた朱葉だったけれど。
「せんぱい……」
その先に、涙を浮かべた咲がいた。後ろには、ひっそりと九堂が、心配そうに眺めている。
「咲ちゃん!」
「先輩いぃいい……卒業なんてしないでくださいいいい……」
「あはは、それはムリかな!」
「ムリなのむりぃ……」
「大丈夫大丈夫! イベントいけば絶対会えるし!! また、活動だって再開するよ!」
ガッツポーズをつくって朱葉が言う。
「咲ちゃんだって、新刊、読みたいでしょう?」
絶対読みたいです!!!! と咲が叫ぶ。でもまだ、涙は止まらないみたいだから。
「はい、これ」
朱葉は、自分の制服のリボンをとり、咲に渡した。
「よかったら、もらって」
漫研のこと、よろしくね。
そう言ったなら。
「…………はい……!」
しっかりと、咲が頷いた。胸にリボンを、抱きしめるようにして。
雨の卒業式は、つつがなく終わった。明日が合格発表の大学も多いし、まだまだ進路指導は続く。結局は浪人という道を選ぶ生徒もいるかもしれない。
桐生は卒業生を見送ったあと、まず教室を確認し、職員室に戻った。それから、生物準備室に行き。
(……世話になったな)
自分と、朱葉が、ずいぶん話し込んだ机をなぜた。
教師と、生徒じゃなかったらと、思ったことはある。確かにある。でも、教師と生徒じゃなかったら──自分は、きっと。
神様を好きになることなんて出来なかっただろう。
だから、とても感謝していた。
好きなものを、好きなままで、教師になったから。
何より好きな、たった一人に出会えたのだろうと、思っている。
そして足は自然に、漫研の部室に向かっていった。「部室のチェックをしておいてください」と職員室の机に、朱葉の字でメモとともに鍵が返してあったから。
扉をあけると、他の部屋よりもよく親しんだ、印刷インクのようなにおいがして。
中に入った、桐生は。
思わず、その膝から、崩れ落ちた。
広がる黒板、いっぱいに。
いつ描いたのだろう、見間違えるはずのない朱葉の線で、抱きしめられないくらい大きい、推しキャラのイラスト。
やばい。まずい。
泣かないって、決めていたのに。
桐生は眼鏡の下の、瞼をおさえる。こらえきれない涙が、こぼれて、落ちた。
「……そういう……とこだぞ……」
大きな絵には、大きな文字が、書いてあった。
卒業の門出に。
たった一人の、生徒から。
先生 ありがとう!
そして、完結、おめでとうありがとう!!!!!
こうして、この日に、終わるって決めていました。
さみしいけど、終わりたくないって気持ちもあるけど、
こうして、朱葉さんの卒業を見届けられること。
先生と一緒に、本当に、嬉しく思っています。
「腐男子先生!!!!!」は終わってしまいますが。
先生は、先生らしいですし?
罪でなく、ここからは、面白おかしく、推し活とともに恋愛も、頑張って欲しいなと思っています。
そういう話を、遠からず、書いていきたいなという気持ちですので。
よろしければまた、このページでお会いしましょう!
朱葉ちゃん、先生、卒業おめでとう。
そして、読んで下さったあなた、本当にありがとう!!!!!!