三つ巴の争い
「…あの、これって何処に向かってるわけ?」
「何処って…ジャガバターの屋台だろ?ちゃんと謝りに行かなきゃダメだ」
「なんでよ!許してくれなかったら私捕まっちゃうじゃないの!」
「そりゃそうだろ。お前が悪い事したんだからよ」
「お前って言わないで!キャンナお嬢とお呼び!」
猫女と狼男の醜い言い争いも、祭りの盛り上がりに飲まれていく。
「うるさいぞ獣共。これから俺たちが向かうのは"街の外"だ。だが、その前に森に戻り男の料理の主食材となるドングリをだな」
パーポーパーポーパーポーパーポー
カラフルな祭りの景色には似つかわしくない真っ黒な車が、全ての音をかき消す程のサイレンを鳴らしながら現れた。
先ほどまでの平和な雰囲気は見る影もない。
黒い車から、黒服の男達が降りてくる。
「あーあー」キーン
「えー皆様、ただ今、このスタンストリートにおいて、熊が現れたとの通報が入りました。祭りの最中ではございますが、森から離れた場所への避難をお願い致します。」
「ほう、熊か」ニヤッ
「なにやり合う気マンマンの顔してんだよガルー!警察に見つかったら終わりだぞ。ジャガバターは捨て難いが、さっさと街の外に行こう」
「そうよ、はやく行きましょ」
カミオ達が逃げるように立ち去ろうとした時、1人の男が声をかけてくる。
「ちょっといいかな君たち…?」
声をかけてきた男は警官だった。
が、金髪で顔には傷、決して小さくはないカミオとガルーを見下ろす体躯。その風貌は、とても普通の警官には見えない。
たじろぐカミオを尻目に、ガルーが応答する。
「どうかしましたか…?熊が怖いので、速く行きたいのですが」
「ええ、それは申し訳ないが、いくつか質問をいいかな?」
「まず、熊が怖いにしてはやけに冷静だな。本当に怖いのか?それと、私は人より鼻がいいのが自慢でね…君たちからは獣の匂いがプンプンするんだが、沢山のペットでも飼っているのかな?」
ガルーが何を思ったのかニヤッとした。
そして数秒の沈黙の後、口を開く。
「フフフ…なかなかに鋭い刑事さんだな。もう気づいてるんだろ?俺たちは人間じゃねえ。世間で言われてる獣人って奴だ」
「バレちまったら仕方ねえ。だが、どうするよ刑事さん。まだ大勢の人が逃げていて混雑しているこの場所で、俺たちを取り囲むことはできねえ。この混乱に乗じて逃げさせてもらうぜ」
そういうと、カミオとキャンナを無理やり引っ張ってガルーは逃げ出す。そこに、金髪の警官が言い放つ。
「逃げるのか獣共」
「…あァ?」
ガルーは足を止める。
「逃げるのかと言っているんだカンガルー人間」
「その言葉、後悔するなよパツキン野郎」
「おい、お前ら先に街の外へ言っとけ」
ガルーはそう言うと、2人を残し金髪の方へ戻っていく。
「おいガルー!何やってんだ!早く来いよ!」
「…戻りそうに無いわね。もうちょっと賢い人だと思ったけど、呆れたわ」
「私たちはどうする?カミオ」
「まあ、あいつなら大丈夫だろ。先に行こうぜ」
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ガルーと金髪が睨み合う。
ガルーが先に口を開く。
「お前、ただの警官じゃねえな。あのまま逃げても、アイツらに被害が出る。悪いがここで止めさせて貰うぞ」
「フン、お前もただの獣じゃないらしい。だが、闘いに集中できていないな何処を見ている」
「いや、後ろを見てみろキンパツ」
金髪の後ろ側から、大型の熊の群れが近づいていた。
自然に感謝するお祭りの最中であっても、そんなことは動物達には関係の無いことだ。
食べ物が無くなれば、人のいる場所へ降りてくる。それだけの話なのだ。
「なんだありゃあ…」
金髪は頭をポリポリかきながら言った。
そして、周りにいる警官達に声をかける。
「おい、一般人の避難は終わったか」
「はい!完了しております」
「よし、これより、熊の掃討へと移る。熊共を街の奥へは通させるな。それと、そこのカンガルーもな。」
「はッ!」
大勢の熊、10匹くらいいるだろうか。それと、10名ほどの警察官が相対する。
相手は人間ではない。もちろん話し合いが出来るはずもない。
熊達は、警官達の10m手前ほどまでくると、ピタリと動きを止めた。こちらの様子を伺うように、前をじっと見つめている。
警官は熊を牽制しつつも、ガルーを取り囲む。
「おい、金髪のおっさん。おれを見張るのはいいが、この人数であの熊達を相手するのはキツイんじゃないか?おれを逃がしてくれるなら、加勢してやってもいいんだぜ?」
金髪がニヤニヤしながら応答する。
「フン、その心配はないよカンガルーくん。じきに応援が来る。それと、我々の内私を含めた5名は、ただの警官じゃない。」
そうこうしている内に、熊達は進行を開始した。
さっきまでの慎重さとは打って変わって、一気に、一直線に突き進んでくる。
10匹の進撃する猛獣の前に立ちはだかったのは、4名の警官だった。
1人は、2丁の拳銃を巧みに操り。
1人は、巨大なカノン砲をぶっ放ち。
1人は、真っ向から殴り合い。
1人は、火炎放射器で焼き払う。
10匹の猛獣達を、たった4名の警官が返り討ちにしていく。
「フン、どうだカンガルー坊主。こんな熊如き、応援を呼ぶまでもないようだハッハッハ!!!」
「確かに、なかなかやるなぁお前ら」ニヤァ
笑みを浮かべたガルーだったが、内心は困惑していた。
適当に相手して、この混乱に乗じて逃げようと思ったが、まさかこの熊達相手にここまでやるとは、どうやって逃げる?
警察とやり合いたくはないが、捕まるよりはましか…。
カミオ達が無事街の外に逃げれているといいが…。
----ガルルルル…
「ちょっと!この熊なんとかしてよカミオ!」
「んなこと言われても、怖ェよ!無理だよ!」
「この意気地無し!そんな見た目のくせに、役立たず!」
ガルーの祈りも虚しく、カミオ達の前には、熊が立ちはだかっていた。
くそ、どうする…目の前にはおれの背丈も超える熊一匹…
1人ならなんとか逃げれそうだが、キャンナも一緒となると、どうすればいい…
ガルルルル!!!
熊は今にも襲いかからんとこちらを鋭く睨む。
深く考えている時間はない。
「おい、キャンナ!逃げろ!」
「こいつは俺が抑える」
あぁ、言っちまったァ…
女の子がいる手前、いい所見せようとして言っちまった…
まあ、いい。他の人の為にこの命を使えるなら本望だ。
「あ、そう?ありがとうねカミオ♪」ヒューン
キャンナは物凄い速さで逃げ出した。
「逃げろとは言ったけどなんだあの軽さは!ありがとう♪じゃねえよ!めっちゃ腹立ってきた!あいつの、あの泥棒猫の口からちゃんとした感謝の言葉を聞くまではおれは死ねねェ!いや、死なねェぞ!覚悟しろよ熊!今のおれは最高に危ねe」
ドン!
熊の一撃がカミオにクリーンヒットした。
強烈な一撃だったが、思ったより大したことはなかった。
ん?なんだこの熊手を抜いたのか?そんな訳ないか。このくらいなら全然いけるぞ!ガルーの拳骨の方が何倍も痛ェ!
ガルー…?
そうか、ガルーとの地獄の修行を思い出せ俺!
自分の身は自分で守れるように、ガルーにおれはみっちり鍛えられたんだ。こんな熊如きにやられてたまるか!
「こいよクマァ!!!」
熊が再び襲いかかる。
ガルーの言葉を思い出せ…
「攻撃の瞬間、どんな奴でも、予備動作がある。ちゃんと相手の動きを見れば、避ける事はそう難しくない。」
熊が右の拳を振り上げた。それを冷静に見て、躱す。
「避けてるだけでは、相手には勝てない。ただ、弱い攻撃でも相手は倒せない。」
「腰に体重を乗せ、素早く腰を回す!足先から拳の先へ力を伝達させて、放つ!」
カミオの一撃は、熊の顔面を捉えた。
熊は一瞬動きを止めると、その巨体は地面へと倒れ込んだ。
「……よっしゃあ!おれの勝ちだ!ざまあみろ!」
憔悴したカミオもその場に倒れ込んだ。
ガルーと出会ったばかりのあの頃の自分とは、今は違うのだと、カミオは実感した。
どんな困難が待ち受けていたとしても、それを切り開く力が自分にはあるのだと思えた瞬間だった。
これから続く長い旅。自分が何者なのか、何故こうなったのか。それを解き明かすこの果てしない旅に感じていた不安感も、少しばかり薄れていった。