100 文化祭編 序
慣れない仕草で朝から髪をまとめて、朱葉は家を出た。
天気は秋晴れとはいかなかったけれど、それでも今日は雨も強くはならなそうだ。
教室についたらとりあえず更衣室に割りふられた教室に。ハロウィンが近いこともあって、念入りな仮装をするクラスもあるらしい。
朱葉のクラスは、既製品だけど揃いのチャイナ服で、着替えて部室に向かったら「センパイ可愛いです!」と咲に拍手された。
「どうもありがとね。咲ちゃん今日はよろしく」
「はい! よろしくお願いいたします!」
「じゃあちょっとクラスの方を済ませてくるからね~」
いってらっしゃーい、と咲に見送られて、朱葉は教室に向かった。
「ようこそ、華占茶房へ!」
教室は簡単な飾り付けではあったが、BGMとお香で雰囲気づくりに成功していた。
飾られたメニューやポスターも朱葉がデザインしたものだ。自分でも、働きすぎじゃない? と思わなくともないけれど。
(少なくとも、悪い働きじゃない)
そんな風に自分で自分を褒めた。同人誌もそうだけれど、そういうのは、得意だ。
「おっはよ~委員長」
現れた都築は同じチャイナ服に身を包んでいるのに、一瞬ぎょっとするほどエキゾチックさを感じた。
ほどよくやけた肌のエキゾチックなメイクのせいなのだろうか。調子にのってフェイスベールまで与えたやつは誰だ、と心の中で思う。
またひとりで人気を出しそうだった。
「これ、どうぞ~❤」
小さなカードのようなものを、裏返されて選ぶように指示された。
「なに? これ」
「ん、フォーチュンクッキーの、クッキーなし」
「??」
わからぬままに一枚とれば、シール用紙に印刷されていたのは、華占茶房という店の名前に、なぜかハートの8の印。
「胸元に貼ってよね!」
近くの女子に説明を聞けば、どうやら茶房の目玉商品らしい。「恋知るフォーチュンクッキー」と銘打たれたメニューを頼むと、クッキーと一緒にこのフォーチュンナンバーが出されるのだという。文字はトランプの種類だけあり、同じフォーチュンナンバーを胸元につけているのが運命の人……という趣向なんだそうだ。
いい加減な運命である。けれど。
(運命は作れる)
らしいしな、と朱葉も思った。ちなみにサクラとしてクラスの人間は先にナンバーを引かされて、胸元につけて校内を歩く。宣伝も兼ねているのだから、よく出来ていると褒めるべきなのか、どうなのか。
教室内には喫茶スペースの他に、仕切りがつくられ占いブースもつくられていた。なにはともあれ、占い師の都築が本日の主役だろう、と朱葉は思っていたけれど。
わっと廊下で、人の沸く気配がした。
「お前ら、準備出来てるかー!」
そのざわめきを背中にしょって、現れたのは担任である桐生和人。そのはず、だったのだけれど。
「せ、先生ーーーーーーーーーーーーーーーーーーー!!!??」
教室中から歓声があがった。桐生は、いつものクールな生物教師ではなく、かといってオフのオタクルックではなく……ウィッグまで完全ばっちりの、派手なゴシック中華服で現れたのだった。
❤
お前生徒にまでやらせておいて自分は安全圏なんてそりゃないんじゃねえの?
と桐生に言ったのは、桐生の友人である秋尾、その人だった。
なんとなくこうなることはわかっていたのだ。わかっていて秋尾に相談したのだけれど。
「まあまあっかな~」
当日朝から学校まで車で衣装とメイク道具一式を出前して、車内で桐生のセッティングをしてくれた秋尾が鼻歌交じりにそんなことを言った。
始まる前からちょっと疲れている桐生に、
「じゃあ俺は、これからキングを迎えに行って出直してきま~す」
と秋尾が言うので。
「ホントに来るのか……」
桐生がため息まじりに言う。
「だってうちのキングが来たいっていうのでね」
朱葉ちゃんの最後の文化祭だろ。お前はどうでもいいけど、と秋尾。
桐生はため息をついて、
「お衣装は控えめにお願いします」
とせめてものお願いを告げる。
「どうしようかねぇ」
お祭りだしね、とうきうきした様子の秋尾に。
「……うちのクラス、超絶手の早い男子がいるからな。ちょっかいだされても、困るだろう」
キングがさ、とそう釘を刺すと。秋尾はにやりと笑って。
「へぇ。そういう悪い芽は、率先して摘んでおかなきゃな」
と大人げのない返事。(それが困るんだよ)と桐生は心の中で罵倒したけれど、上から下までセッティングしてもらった手前、強くは言えない。
せっかくの文化祭だ。成功して欲しいとは思っているのだ。……こんな格好をしてまで。
職員室にいくと、先生方からはちょっと呆れた目で見られたけれど、そこはまあ、祭りということで許して欲しいと桐生は思う。「若い先生は大変ねぇ」なんて、その程度の認識で終わってくれるなら御の字だ。
それから教室に行くまでも、行ってからも、生徒には大反響だった。個人的には、今日一番気合いをいれていたであろう、都築の、鳩が豆鉄砲をくらったような顔を見られたので、かなり、気が済んだ。
それから大騒ぎをしている生徒達に、桐生が言う。
「誰か、ダンボールでいいから手持ちの看板つくって。持って歩けるやつ」
最後尾ここです、みたいなやつ、と言いかけて、やめた。
いけないいけない。それは違う祭りである。
「あ、じゃあわたしが……」
すぐさま近くのダンボールを手に持ち始めた朱葉を、桐生が手を伸ばして止める。
「早乙女くんは、いいよ」
部活の方もあるでしょう、と。
任せておくと、どんどん仕事をやってしまう子なのだ。結局負担ばかりが増えてしまう。手が早くて、優秀なのも、考え物だ。
「ええとじゃあ……誰かに頼んで来ます。サイズこの辺でいいですか? ええと、先生の背丈がこうだから……」
ちょっと背をのばしてサイズ感を見る朱葉が、何やらしみじみと告げた。
「先生、綺麗ですね」
特に、嬉しい言葉ではなかったけれど。桐生はチャイナ服を着て珍しく髪をまとめた朱葉と、その胸元のハートの8を、ちょっとだけ見て。
「──君もね。似合うよ」
そう、ひとりにだけ聞こえるように小さく告げて。
「さあ、はじめるぞー!」
それから朱葉の顔は見ず、振り返ってクラスに言った。
祭りが、はじまる。
おわるわけねーーーーーーーーーーーーーだろ!!!!ばーかばーか!
これをもって100話、そして本日、連載一周年でした!!
本当にありがとうございます!
そしてこれからも、腐男子先生!!!!!をよろしくお願いいたします!!!