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腐男子先生!!!!!  作者: 瀧ことは
白い原稿の小さな推しカット
119/138

119 卒業、おめでとう

 卒業式の朝、いつもよりはやく家を出た。

 借りてあった鍵をつかって、部室に入って、部長の最後の仕事として、漫研の部室を片付けた。

 卒業式の日の早朝ということもあり、校内は閑散としていた。その静けさが、部室にも満ちていた。

 あれだけたくさんあったBL漫画を、都築は読破してしまったらしい。今は漫画喫茶や太一の家を渡り歩く生活だとか。

 人間何がどう転ぶかわからない。どこに沼があるかも。

 ひとつひとつ、片付けて。文化祭につくった部誌を見たりして。

 それから最後に、仕事をひとつ。


「……うん」


 満足をして、部室を出た。

 チョークで汚れた袖を、払いながら。あーあ、お母さんが、綺麗にクリーニングに出してくれたのに、と思って。

 でも、自分らしいなとも、朱葉は思った。




 卒業式がはじまる前の、最後のホームルームだった。


「えー……」


 桐生が教壇に立つ。いつものような白衣は着ていなかった。卒業生の担任だからだろう。胸には花。おろしたての背広に、白いシャツだった。

 そして、少し驚いたことに……コンタクトではなく、眼鏡をしていた。オシャレではなく、オフ用の、分厚い眼鏡だ。

 髪はきっちりセットしてあって、その表情に、眼鏡は少し浮いて、でもなじんでもいた。

 教室もざわついたし、朱葉もまた、オフがオンを侵食してきたみたいで、不思議な気持ちになった。

 その変化を、桐生は詳しく説明はしなかった。


「いよいよ今日は、卒業式となります」


 そう、口火を切って。桐生はしばらく、考えるように視線をめぐらせた。

 その視線の先には、徹夜あけなのだろう、眠い顔をして座っている都築も、どこか実感のわかない朱葉もいた。それから桐生は先生らしい、全体をしっかり見据える視線で言った。


「君達はもちろん、これが最初で最後の高校卒業式ですが、先生にとっても、担任として見送るはじめての卒業式となります。今日この日を全員で迎えられること、非常に嬉しく思っています」


 それは、定型めいた言葉から、はじまった。


「はじめてだから。もちろん至らぬところもあったかと思う。けど、別にそれは謝らない。ある程度は、君達の運だ。……ガチャみたいなもんだろう?」


 くすくすと、笑い声があがる。そんなことを言っても、笑って受け止めてもらえるのは。

 先生が、多分、はじめてでも、立派な先生だったからだろう。

 大きく息を吸って、桐生は続けた。


「初めての三年生の主担任だった。この一年がはじまるまで、俺は、できるだけフラットに、距離をもって、指導という役割にあたってきたつもりだった」


 その時、ふと、朱葉が思いだしたのは、まだ、担任ではなかった頃の桐生の姿だった。

 格好よくて、人気があって、非の打ち所のない、社会人のコスプレだった。

 自分とは、関わりのない人だと、思っていた。でも、いつの間にか。朱葉と桐生の関係もかわったけれど、桐生もどこか、かわっていったような気がする。

 桐生はまっすぐ生徒達を見て、続けた。


「けれど、それとは別に、この一年、俺は俺の信条を持って、嘘のない指導をしてきたつもりだ」


 俺には信条がある、と桐生は言う。

「この担任の一年間、俺は、君達に、夢を持てとは一度もいわなかったはずだ。夢は何かと聞いた。夢があるなら頑張れと背中を押した。でも」

 夢があるのがすべてじゃない、と桐生は続けた。


「そんなものは、生きているうちに見つければいい。夢があるから幸せになれるわけじゃない。俺だって、夢があって教師になったわけじゃなかった。ただ……」


 これは、あくまでも持論だけど、と断りをいれて。


「好きなことは、あった方がいい。好きなものはあった方がいい。ささやかなものでかまわない。いや、好きになったらささやかなものなんかない。他人のものさしなんてどうでもいい。……好きなものを、見つけて。見つけたら、大事にしなさいと、この一年、言い続けてきたつもりだ。なぜなら、その気持ちは、君達の人生を輝かせるから」


 教壇の上に置かれた、桐生の拳に強く、力がこもる。


「俺はそう思っているし、そう伝えてきた。そして……これが、今日、言っておきたいことなんだけれど。……俺の言葉は、すべてじゃない」


 少しだけ、教室が困惑した。声には出なかったけれど。

 桐生は迷いなく続ける。


「教師が正しいわけじゃない。勉強みたいに、テストみたいに、正解なんてないんだ」


 朱葉はその時そっと、視線の端で、都築のことを見た。

 桐生の言う、「大丈夫」が、信じられないといった、都築は。

 隣あったファストフード店の時のように、うつむいて、真剣な顔で、桐生の言葉を聞いていた。

 桐生は続ける。


「そう思っていたから、これまで深く踏み込んだ指導なんてしたことはなかった。押しつけはしたくなかった。けれど、君達を教えるうちに、それは違うような気がした。君達は、指導という名の、偏向を受ける。けれど、それを、信じたり、また……はねつけるしなやかさも、同時にもっていることだろう」


 君達にはそれだけの自由がある。

 君達にはそれだけの力がある、と桐生は繰り返した。



「信じたいものを、信じていきなさい。そして……好きなものを、好きでいてください」



 前傾になりつつあった姿勢を正して、改まった様子で、桐生は言う。


「俺は、教師には、職業としてなった。手を抜いたことなんて一度もないけれど、俺にとっては、生きていくのに必要な社会だった。けど、今日という日を迎えて思います」


 ふっとそこで、小さく笑って。


「教師になってよかった」


 どこかで、すすり泣く声がした。朱葉も、眼球に痛みを感じていた。でも、涙なんて見せたくなかった。ちょっと、恥ずかしかった。卒業式で泣くのは、感動出来るのは、素敵なことだと思うけど。

 今更……先生に、泣かされるなんて、まっぴらだと、朱葉は思った。


 桐生は笑顔のままで、最後に言った。


「君達に、出会えてよかった。君達は、俺が自信をもって送り出せる……しなやかな生徒達だった」


 卒業おめでとう。


 その言葉に、堰を切ったように、教室から、すすり泣く声があがった。朱葉のすぐそばでは、夏美が、ぼろぼろに泣いていた。朱葉も、声を上げないようにするのに、精一杯だった。

 こんな状態で、式なんて出られない、誰もがそう思っていた時だった。


「先生、俺」


 がたっと、立ち上がる音がした。都築だった。ぼろぼろと、涙をこぼして、彼は言った。



「俺、卒業なんかしたくねぇよ……!!!!」



 その言葉に、桐生はそっと微笑んだまま、教壇を降りて都築のもとにいき。

 そっと両腕をのばして。


「お前はしてくれ!!!!!!!!!!!!!!!」


 全力でヘッドロックをかけた。



 どれだけ、心配を、かけたと思ってるんだ!!!!



 そう、顔に書いてあったし、泣き面だったクラスメイトがどっと笑った。最後まで、都築はそういう役割を、ちゃんと果たす奴だった。

 そしてさんざっぱら都築をいためつけてから。


「卒業しても、俺は、お前の先生だよ。いつでも来なさい」


 頭をくしゃくしゃになでて、そう言った。

 みんな、涙を拭いて。泣き笑い顔で。……最後の、卒業式がはじまる。

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