106「祝! R解禁!!」
この秋一番の……というよりも、すでにもう冬だけれど。
一番の寒波が日本列島を覆った、週明けの月曜日。
眠いまなこをこすりながら、億劫な気持ちでSNSを開いたら、風船が飛んでいて目が覚めた。
おめでとうございます、といくつもとんでくるメッセージにいいねをつけながら、家を出る。
今年の冬はなんだかはやいけれど。
18年前は、今日が紅葉の盛りだったらしい。
その葉の色を見て、両親は、朱葉の名前を決めたらしい。
風は冷たくて、気持ちは晴れやかとは言えないけれど。
11月20日、早乙女朱葉は18歳になった。
「朱葉~! お誕生日おめでと!」
これオススメのボディクリームね、それからこれは新発売のチョコレート! そしてこれは私が複数買いしたDVDで~す! と夏美が陽気に朱葉の誕生日を祝ってくれる。
「はいはいありがと」
ちょっと呆れながらも、朱葉は心から礼を言う。
誕生日を覚えていてくれたことが嬉しいし、こうして可愛いラッピングをして用意をしてくれたことが嬉しい。
「なあに? 委員長誕生日? 飴ちゃんあげる~」
通りがかった都築がそんなことを言って、自分の嘗めていた棒付き飴を差し出してくる。
「食べかけはノーセンキュー」
突き返したら、「俺の熱いキッスの方がよかった?」と言いながら、律儀にまだ封を切っていない棒付き飴をおいていく。
「大丈夫? それ危ないクスリとか入ってない?」
そんなことを言う夏美は漫画の読み過ぎだと朱葉は思う。
それから夏美はちょっと身を乗り出して、他のクラスメイトに聞こえないよう、小声で囁いた。
「ね、何もらうの?」
なにって? と朱葉が聞き返せば。
「とぼけないでよー!」
とばしばし叩かれる。痛い。
「ふだせんだよ!」
ともう一度、耳元で。
「さぁ……」
と朱葉はちょっと身を引きながら答える。
「知らないよ……別に……誕生日知ってるかどうかもわかんないし……」
「知らないと思う?」
真顔で夏美が尋ねる。
「推しの誕生日」
「絶対知ってる」
すみませんでした、と朱葉が言う。
「去年は? 去年は何もらったの?」
「いや、去年は……確か、会って間もなかったから……」
オフのほうで。
別に、桐生からはなにも、祝われたりはしなかった。ただ、イイネもおめでとうリプライも、してこなかったかといえば……確かめようがない。いや、絶対している、と確信まで出来てしまう。でも。
「別に、何も用意してないんじゃない?」
オタク活動中は、ともかくとして。
今は先生と生徒なので。プレゼントをもらったらおかしい、と朱葉は思っている。
「ええ~! つまんない~! せっかくの18歳の誕生日なんだよ! 法律的にも結婚出来る!」
「結婚だけなら16でも出来るでしょ」
「そうだっけ! じゃああれだ!!」
びし、と夏美が指をつきつけ宣言する。
「祝! R解禁!!」
「あ、それ前も話し合ったことあるんだけど、やっぱり高校生の間はNGじゃない?」
「え!!!! 嘘!!!! わたしすみやかに解禁したよ!!!!! なんなら解禁前にだって……!」
「はいストップ。それ以上は言うな。……いや、今ね、解禁してもね」
勉強手につかなくなっちゃうでしょう? と朱葉が言えば。
「だよね……夢中になっちゃうもんね……」
と夏美も神妙に頷いた。
もちろん男女間の話ではなく。
推しジャンルの推しカップリングの話である。
「えーじゃあR系のものじゃないとしたら~何かな~。あ、指輪とか!?」
ギク、と朱葉が硬直する。
「いや……それは……ないんじゃない……?」
目をそらして朱葉が言う。
「えーなんで~」と夏美が言うけれど。
もう、もらったから、とは、言いづらい。
もう、もらったけど。別に、そういう意味じゃない。そういう意味ってなんだ? とにかく……恋人、的な、意味じゃなくて。じゃあ何かって言われたら、よくわかんないけど。
(お守り?)
って、言ってた。何かはわかんないけど、魔除け、みたいなものだと思って。ずっと、見えないように首から提げてはいる。
値段は、わからない。
でも、軽くはないものだな、と朱葉にだって思う。
重さでいったら、いつも重い。桐生の愛は。
ただ、それは、推しへの愛だから……と、朱葉は思っている。思い込もうとしている、のかもしれない。どこまでどう、なのかはわからない。
始業のチャイムが鳴って、今日もかっちり擬態を固めた桐生が教室に入ってくる。その涼しげな横顔を見ながら、朱葉は思う。
(たとえば、卒業を、したら)
案外、普通に、疎遠になってしまったりもするんじゃないかなって、なんとなく、そんなことを、思ってしまうのは。
今だけ、の取引だからだ。
卒業までの間だけ。お互いに、別の、恋人とかつくらないで。
一緒にいようって。
卒業、までの……。
少しだけ、センチメンタルな気持ちになって、顔を背けてしまう。
背けた顔を、桐生の視線が、不自然でないように、なぜて。
「──それじゃあ、先日の模試の結果を渡すついでに、今日は個人面接をするから」
いきなり、落ちた爆弾に、教室中が落胆のため息をつく。聞いてないよと、ブーイング。
(個人、面接……)
もちろんその中で、夏美だけが、いやにわくわくと、朱葉の方を見ていた。
復活です~! ちょっと日付あわせに前編だけになります。どの日にするかずいぶん迷いましたが今日ということで。
先生が、何をくれるかは、ぜひぜひ皆さん、予想してみてください。一応決めてあるので、近日答え合わせです。