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腐男子先生!!!!!  作者: 瀧ことは
白い原稿の小さな推しカット
113/138

113 センター試験

 ひときわ寒い朝だった。

 忘れ物がないか何度も確認をして、新しいマスクをひっかけて家を出る。頑張ってね、と普段はあまりそんなことを言わない母親も、声をかけてくれた。

 家を出る。天気がよくてよかった、と思った。


「おはよ」


 駅に向かって歩いていたら、後ろから駆け足で幼なじみである太一が追い抜いていったので、気まぐれに声をかけたら、

「おん」

 と言いながら、太一は少しだけペースを緩めた。会話が出来る程度に。

「寒いねー。急いでいくの?」

「いや、寒いから。ランニングしてくかなって」

 こんな日でもか、と呆れるやら感心するやら。

「……早乙女も」

 低い声でぼそぼそと、太一が朱葉に聞く。

「身体は? 風邪ひいてたとかって」

 誰に聞いたのかなぁと思いながら、「治ったよ。マスクは、予防」と返事をする。

「そう」

 納得したのか、安心したのか。そのまま太一は走っていってしまった。


「がんばろーねー」


 その背中に声を掛けたら、返事はなかったけれど、「そっちも」というように手をあげる、背の高い影が遠ざかっていった。


 電車に乗り、いつもとは違う駅でおりる。行き先は近くにある大学のキャンパスで、目的地が一緒である同級生達が、続々と門をくぐっていった。


「あーげはー」


 自家用車で送ってもらったらしき夏美が、朱葉を見つけて手を振る。

「おはよ」

「おはよー! ね、あっち! きりゅせん来てるって!」

 へえ? と言いながら、朱葉もその門をくぐる。

 大学入試センター試験と書かれた看板の立つ、おごそかな大学キャンパスへ。

 中に入っていくと、桐生だけではなく三年の担任の姿があちこちに見えた。桐生の周りにも、クラスメイトが集まって騒いでいる。


「忘れ物したやつないか? 席についたらもう一回確認しろよ~」


 そんなことを言いながら、コートを着た桐生が生徒ひとりひとりに何かを配っている。

「……おはようございます」

 朱葉が少し複雑な顔をして、マスクをとりながら、挨拶をした。別に、他意はない。他意はないけど。マスクは、今はやめておこうと思って。……色々、思い出しても、気まずいし。


「ああ、おはよう」


 桐生が手にもっていたのはチョコレート菓子のファミリーパックだった。

「はい、これ」

「え、くれるの!? やったー」

 夏美が隣で喜んでいる。


「一応、願掛けだからな」


 合格祈願のパッケージ。よくあるそれを、桐生は朱葉にもひとつ、くれた。


「焦らないように。全力を出せるように」

「きっと勝つ、ですか?」


 ああ、と桐生が頷いた。

 それから朱葉をちょっと覗き込むようにして見て。

「早乙女くん、平気? 体調とか。緊張とか」

「体調は、平気です。まあそれなりに、緊張はしています」

「緊張が集中力につながると信じるしかないな。リラックスよりも、力が出せるのはそんな時だ」

 あと、と神妙な顔で桐生は言った。


「多分、俺の方が緊張はしている」


 朱葉はちょっと驚いて桐生を見上げた。確かにいつもよりも、少々疲れた顔をしているのは、朝はやくから会場に立っていた、ということだけでもないのかもしれない。

 周りを見れば、夏美がクラスメイトと試験が終わってからの打ち合わせをしている。彼女は推薦でほぼ進路を決めてしまっているため、朱葉よりも受験科目が少ないのだ。

 だから、今、桐生と会話をしているのは、朱葉だけだったので。

 ちょっと声をひそめて朱葉が言った。


「てっきり昨日の新クールアニメで盛り上がりすぎたのかと」


 冗談めいた、でも本気の考えだったのだけれど、桐生は難しい顔をして、「今期はまだ何も見てない」と言った。

「え!? どうして!? 体調でも悪いんですか?!」

 あの国民的美少女アニメの続編も、あの大人気ゲーム原作の新作も、そして昨日新クールがはじまったアニメは桐生が半年も前からずっと楽しみにしていたはずなのに!

「勝手に人を病気扱いしないでくれ。……まあ、一応」

 願掛けだよ、と桐生は繰り返す。


(……へぇ)


 朱葉は素直に、感心してしまう。緊張しているというのも、嘘ではないのだろう。あんなにも見たかったアニメを見ないで、願って、くれているのだ。

 その気持ちに応えないといけないな、と朱葉は思った。

 桐生がぽん、と朱葉の肩を叩く。


「というわけで早乙女くん。俺の今期クールがどういうダッシュになるか、君の頑張りにかかっているから絶対に失敗しないように」

「うわー、こんなどうでもいいプレッシャーはじめてだわー」


 思わず棒読みで言ってしまった。お前の今期クールのことなど知ったことか。

 まあ、でも。桐生は最後に一言。


「楽しく見よう。一緒に」


 そう言って、到着した他の生徒のもとに行ってしまった。「あげはー行こうー!」と夏美が朱葉を呼んでいる。

 朱葉は、マスクをつけなおし、ポケットにチョコレート菓子をしまって、思う。


(一緒に)


 一緒に、アニメを見られるような未来が、もしかしたらすぐそばにあるのかもしれない、と思いながら。



(…………あの二期の一話だけ耐えきれなくて見たって言ったら凹みそうだから黙っておこう)



 そう心に決めて、朱葉は踏み出す。

 きっと勝つ。と、いいな、と思いながら。

朱葉さんと同級生のみんなも。きっと勝てるように、お祈りしています!

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