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腐男子先生!!!!!  作者: 瀧ことは
白い原稿の小さな推しカット
117/138

117「これ、イズ、なに?」

 焦っても仕方がないけれど、机に向かった時間の分だけ、月日というのは過ぎていって。

 自習や特別授業の多くなった授業を、それでも都築は来るようになった。

 来るようには、なったのだが。


「……何、これ」


 朱葉は呆然と立ち尽くしていた。どこでかというと、学校で。学校の、どこかというと、……漫研の部室の入り口で。

 朱葉の後ろには、びびって朱葉を教室まで呼びにきた咲がはりついている。

 放課後のことだった。よく見知った漫研の、一画。その中に、都築がいた。

 ダンボール箱を椅子にして、背中を丸めて一心不乱に、本のページをめくっている。その周囲には、山と積まれた本、本、本。

 しかも……。


「いやいや、どうして……これ?」


 積まれた本は、その多くが……すべてではなかったけれど、名作と分類される商業BL、もしくはそれに類するものだった。

 しかも、都築はいつもの饒舌さはどこへやら、朱葉達が来ても本から顔を上げることさえしない。朝礼には来ていたけれど、自習時間はそういえば、教室から消えていたかもしれない。面談などが多い時期だからわからなかったけれど。

 その間、もしかしたらずっと、読んでいたのだろうか。

 これが、面白半分とか、からかい半分で読んでいる……というのだったらもう少し反応のしようもあったが、その横顔は真剣そのもので、なんと声をかけていいのか朱葉には手のうちようがなかった。。


「お、ちょうどよかった。ドアあけてくれ」


 呆然としていると、現れたのは顧問である桐生で、その両腕には重そうなダンボール。

「先生これ、っていうかそれ、もしかして……」

 朱葉が何かを言う暇もなく。


「次、ここに置いておくから」

「待って」


 桐生の声に、はじめて都築が声をあげた。顔はあげずに。


「先生この、ここにわけたこの人の、この人の別の本全部もってきて」

「よしきた。この作家は世界観にかなりの揺れがあるけど、趣味かどうかは読んで決めてくれ。ちなみに挿絵を描いてる小説についではどうする?」

「小説時間かかっちゃうからそこまでいけるかわかんないけど興味あるから置いていって」

「ラジャ」


 早口の高速で済まされる会話。咲がふらふらと近づいていって、距離をあけて座りながらもその山を崩しはじめた。順応がはやいのは若さだろうか。本当か?

 朱葉はあきれかえっていたが。


「これ、イズ、なに?」


 戦士のたたずまいできびすを返した桐生に聞けば。



「新しい、『好き』の探求と発見?」



 と桐生が真顔で答えた。エア眼鏡をもちあげる仕草つきで。

 廊下に引きずりだして聞いてみれば。

 桐生と都築が話し合った結果のこと。「お前の信じられない好きって感情が、どれだけ広くて深いものなのか、俺が教えてやる」と桐生が自分の趣味を布教したらしい。

 まずそこで自分の趣味というのがおかしいのだが。


「……BLか?」


 心の底から、朱葉はつっこんだ。

 桐生はスルーをして話を続ける。

 かなり真剣な表情で言った。

「元々他人の恋愛に非常に関心と興味を覚える都築には、運命の出会いだったらしいな……」

 どす、と朱葉の裏手が炸裂する。

「いや、格好良く言っても駄目ですから。将来は!? 進学は!? ねえ!!!?」

「都内の私立で受けるそうだよ。まだ、この都会には……読むべきものがたくさんあるって」

 えええ、と朱葉は思ったけれど。

「偏っていると思うだろう」

 目を細めて、桐生は静かに告げた。

「それでも、俺は、信じているから」


 はっきりと、強い言葉で。


「何かを好きになる気持ちが、人生を豊かにするって」


 なんだっていいんだと桐生は言った。

 なんだっていい。

 間違いかもしれない。偏っているかもしれない。それでも。

「…………」

 背中を丸める都築の背中を見ながら、届いたのかもしれないとも思った。届いたのかもしれない。百人生徒がいたら、百人だめかもしれない。でも、都築には、届いたのかもしれない。

 そうだとしたら。


「先生、すごいね」


 半ば呆れて朱葉が言えば。

「……早乙女くんほどでは、ないよ」

 そうぽつりと、桐生は呟いたので。

 朱葉が驚き、顔を上げる。桐生もまた、都築の方をみたので、視線があうことはなかったけれど。

「でも、それは言わない約束だね。俺は、先生なので」

 ひとりごちるように、そう続けた。

「ただ、感謝はしていますよ」一口では、言えないけど、という言葉に。

「うん……」

 朱葉は頷いて、ほんのしばらく黙ってから。


「ところで先生、都築くんが見てるの、商業BLだけだよね? 同人誌まで薦めてないよね???」

「もちろん」

「ならいいけど」

「そういうことは段階を踏んで……」

「絶対やめろよ?」

「早乙女くん! 中指はいけない! 中指は!!!!」


 結局薄い本の存在と朱葉が描き手であるという事実は、朱葉の許可が出るまで明かされることはないよう釘をさして分かれた。

 本当はもっと、話すべきことがたくさんあったような気がするけれど。

 都築がなりふり構わず本のページをめくるように、朱葉もまた、するべきことがあるはずだった。奥歯をくしばって、今はひたすら、やるしかない。

これで都築くん編は一旦おしまい。多分月末か、来月頭~中頃にかけて、最終エピソード群です。

よければ一緒に、楽しんでくださいませ。

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