酒場 -heartick-
茶色の獣に連れられるがまま、後ろについて歩いた。
しばらく歩くと、お洒落な酒場に辿りついた。
カランコローン
「ん?ペットならもう大きいのがいるから間に合ってるぞ」
髭を蓄えたサングラスの男がカウンターの向こうでコップを磨きながら呟いた。
「うるせえよ。俺が飼うんだ。ペットのペットだな」
茶色の獣とサングラスの男が微笑み合う。
さっき言ってた知り合いの人だろうか。見た感じこの人がこの酒場のマスターだろう。
お客さんは全くいないが。
マスターが話しかける。
「おい。そこの狼男。名前は覚えてるか?」
俺は人間としてこの街で過ごしていた記憶は、曖昧だが思い出し始めていた。しかし、自分の名前までは思い出せなかった。
口を開かずにいると、マスターが続けて話始めた。
「俺の名前は"トト"。そこにいる茶色の奴は"タイク"だ」
食い気味に茶色が言う。
「今は"ガルー"だ。その名を呼ぶなトト」
トトは呆れた顔をして、またコップを磨き始めた。
少しの沈黙の後、タイク、いや、ガルーが言った。
「多分名前はそう簡単には思い出せないだろうな。俺も、トトの奴に聞くまで、名前は思い出せなかった。俺が名前つけてやるよ」
ガルーは微笑みながら、まじまじと俺を見る。
目の前のガルーを俺もよーく見てると、なんだか笑えてきた。
動物が表情豊かだとこんなにも面白い。
そしてもう一つ気づいた。この形。ガルーはカンガルーだ。
カンガルーだから、ガルー………
更に大きな笑いが込み上げてきた。
「はっはっはっ!!!」
「なんだよ。突然笑いやがって。脳みそまで獣になっちまったか」
「お前の名前は今日から"カミオ"だ。狼男のカミオ。いい名前だろう?」
ガルーは得意気に言い放った。
頭が獣になってるのはどっちだ。
狼男のカミオ……なんてネーミングセンスの無さだ。
「ダサ…」
とっさに口にしてしまった。
「ダサいだァ!! この糞ガキがァ!!!」
ガルーが吠えたその一瞬、目の前に拳が飛んでくる。
頭の処理が追いつく間もなく、その拳は顔面に命中した。
身体が吹き飛ぶ。壁に激突する。
「俺の店で暴れんなァ!!獣共!!!」
トトが激昴する。
身体には激痛が走った。
でも、ずっと胸の奥にあった痛みが、すっと消えていった気がした。