104 文化祭編 歓声
中国喫茶は時間がたつごとに客足が増えていった。
「じゃあ交代お願いね~!」
午前中の店番を終えて、慌ただしく夏美が教室を出る。
「まずいまずい、思わずバイトの接客セリフが出ちゃってた」
基本的にバイトは禁止されているため、ばれないようにするのが一苦労だ。禁止といっても、みんな、隠れてもやっているはずだけれど。
待ち合わせた時間よりも少し前に、校門に着いたら、待ち合わせの相手はもう立っていた。
「おつかれさまです!」
手を振りながら出た挨拶は、やっぱりバイトの時によく使われるものだった。
仕方がない。だって、ほとんどが、バイトで会っている相手なのだから。
「おつかれさま、夏美ちゃん」
夏美の待ち合わせである男性は、眼鏡の奥でやわらかく笑った。そのやわらかな笑い方が好きだった。思わず胸がキュンとなり、思う。
(はーー似てる)
好きな声優と。
いやいやそういうわけではないのだ。別に、似てるから好きになったわけじゃないし見間違えるほど似てるかといわれるとそういうわけでもない。今になって思えば、「好きな感じ」だったんだと思う。そういうところが一番、親近感を覚えた。
似てるから、素敵だなと最初に思って、いい人だったらもっと嬉しくなったし。迷いはしたけれど、夏美の大学入学を待たず、付き合うことになった。
でも、おとなしくて清いお付き合いだ。
ちなみに夏美のオタク趣味はバレていない。まだ、バレていないと思う。ちょっとバレているかもしれない。
相手のことはその苗字から高瀬先輩、と夏美は呼んでいる。下の名前で呼ぶ勇気はまだない。
近隣の大学に通っているため時間も余裕があり、今日もバイトはいれずに夏美の文化祭に遊びにきてくれた。
「可愛い格好だね」
とちょっと驚いたように高瀬は言った。半ば照れた笑いを見せて、夏美が頬をかく。
「クラスで中国喫茶やってるんです。変じゃないですか?」
「いや、似合ってるよ」
お世辞だろうけれども、嬉しくて、気恥ずかしい。
「その……シールはなに? 名前じゃないよね」
ダイヤの1と書かれたシールを指されて言われる。フォーチュンクッキーの話をすると、「面白いね」と高瀬は言った。
「先輩もやってみます?」
「でも、他の番号が出る可能性の方が高いわけでしょう」
夏美ちゃんと、と言われ、またちょっとだけ夏美は照れる。
「ほら、その時は、シール持ってきて、わたしがちょちょいっと。つくっちゃいますよ。運命」
この言葉は、朱葉が言っていたんだったか、どうだったか。
「つくっちゃうんだ」
はは、と上着のポケットに手をいれて、高瀬が笑う。
「いいね。運命。つくっていこう」
そう言って、歩き始めた。この人が来てくれてよかったな、と夏美は思った。
男性連れで教室に入ることはちょっと緊張したけれど、茶店は想像以上の盛況で、皆が客の対応にてんてこ舞いになっていた。
「あれっ夏美お帰り~」
「帰ってきたわけじゃないの~二人入ってもいい~?」
「じゃあそこのテーブル適当に片付けて座っちゃって!」
なんとも雑な対応ではあるけれど、お祭りらしさがあっていい。
一緒に中国茶とクッキーを食べて、学校の紹介なんぞをしていると、ざわっと教室が騒がしくなるのがわかった。
「うわ、すごい」
入り口が見える側に座っていた高瀬が思わずといった風にそうもらす。なんだろう、と振り返ったら、いた。すごいのが、いた。
ハロウィンが近いこともあって、仮装を貸し出したり手助けする催しを出している教室があることは知っていたし、校内を歩き回る人の中にも仮装めいた格好をしている人は多くみかけられたけれど、それは目立ちようが違う。
即席だろうか、ダンボールでつくったかぶりものは精巧で大きく、夏美の見間違いでなければ流行りのアニメの人外キャラだ。
そしてその傍らには……
「あ、ああーーーあーーーーー」
思わず立ち上がって夏美が叫んだ。
その、巨大な人外の、傍らに、制服姿の、キングを見つけたからだ。
「な、夏美ちゃん……?」
びっくりしたように高瀬が夏美の名前を呼ぶ。
「先輩、ごめん、なさい……!!!」
夏美はまようことなく、後ろのロッカーから自分の鞄を取り出し、(クラス写真をとろうと思っていた)自分の一眼レフを構えると二人に突進する。
「写真とらせてくださいーーー!!!!!」
キングの! 女子制服姿! 貴重!!
普段のイベントだと他のカメラも集まってしまって撮れない彼女が、教室の中にいて取り放題。
しかも人外仮装の中身は夏美もよく知るキングの相方さんのようで、すました顔で(顔は見えないが)ポーズ指定にも答えてくれる。
息も荒くシャッターを押し続けていると、近くに来た高瀬が言う。
「えっと……」
ハッと夏美も気づいたが、時すでに遅し。もはや言い訳の余地もなし。
「好きなのーーーこういうのめっちゃ好きなのーーーー」
えーん、と言いながら、夏美はその実反省する気持ちは一切なく、ただ、嫌われてしまっていたら、めっっちゃ悲しいな、とは思った。思っても、やめられないわけだけれど。
「えーと……」
高瀬はちょっと考えながら、おずおずと夏美に言う。
「僕も、とろうか?」
え、としゃがみ込んだまま高瀬を見上げると。
「……一緒に、写真……」
使い方よくわかんないけど、と言われたので。
「先輩もめっちゃ好き!!!!!」
思わず言ってしまった。
ちょっと照れてた。可愛いかった。
結局キング達は教室には入ってきたけれど、朱葉の行方を聞いて、早々に出て行ってしまった。
「朱葉ちゃんって、仲良いって言ってた、友達だっけ」
お茶を飲みながら、高瀬が言う。
「教室にはいないの?」
「あー、えーっと……」
漫研につれていくつもりは、最初は無かったのだけれど。
「あとで、紹介、します」
ゆっくり、ちょっとずつ。
自分のことも知ってもらおうと、夏美は思った。
次くらいで終わるのかな…????