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腐男子先生!!!!!  作者: 瀧ことは
白い原稿の小さな推しカット
115/138

115「あなたなら、どうかける?」

「マジで?」


 寒空の下、夕方の道端だった。

 トレーニングから帰ってきたのを窓から見かけて、朱葉は家を出た。呼び止めたのは、近所の幼なじみの太一だった。

 学校ではもう自習ばかりで時間が合わないので、あと、一応、人目もあって。

 センター試験から、都築と連絡がとれないんだけど、と朱葉は太一に言った。一応幽霊部員でも、都築は太一と同じバスケ部だったはずなので。


「マジみたい」


 なんか知らない? と、世間話の延長で、深刻さは消して呆れたように朱葉が言えば。

「いや、知らないけど……」

 ちょっと考えながら、太一が言う。


「そういえば、マネが、送迎会の連絡もとれないって言ってた。部活はともかく、お祭りごとには命をかけてるやつなのに」


「そっか……先生も、付き合いあった女子とかに聞いても、連絡とれてないみたいで」

 出来るだけ、桐生はそういうところを朱葉に見せないようにするけれど。

 生徒の間のことだ。朱葉にだって手はある。(具体的には、コミュ力のある夏美が、耳に届くだけ噂を集めてきてくれた)

「どうしちゃったのかな……」

「なんでもいいけどさ」

 まずいだろ、このまんまじゃ、と低い声で太一が言った。朱葉はちょっと居心地が悪そうに、眉尻を下げて。


「他人ごとだけどね」


 苦笑したようにそう言った。太一はすでにほぼ推薦で進路を決めていたけれど、朱葉は、自分のことがある。自分の受験に集中しろと言われたら、そのとおりだった。


「そうだけど」


 太一はいつものように無愛想な顔のまま、はっきり言った。


「俺は、気にするよ」


 その言葉に、「……うん」と朱葉は、少しだけ励まされた気持ちになって頷いた。太一は真剣な顔で考え込む。


「連絡断ってるっていったって、どこかでは誰かと遊んでるはずなんだよあいつは」


 そして黙考すること、しばらく。自分の家を指して。


「ちょっと、入って」


 と言った。予想外のことを言われて朱葉は面食らう。朱葉はむしろ太一の姉と仲がよかったので、最近でも家に入ったことはあるのだが。


「ねえちゃんに聞くことあるから」


 そう言われるがままに、太一の家に入っていった。

 それが、結局、あんなことになるなんて、思いもよらずに。




「──で?」

 夜だった。連絡をとってすぐ、その日のことだ。

 ひどく冷え込む夜で、もしかしたら雪が降るかもしれなかった。

 繁華街のコーヒーショップ、その、小さな丸いテーブルで。並んだ朱葉と、太一が前にしているのは、ひとりの女性だった。


「よくこのあたしに、ものを頼もうなんて思ったわよね、受験生?」


 そう言うのは、上から下までいつもの強力OL姿に身を包んだ、その人──マリカ、だった。

 ねえちゃんに聞く、と言った時は、何を聞くのかと思えば彼女の連絡先で、「なんで!?」とうろたえる朱葉に、文化祭で都築がマリカをナンパしていたことを教えてくれた。


「今、学校の交流断ってるとしても、もしかしたら」


 自分が声をかけた、「学校外」の女性の連絡なら、返すかもしれない、というのが太一の見立てで。

 それは……それは確かに、一理があったけれど。

「そもそもなんでアゲハちゃんが来るかなぁ」

 綺麗なネイルでラテをまぜながら、にこやかに、けれど迫力のある言い方でマリカが言う。

「アゲハちゃんじゃなくて、その担任さんが来てくれた方が、いいんじゃない? あたし、あなたたちのお願いをきく筋合いはないけど、カズくんのお願いなら、聞いてもいいかなって思う気持ちくらい、あるわよ?」

「はい」

 朱葉はまっすぐに、マリカを見て言った。


「それが嫌で、わたしが来ました」


 自分の知らないところで、桐生が、マリカと連絡していると考えるのはもう嫌だった。できれば避けたかった。それは朱葉のエゴだと言えば、それまでだ。

 太一は黙って様子をうかがっている。「俺が、個人的に頼むだけだから」と太一は言ったけれど、朱葉は自分も一緒に会いたいといったし、今もマリカは、朱葉にばかり声をかけた。


「去年もクリスマスの前にね、カズくんに会ったの」


 真意の見えない表情で、少し自慢話でもするみたいに、マリカは言った。


「本当は、クリスマス、誘うつもりだったんだけれどね」


 そこですっとマリカは、ブランドものの定期いれから、交通カードを取り出した。無言でそれを裏返すと。


「………………!」


 そこにあったのは、とあるスポーツアニメの、人気キャラクターの、交通カードに貼るシールだった。

 夏美の推しである。

 あとマリカも推しているはずだった。


「ねぇアゲハちゃん、あなた」


 やわらかく目を細めて、マリカが言う。


「主人公、ライバル、優しく包容力のある幼なじみ。あなたなら、どうカップリングにする(かける)?」


「あ、俺、コーヒーおかわりもらってきますんで」


 太一が離脱した。姉の周りで鍛えられているだけあって、見事な判断力だった。


「…………」


 ゴクリ、と喉を鳴らして、朱葉が言う。



「──主人公、総受け……」



 ラテをまわすプラスチックのマドラーを、マリカが折った。

 めっちゃこわい。

 心の底から朱葉が思う。

 凍らせた笑みのままで、マリカが言う。


「あたしね、相手は誰でもいい。この幼なじみが、ぐちゃぐちゃにされてるところが見たいの」


 そっちだったかーーーーーーーーーーー!!!!!!

 心の底から朱葉が思った。


「ま、そういうことで」


 カードを大切にしまいながら、マリカが言う。


「ちなみにカズくんも同じ返事だったわ。しょうもないけどね。カズくんには、あなたの方が合うのかもね、朱葉ちゃん」


(それは……)

 それは、それだけじゃ。ないんじゃないかなと朱葉は思う。

 もう少し、なにか、いろいろがあって。

 でも、折り合いをつけるために。マリカは、マリカの何かを守るために……そういう理由だけを、選んだんじゃないかなと、朱葉は思うけれども。

 そうだとマリカが言うのならば、それ以上は……朱葉も、言わないでおこうと思った。


「話、つきましたか」


 非常に警戒しながら、太一が帰ってくる。「ついたわ」とマリカが言う。ついたのか? と朱葉は思う。


「別に、貴方達に協力する義理はないけど」


 パスケースのかわりに、スマホを取り出しながら。不敵に笑んでマリカが言った。


「このあたしなら、と思ったなら。期待には応えてあげる。百戦錬磨の“会いテク”見せてあげるわ」

コミカライズ第一巻、発売翌週ですが、重版が決定いたいました。本当に本当に、ありがとうございます!

話はもうちょっとだけ、続くんじゃ。

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