カブに出来る事
悲鳴も、怒号も、銃声も、仲間の助けを求める声さえ届かない遥か上空。空気の薄いそこが、カブ·シラヌイの居場所だ。
全てがガラス越しに映る世界。兵員輸送ヘリのコックピットに座っていれば、地獄を見ることはない。死んでゆく仲間の姿もまた同様。
西日本解放前線は地獄だ。人は地獄を知らないからそう比喩する。でももし地獄が本当に存在するのなら、ここよりかはずっとひどいところだろうとカブは思う。なんせ地獄だもの。地獄を人間がこの世に創りだしていいわけがない。もしあるとしたら自分の心の中にあるだろう、と皮肉屋のカブは考えていた。
カブの目に映る地獄は恐ろしく近く、けれど遠かった。
カブは兵員輸送ヘリのパイロットでしかない。アパッチにも、リトルバードにも乗ったことがない国立のパイロット養成所を卒業したばかりの経験の浅い輸送機乗りである。
だからこそカブは人の死というものに慣れていなかった。カブは何度も修羅場をくぐり抜けてきた歴戦の兵士ではない。仲間が死にすぎて心が麻痺してしまった人間ではない。親しい人の死など経験したことがないに値する人間だから、カブは戦場で仲間を作ることを嫌った。
カブの周囲にいる奴らはいつ死んだっておかしくない状況に置かれているのだから。兵員輸送ヘリパイロットという兵科上、前線で戦う彼らに比べて、死ぬ可能性が格段に低いカブは、駐屯地の廊下ですれ違っても、死んでしまうかもしれない作戦任務に送り出すときも、彼らとは一度も目を合わせようとはしなかった。ある程度の関係を作るためには、それが崩れたときのことも考えておかなければならない。
仲間を出来る限り無視すること。
それが、今のところカブ·シラヌイに出来る全てだった。
そして今日もカブは仲間を戦場に連れて行く。実際カブの後ろには一個小隊が乗りあわせている。面識ないが、それぞれ大事に思っている人がいるだろう。場合によれば子供だっているかもしれない。
今からぼくはあなたがたの大事な人を地獄に連れて行きます。
カブは彼らをなるべく見ないようにしながら、開けた、障害がなく周りに敵兵がいない場所に着陸を試みる。
メインロータが低く呻り回転数を下げていく。人工的に作られた突風のせいで着陸地点にあった枯れ葉がまき上げられ、フロントガラスを叩く。