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腐男子先生!!!!!  作者: 瀧ことは
白い原稿の小さな推しカット
107/138

107「オタクの予定は半年先まですでに決まり続けるからな」

 早乙女朱葉は、考える。

 授業もどこか上の空で。

 先生からこれまでもらったものって、何があったっけ。

 最初にもらったのが、お金だった。

 そう言うとめちゃくちゃ怪しいな、と朱葉は思う。でも間違いない。お金だったし、それは対価だった。自分の、同人誌の、新刊の。

 それから、感想をもらった。

 応援してますって言葉を。

 それがすべてのはじまりで、それからもらったものは、そんなに多くはない。少なくも、ないけれど。

 ドリンクチケットつきのポストカード。

 多分決して安くはないボールペン。

 ネット課金のためのコード。

 部室の備品はノーカンだとして。

 ──お守りの、指輪。

 それから他に、何が欲しい? と聞かれたら、難しいなと思ってしまう。欲しいものはなんだろう。シークレットのグッズ? 作画に使えるもの? キャラクターのケーキ……。

 たとえば自分が桐生にあげるプレゼントなら、いくらでも思いつく。結局、自分の描くものを一番好きでいてくれるだろうという、傲慢があるから。


(絵、以外、だったら?)


 欲しいもの、あるだろうか。どんなものをあげるだろう。

 もらうものだって、オタクもの以外だったら?

(よし、じゃあ推しカプで考えてみよう)

 どこまでも朱葉は腐女子だったのでそんなことを思った。

 花に貴金属、化粧品なんて大人っぽいし、ロマンチックだ。

 もうちょっと、実用的なものだったら? 腕時計をプレゼントするのって、意味深なんだっけ、どうだっけ。

 はっと気づいて、思う。


(……合鍵、とか!?)


 いやいやいやいやいや。

 いやいやいや。

 ベタが好きだけど。すぐ同棲、同居パロ描きたがりがち腐女子ですけど!

 もらってどうする、と思う。

 もらっても困る。嬉しいかと言われたら微妙だ。第一、持っていたら問題だ。そう、恋人でも、ないんだから。

(恋人でもないんだから……)

 制服の下の、指輪を指先が無意識になぞる。

(何が、欲しいかなぁ……)

 別に何もいらないな、とも思う。

(何もいらないけど、このまま)

 このまま学生生活が続いたら、どんなにいいだろう、なんて。

 それこそ、ないものねだりだと、朱葉は浅く、ため息をついた。




「早乙女さーん、次だよー」

「あ、はあい」

 昼休みになって、面談の次の番がまわってきた。夏美から謎の応援を受けながら、少し緊張もしつつ、生徒指導室に入って行く。


「失礼します……」


 そういえば、文化祭からこっち、朝の活動もしていないし、模試や補習続きで全然ゆっくり話していなかったっけ……と思いながら入っていったら。


「ああ、早乙女くん。誕生日おめでとう」


 座ったまま顔をあげた桐生が、何の前振りもなくそう言った。

「あ、ありがとうございます」

 ちょっとその発想はなかったな、と思いながら、机の向かいに座る。


「で、これが誕生日プレゼントになります」

「わぁ……」


 開いた紙を覗きこみ、朱葉が声をあげた。それからちょっとだけかたまって。


「わ、わぁ…………」

「目を背けない」

「わぁ~~……」

「現実を! 直視する!!」

「え、これやばくないです?」

「やばいでーす」


 ですよね、と朱葉が言ったのは、他でもない、誕生日プレゼントとして広げられた……先日の模試の結果だった。

「ご、合格圏内から、出ちゃってる……」

 これまでの模試では、点数の上下はありながらも、かろうじて志望校の合格ラインにのっていたはずなのに、今回はそのラインを下回ってしまっていた。

 これはやばい。

 誕生日なんて言ってる場合じゃない。


「え、えーーーーー泣きそうなんですけど! ちょっと! どうしよう!? ってか自己採点こんなに低くなかったはずなんですけど!!!!!!!!」

「泣かない泣かない。俺も気になって見てみたんだけど、なんかこれ英語のリスニング、全然違ってるんだけどこれ、マークシートずれかなんかじゃないか?」


 言われて慌てて詳細を確認したら、確かに、自分が答えたと思っていた箇所が、ことごとく間違っている。……単純な、ケアレスミス、だった。

「そういえば……この時めっちゃお腹いたくて……全然集中出来てなかった気がする……」

「またか。だから生活習慣を改めなさいと何度言ったら……」

「痛み止め飲み忘れちゃったんです!!! あーーーでもめっちゃショックーーーー!!!!」


 生徒指導室の机に突っ伏しながら朱葉が嘆く。

 その落ち込みように、桐生がため息をつきながら言う。


「ここで下手打っておいて、本番じゃなくてよかったって思うところだろう」

「でも本番でもやるかもって思っちゃうよ~!!! 怖すぎる~!!!!!!」

「びびってるとまたやるぞ~」

「先生面白がってるんじゃないですか!?」


 あまりのショックに、八つ当たりみたいに言ってしまった。


「どうせ先生、わたしが落ちればいいとか思ってるんじゃないの!? 浪人生になれば、オタク活動する時間あるからって!!!」

「早乙女くん、君ね……」


 呆れたように、桐生が言う。


「んなはずないでしょう。そりゃ、受験の逃避から創作ははかどるかもしれんが、常に後ろめたさのつきまとう中、遊びに誘ったり出来ないですよ、俺も」

 その言葉に、朱葉はうなだれたままで。


「…………………誘って、くれますか」


 ぼそぼそと、小さな声で言う。


「大学生に、なっても。遊んでもらえますかね、わたし」


 さすがに、ショックだった。自分の自己管理の甘さにも、この結果にも。それなのに、誕生日だからといって浮かれていた事実が、一番恥ずかしかった。

 八つ当たりだって、したかったわけじゃない。まっとうに頑張って、まっとうに楽しみたい。いつだって。

 でも、なんだか心がぐちゃぐちゃになってしまって、思わずそんなことを聞いてしまった。

 桐生はその言葉に、いよいよ呆れた風にため息をついて。


「早乙女くんが、行くって言えばね」


 そんな、人任せにするみたいな、冷たいことを言うので。いよいよ朱葉がどうにもさみしくなって、顔を上げられなくなった、その時だった。


「はい」


 ぱすん、と頭を軽く、何かで叩かれる。

 思わず顔をあげたら、包装紙で包まれた、シンプルな包みがあった。


「どうぞ」

「……なんですか、これ」

「プレゼント。誕生日」


 開けて。と言うので、朱葉はおずおずと、包装紙を開いていく。

 薄い本、にしては、ちょっと小さいし。

 革のような、キャメルの色合いの材質が見える。財布だろうか、と思ったけれど、購入してから一度封を開いてあるそれの中身をあけて、朱葉がぽつりと言った。


「スケジュール帳……」

「うん。来年の。……春からのもあったけど、とりあえず、年明けからのやつ」


 しっとりとした表紙が手になじんだ、白紙のスケジュール帳だった。サイズは財布くらいで、長細い。

 どうやら中のリフィルをいれかえられるようで、最後のページには、差し込み式のポケットがつけられていた。

 そして、その中に。


「これは……?」


 白や、緑や、青やピンクの、いくつものチケット。前売り券。参加券。いずれも日付は、来年のもの、受験が終わったあとのものだけれど。


「早乙女くんさえ、よければ」


 頬杖をついたままで、桐生が言う。


「全部、俺が一緒に連れていきたい現場」


 受験が終わって。卒業をして。大学生に、なったら。


「で、でも、こんなに、行けるかわかりませんよ。予定が入るかもしれないし……」

 イベントとかもあるかもしれないし。

「もちろん日付の変更もリスケも受け付ける。そうじゃなかったら誘えないし」

 しみじみと桐生が言う。

「オタクの予定は半年先まですでに決まり続けるからな」

「それな……」

 朱葉はそれほどたくさん現場を行くわけではないが、現場を見ているオタ友達を見ているとわかる。

 狐につままれたような気持ちで、チケットを見ていた朱葉だったけれど、その一枚を見てハッとする。


「せ、先生、でもこれ、地方のも、ありますよ……?」


 うん、と桐生がなんでもないことのように、頷いて言う。


「行こうね。遠征も」


 エスコートするよ。どこだって。


 そう、改めて言われて、朱葉がなんと答えていいかわからなくなり、ただ、耳と首元が赤く染まるのがわかった。

 桐生は改めて真面目な口調になると、淡々と言う。

「ちなみに合格しなかったらナシだから。全部返してもらうから、そのつもりで」

「ううう……」

「合格まではその予定を書き込むこと」

 そしてふっと笑うと言った。

「ちゃんと合格して、卒業したら、解禁な」


 18歳、おめでとう。と囁く。

 朱葉は、なんだか急に照れてしまって、模試の結果でプレゼントを隠すように片付けて、部屋を出て行こうとして。


「……先生、いっこだけ聞いていいですか?」


 新しい、スケジュール帳。

 その、一番最初の予定として。

 桐生の誕生日を、書き込むことにした。

というわけで、「スケジュール帳」が正解でした。

加えて「各種チケット」なわけですが(こちらはかなり近しい予想をくれた片も!)

結局のところは、一番嬉しいプレゼントは、「約束」だったのかもしれないなって思います。

そんなこんなで、ゆるゆると、季節は冬にむかいます。

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