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腐男子先生!!!!!  作者: 瀧ことは
白い原稿の小さな推しカット
110/138

110「俺じゃだめ?」

 どこに行くの? と朱葉が聞いたら。

 とりあえずパンダ! と都築は答えた。

 怪しまれないようにそれぞれ学校を出て駅で待ち合わせ。ペットボトルのお茶を飲みながら、パンダが生まれたばかりだという動物園には行ってみたけれど、当然パンダは見られなかった。

 見られなかったパンダのかわりではないけれど、街はパンダグッズであふれかえっていて、テーマパークみたいだった。街を見るだけでも楽しかった。

 インスタにでも上げるのだろうか、都築はパシャパシャと写真をとりまくっていた。

 都築と違って、朱葉は学校をサボるようなことははじめてだった。一応、養護教員を通じて、「病院に寄って帰る」ということにしてある。罪悪感は、なくはない。でも、少しだけ、優等生でいることに、飽き飽きしていたのかもしれない。

 それからゲームセンターに二人で行って、朱葉は結構自慢のUFOキャッチャーテクを披露した。

 いやに古ぼけたカラオケルームに入った。

 煙草のにおいがしみついて、薄暗かった。フリータイムもなくて、時間制だった。

「穴場なんだよ」

 と都築は言った。

「値段?」

「んーん。補導とかの見回りがねーの」

 呆れた、と朱葉はため息をついた。

 相変わらず都築は歌が上手かった。朱葉もちょっとだけ調子にのってアイドル曲を歌ったら、都築にはうけたけれど喉を痛めてしまった。慌てて都築がホットのゆず茶を頼んでくれた。

 そういうところも普通の、高校生の、デートみたいだった。

 お茶をのみながら休憩ついでに朱葉が言う。


「いつもこんな風にサボってるの?」

「んー。最近そうでもないよ。知ってるっしょ」


 遅刻や一時の不在はよくあるが、確かに都築はサボりが多いわけではない。


「俺、三年になってから、わりと真面目に行ってるもん」

「二年の時はそうじゃなかったんだ?」

「うふ。若気の至り」

 と、なめた返事。

「委員長こそ」

 あっけらかんと都築が聞く。


「俺の誘いにのってくれるなんて。ねぇ、落ち込んでた?」


 都築のその言葉に、朱葉は飲み干してもまだあたたかなコップで指先を温めながら、マスクをつけなおして、言う。

「…………別に、落ち込んでや、しないけど」

「うん」

 真面目に都築は頷いた。

 ここまで、都築はただ、朱葉を楽しませてくれた。気を遣ってもらっていたんだろうと、朱葉にもわかった。

 だから、指先のあたたまるままに、ぽつりぽつりと言った。


「身体も、調子が悪いし」

「うん」

「受験も不安だし」

「うん」

「……………男の人って、よくわからないし」

「おお」

 ばきゅん、とするみたいに、指先を朱葉の鼻に押しつけて、器用に片目をつむって言った。


「俺と、オトコの話、してくれる気に、なったんだ」


 嬉しいね、と笑った。

「嬉しい?」

「うん。俺、ずっと、朱葉ちゃんとそういう話、したかったもん」

 都築はそういえば、ずっとそんな風だった。

 朱葉だけ対してでもないだろうけれど、いつも恋の話をしたがった。かといって、朱葉に思いを寄せるという風でもなく、相変わらず浮名を流しては、たくさんもめ事を起こしているようだった。

「でも、ちょっと残念かな」

「なにが?」

 ふふ、と笑いながら都築が言う。

「朱葉ちゃんの方からそういう話、俺にしてくれるってことはさ、もう俺にほだされちゃくれないんだろうなって」

「どういうこと?」

 うーん、つまりね、と隣から朱葉を覗き込むようにして、言う。

「俺にそういう話をするってことは、俺が安全圏に入ったか、朱葉ちゃんが安全圏に入ったか、どっちかってこと」

 安全圏、という言葉を都築はつかった。

 朱葉にはよく、わからなかった。どこも安全のような気がしたし、かと思えばどこも不安定なような気もした。

 何もわからない。

 普通の恋愛なんかじゃ、なかったから。


「ま、安全圏から打ち込むことだって、得意なんだけどね」


 そして都築は、自分の膝に頬杖をついて、言った。


「朱葉ちゃん、今日、楽しかった?」


「楽しかったよ」


 素直に、朱葉は言った。これまで少し、落ち込んでいたし、なんなら少し、自棄になっていた。けれど、気分がだいぶ晴れた。

 都築が、これまでと同じ、軽い調子で言った。


「俺じゃだめ?」

「うん」


 朱葉も、自然な調子で頷いた。「だめかー」と都築は言った。笑ってはいなかったけれど、悲しんでいる様子でもなかった。

 朱葉はゆっくりと、伝わるように言った。


「わたしじゃなくてもいいんでしょう、都築くん」

「うん」


 朱葉みたいに素直に都築は頷いた。お互い素直でいられることは、楽なことだと思った。

 隠さなくていい。周りにも。自分にも。

 ──でも、都築じゃないし。

 都築だって、朱葉じゃない。それを、誤魔化したってしかたない。


「なんか、ずっとうらやましいんだよね」


 ため息をつきながら、都築が言う。


「朱葉ちゃんは、好きになったことも、好きになった相手も、大事にしてる感じがする。俺も、そういう風に、好きな子に大事にされてみたい」


 そこでようやく朱葉は、都築がずっと、朱葉を執拗に追いかけてきた理由を知れた気がした。

 そんなことないと思った。別に、全然大事になんて出来ていない。すぐ怒るし。憤るし、諦めるし。でも。

 大事に出来てるかわからないけれど、大事にはされている、と思った。

 そして。


「出来るよ。都築くん、出来るよ」


 都築がそういうことを、出来ない人だとも思わなかった。


「いつか、そういう人、会えたら、いいね」


 大事にする、だけじゃなくて。大事にしてもらえる、ように。でもそれは同じことのような気も、朱葉はするのだ。


「うん」


 ありがと、と都築は言った。そしてそれから、隣にあった朱葉の手を握って、言った。


「大事にするのが得意な朱葉ちゃんに、俺からもアドバイス。大事にするだけじゃなくて、たまには、欲望丸出しにしないとダメだよ。そうしないから、そんなに不安なんじゃない?」


 そう言われて、朱葉は苦笑する。


「欲望って、どんな?」


 油断を、していなかったといえば、嘘にある。手を握られても、振り払おうとしなかったのは、なんとも思っていなかったからだ。でも、そんなのは多分理由にはならなかった、と、あとになってみれば思う。


 都築はちょっと笑った。少しだけ、悪い笑顔だった。


「たとえば、こんな」


 そうして顔が、近づいてきた。

(え?)

 ふりはらおうと思った。でも、手が、動かなくて。握られていたから。

(ええ?)

 のけぞったらソファに倒れた。

 倒されるような格好になって、よけいに、まずい、と思った。混乱して、ぎゅっと強く、目を閉じた。その時だった。


「ちぇ」


 鼻先で、小さな呟き。


「思ったより、早かったな」


 騒がしい音楽の中でもわかるような大きな足音の次に、ドアの開く、音がして。



「朱葉くん!!!!!」



 コートも着ずに、駆け込んできたのは、桐生その人で。


「おー先生~あのメールでよくわかったね?」


 すでに飛び退いていた都築が、ひらひらと手を振る。

「都築、お前……っ」

「朱葉ちゃんちょっと調子悪いから休んでるよ。先生にパスすんね~」

「お前、何を」


 とん、と都築の指が、桐生の胸をつく。


「なんもしてねーけど、先生がなんもする気ないなら、俺がするよ」


 じゃあね、朱葉ちゃん、お大事に、と都築が笑う。

 俺のサボりに付き合わせてごめんね。言いながらドアの向こうに出て行ったけれど、もう一度ドアを開け直して。


「ちなみに、ここ、補導もこないし、カメラもついてねーから」


 どうぞ、ごゆっくり。

 そんな言葉を最後に、ドアの向こうで響くクリスマスソングが、扉がしまると、遠ざかっていった。

メリークリスマス。連続更新です。

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