第三話
「先輩、僕らはどうして戦っているんでしょうか」
駐屯地の食堂、硬い椅子の上。カブは隣に座る兵士、アラン・クロワに聞く。
アランは少し考え、
「俺は、戦う意味なんてもんはないんじゃないか、って思うんだよ」
アランはカブが面と向かって話せる数少ない兵士の一人だ。それは彼が、輸送機乗りであるカブよりも死ぬ可能性がはるかに少ない情報科という特殊な部署に属しているからで、そうでもなければカブは話しかける以前に近づかない。
アランは続ける。
「だって、そう簡単にこの戦争が終わったとしたら、俺らは何も無駄に血を流す必要なんてないだろう?それに、仲間の死も無駄になっちまう。戦争が起きればどこかのじいさんが私腹を肥やして、どこかの国が豊かになる。もっぱら、それは俺らに関係無いことだがな」
そこでアランは一度言葉を区切り、
「まあ、小隊のことは残念だった。あれに関しては俺にも少し責任がある。着陸地点を指示したのは他でもない情報科だし、」
何か続けようとしたアランの言葉をカブが遮った。
「もういいんです、先輩。結局のところ、数ある着陸地点候補のなかであの場所を選んだのは僕ですし、死んでしまった彼等のことを考えても彼等が浮かばれないだけです」
カブがあの小隊をヘリから降ろし、上昇していったその数分後、小隊は全滅した。近くに、敵兵のゲリラが潜伏していたらしい。その事でカブは責任を感じていた。
もちろんカブには他に任務があり、物資を補給したり兵員を輸送していたりしていたから、彼等が死んだことに気づく余地もなかった。
兵士の死などは、その作戦において推測される軍の損害に過ぎず、数字に書き起こされる戦死者数は死んでいった兵士の人生を表すことができない。
「現代戦っていうものはな、そういうもんなんだよ、カブ」
アランがいう。
「俺もこっちに飛ばされる前は前線で血を流す兵士だったんだよ。でもな、あるときな。いいかカブ、何があっても絶対にそのお前がつけてる眼鏡、コンバットグラスをはずすんじゃないぞ」
アランは兵士全員に支給されるコンバットグラスを指で差し示しながらいう。彼はそれを目の前に持ってこずに頭の位置でホールドしていた。
「それは中華産だってばかにしちゃいけない。それにはな、前線で戦う兵士がPTSDを起こさないように、心的外傷性のある映像は写らないようになってるんだ」
カブはアランが何を言っているのかわからなかった。ぼくにはわからない、といった顔をカブは浮かべていたので、アランは分かりやすいように余計な言葉をカットして教えてくれた。
「もし、兵士が仲間の死を目の当たりにしたとする。それはどんな光景か?
決まってる、敵の小銃弾によって脳漿が炸裂して、辺りに肉片が飛び散ってるひでえ光景だ。本当ならそれを瞬時に心的外傷性のある場面だ、ってコンバットグラスが判断して、仲間が死んだ場所に戦闘情報だとか不透明のヘッドアップディスプレイを置く。そうすることで仲間の肉片は見ないようにできるからな。まあお前も経験があるだろう。勝手にヘリの機体情報が視界を縦横無尽に駆け回っているところ、あれは実はその度に誰かが死んでいるんだよ」
道理でひとの死体を見ないわけだ。それはこの優秀な眼鏡が隠していたのだ。
「本当は、そうなるはずだったんだよ。
俺は、見ちまった。さっきまで一緒に戦ってた分隊長が、援護兵が、偵察兵が、そして、俺の親友だったあいつがただの肉の塊になっちまうところを」
アランの目線が下を向く。そこには、配給されてから手をつけていない今夜の献立のハンバーグがあった。
「眼鏡が吹き飛んだんだ。敵の投げたグレネードのせいでな。それで、顔を上げたらーそこは路地だったんだがなー壁一面に戦友だった肉塊がこびりついてた」
そんな話を。アランは苦笑いしながら武勇伝として語っている。まるで自分の不幸を自慢する小学生のように。
「以来、俺は肉が食べれなくなり、後方支援の情報科に回されちまったわけよ。
ん?話の落ちとしては少しパンチが弱かったかな?どうだカブ?今の俺の話し方は。
そうそう、このハンバーグお前にやるよ。どうせ俺は食えねーしな」
アランはハンバーグの入った皿を滑らせてカブの許に差し出すと、立ち上がりじゃあな、と言った。
カブはそれにさようなら、と返し目の前のハンバーグに取りかかった。
明後日には要所奪還を懸けた大事な作戦が待っている。