115「あなたなら、どうかける?」
「マジで?」
寒空の下、夕方の道端だった。
トレーニングから帰ってきたのを窓から見かけて、朱葉は家を出た。呼び止めたのは、近所の幼なじみの太一だった。
学校ではもう自習ばかりで時間が合わないので、あと、一応、人目もあって。
センター試験から、都築と連絡がとれないんだけど、と朱葉は太一に言った。一応幽霊部員でも、都築は太一と同じバスケ部だったはずなので。
「マジみたい」
なんか知らない? と、世間話の延長で、深刻さは消して呆れたように朱葉が言えば。
「いや、知らないけど……」
ちょっと考えながら、太一が言う。
「そういえば、マネが、送迎会の連絡もとれないって言ってた。部活はともかく、お祭りごとには命をかけてるやつなのに」
「そっか……先生も、付き合いあった女子とかに聞いても、連絡とれてないみたいで」
出来るだけ、桐生はそういうところを朱葉に見せないようにするけれど。
生徒の間のことだ。朱葉にだって手はある。(具体的には、コミュ力のある夏美が、耳に届くだけ噂を集めてきてくれた)
「どうしちゃったのかな……」
「なんでもいいけどさ」
まずいだろ、このまんまじゃ、と低い声で太一が言った。朱葉はちょっと居心地が悪そうに、眉尻を下げて。
「他人ごとだけどね」
苦笑したようにそう言った。太一はすでにほぼ推薦で進路を決めていたけれど、朱葉は、自分のことがある。自分の受験に集中しろと言われたら、そのとおりだった。
「そうだけど」
太一はいつものように無愛想な顔のまま、はっきり言った。
「俺は、気にするよ」
その言葉に、「……うん」と朱葉は、少しだけ励まされた気持ちになって頷いた。太一は真剣な顔で考え込む。
「連絡断ってるっていったって、どこかでは誰かと遊んでるはずなんだよあいつは」
そして黙考すること、しばらく。自分の家を指して。
「ちょっと、入って」
と言った。予想外のことを言われて朱葉は面食らう。朱葉はむしろ太一の姉と仲がよかったので、最近でも家に入ったことはあるのだが。
「ねえちゃんに聞くことあるから」
そう言われるがままに、太一の家に入っていった。
それが、結局、あんなことになるなんて、思いもよらずに。
「──で?」
夜だった。連絡をとってすぐ、その日のことだ。
ひどく冷え込む夜で、もしかしたら雪が降るかもしれなかった。
繁華街のコーヒーショップ、その、小さな丸いテーブルで。並んだ朱葉と、太一が前にしているのは、ひとりの女性だった。
「よくこのあたしに、ものを頼もうなんて思ったわよね、受験生?」
そう言うのは、上から下までいつもの強力OL姿に身を包んだ、その人──マリカ、だった。
ねえちゃんに聞く、と言った時は、何を聞くのかと思えば彼女の連絡先で、「なんで!?」とうろたえる朱葉に、文化祭で都築がマリカをナンパしていたことを教えてくれた。
「今、学校の交流断ってるとしても、もしかしたら」
自分が声をかけた、「学校外」の女性の連絡なら、返すかもしれない、というのが太一の見立てで。
それは……それは確かに、一理があったけれど。
「そもそもなんでアゲハちゃんが来るかなぁ」
綺麗なネイルでラテをまぜながら、にこやかに、けれど迫力のある言い方でマリカが言う。
「アゲハちゃんじゃなくて、その担任さんが来てくれた方が、いいんじゃない? あたし、あなたたちのお願いをきく筋合いはないけど、カズくんのお願いなら、聞いてもいいかなって思う気持ちくらい、あるわよ?」
「はい」
朱葉はまっすぐに、マリカを見て言った。
「それが嫌で、わたしが来ました」
自分の知らないところで、桐生が、マリカと連絡していると考えるのはもう嫌だった。できれば避けたかった。それは朱葉のエゴだと言えば、それまでだ。
太一は黙って様子をうかがっている。「俺が、個人的に頼むだけだから」と太一は言ったけれど、朱葉は自分も一緒に会いたいといったし、今もマリカは、朱葉にばかり声をかけた。
「去年もクリスマスの前にね、カズくんに会ったの」
真意の見えない表情で、少し自慢話でもするみたいに、マリカは言った。
「本当は、クリスマス、誘うつもりだったんだけれどね」
そこですっとマリカは、ブランドものの定期いれから、交通カードを取り出した。無言でそれを裏返すと。
「………………!」
そこにあったのは、とあるスポーツアニメの、人気キャラクターの、交通カードに貼るシールだった。
夏美の推しである。
あとマリカも推しているはずだった。
「ねぇアゲハちゃん、あなた」
やわらかく目を細めて、マリカが言う。
「主人公、ライバル、優しく包容力のある幼なじみ。あなたなら、どうカップリングにする?」
「あ、俺、コーヒーおかわりもらってきますんで」
太一が離脱した。姉の周りで鍛えられているだけあって、見事な判断力だった。
「…………」
ゴクリ、と喉を鳴らして、朱葉が言う。
「──主人公、総受け……」
ラテをまわすプラスチックのマドラーを、マリカが折った。
めっちゃこわい。
心の底から朱葉が思う。
凍らせた笑みのままで、マリカが言う。
「あたしね、相手は誰でもいい。この幼なじみが、ぐちゃぐちゃにされてるところが見たいの」
そっちだったかーーーーーーーーーーー!!!!!!
心の底から朱葉が思った。
「ま、そういうことで」
カードを大切にしまいながら、マリカが言う。
「ちなみにカズくんも同じ返事だったわ。しょうもないけどね。カズくんには、あなたの方が合うのかもね、朱葉ちゃん」
(それは……)
それは、それだけじゃ。ないんじゃないかなと朱葉は思う。
もう少し、なにか、いろいろがあって。
でも、折り合いをつけるために。マリカは、マリカの何かを守るために……そういう理由だけを、選んだんじゃないかなと、朱葉は思うけれども。
そうだとマリカが言うのならば、それ以上は……朱葉も、言わないでおこうと思った。
「話、つきましたか」
非常に警戒しながら、太一が帰ってくる。「ついたわ」とマリカが言う。ついたのか? と朱葉は思う。
「別に、貴方達に協力する義理はないけど」
パスケースのかわりに、スマホを取り出しながら。不敵に笑んでマリカが言った。
「このあたしなら、と思ったなら。期待には応えてあげる。百戦錬磨の“会いテク”見せてあげるわ」
コミカライズ第一巻、発売翌週ですが、重版が決定いたいました。本当に本当に、ありがとうございます!
話はもうちょっとだけ、続くんじゃ。