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赫い兎  作者: 神楽千沙
3/3

記憶。

久しぶりに夢を見た。


小さい頃からずっと、“夢を見た”と思えば、80%はこの夢だった。

見覚えの無い場所。いや、あった・・・かもしれない。

そんな曖昧な記憶の中で鮮明に鮮やかな緑が映し出される。

光が交差するその場所。

風が吹くたびに光の当たる場所が変わる。

薄い乾燥した葉がカサカサ、サワサワと鳴り、涼しげな所だった。

上を見上げれば澄んだ青空が広がり、小鳥が高く鳴きながら天空を舞う。

だが。

自分はそこにしゃがみこんで、何が哀しいのか・・いつも泣いていた。

漆黒の長い髪を惜しみもせずに地にたらして。

泣いている自分の中には“哀しい”という感情と、ある言葉が渦巻く。

涙で潤んだ瞳に人影がちらついた。


自分は、口を開いて何か言葉を発しようとする。




「――・・・・・ッ・・!!!」


漆黒の黒髪を短髪にした少年・・いや、少女は荒く呼吸しながら上半身を勢いよく起こし、片手で汗でしっとりと濡れた前髪をかき上げていた。

その血色ちいろの瞳は少し歪められている。

ゆっくりと乱れた呼吸を整える。

そして、ため息をついた。


いつも、ここで目が覚める。

夢の中で自分は何を言おうとしていたのだろうか。

夢の中で誰を見たのか。

何処に居たのか。

・・分からない。

でも、何年も同じ夢を度々見ているのだから、段々分からないままにするのも慣れてきた。

最初は同じ夢を見続けるのには何かわけがあるのかと、深く考えたりもしていたが、幾ら考えても分からないものは分からないのだ。


「風呂・・・はいらないと・・。」

少女はシャツの (女らしさのかけらも無い)胸元をつまんだ。

シャツは汗でベタっとしていて、大変気持ちの良いものではない。

風呂というと、昨日無理やり舞華に風呂に押し込められた(?)事を思い出した。

そしてまたため息をつく。

落ち着いて周りを見渡すと、閉められたドアのすぐ前に自分が昨日着ていた衣服が在るのに気がついた。

きっと舞華か誰かが洗濯して持ってきてくれたのだろう。

ふと視線を横にやると、そこには使い込まれた日本刀があった。手に届く位置にあったので手に取ると、 カチャリ。 という音がした。

少し鞘から刀を抜いた。血は付いていない。

刃の側面をそっと指でなぞる。

血も何もかも昨日の記憶もこの刀と共にあった。

人の命を、多分・・沢山奪った事も、実感が無い。

刀を鞘におさめると、最後にチンッ。という鉄が触れる音がした。


無意識のうちに手が体をさする。


「・・寒っ・。」


朝の冷え込みをこの時初めて感じた。




+++++++++++++++++++++++++++++++++


「あ、うさちゃん。おはよー。」

舞華がひらひらと手を振る。

今日はワイン色のドレスではなく、普通のジーパンと上着、それにプラチナの長い髪は上に高く結い上げていて、とても身軽な格好でいる。

少女・・赫夜かぐやはその発言に何か言いたげだったが、何も言わずに軽く手を上に上げた。

赫夜の今日の格好はというと、相変わらず黒と白で統一された服装だった。

いまさらだが、赫夜は16歳という年齢にしては結構小さいほうだ。

人ごみの中に居ると、見つからない事がよくあるのだが。


赫夜が集合室に来たとき、既に赫夜以外は暖かい暖炉の近くに集まっていた。

その中には、昨日赫夜が会った相変わらずパソコンをいじっている“糸村いとむら 雅明まさあき”や本を静かに読んでいる“時化ときか せつ”の姿もあった。

「おはようございます、うさぎ。といっても・・もう10時ですが。」

雪が本から視線を外し、うさぎ・・もとい、赫夜を見る。

「おそようさん。・・ちと寝坊だな。」

雅明がコーヒーの入ったマグカップに口をつけながら言った。

その瞬間『あちっ!!』という小さい悲鳴をあげる。

確かに『お早う』という時間帯ではないような気がする。後二時間もすれば正午なのだから。言うならばこの時間帯は『おそよう』の方が正しい。


「・・・うーん、とりあえず。『おはよう』と言っとくことにするよ。  ・・・・・あれ。二人とも・・帰ってきてたんだ?」

赫夜は三人の向こう側にいる2人の人間に視線を向ける。

「そうなのよー。二人とも、うさちゃんが寝てる間に仕事を済ませて帰ってきたのよ。仕事は上手くいったのよね?」

舞華が二人に尋ねる。

と、背の高い方が頷いた。続いて小さいほうも頷く。

「俺達はうさぎのようにあんなにも早く仕事を終わらせられなかったからな。」

背の高い男の方は、そう言った。

灰色の髪の、しかし年若い男だ。同じく灰色の瞳には石のような揺るがない意志があるようだった。このグループただ一人の堅物だ。

「そうそう。なんであんなに早いのかな・・・。まぁ、あたしたちは距離もあったんだけど。うさぎちゃんの仕事は・・昨日の仕事の中で一番人数も多かったし、難易度も高かったのに。」

その横に居た背の小さいほう・・ (赫夜よりは背が少し高いが) はそう言うとにこりと笑った。

その笑顔は誰もが可憐だと思うような花が咲いたような笑顔だった。

舞華とはまた違う美しさの持ち主。

少しつり目の大きな瞳に白い肌。

それとは対照的な朱色の炎を連想させる明るく長い髪は上へまとめられ、頭の上で左右に団子を作っていた。余った髪が下に垂れる。赤い生地に金の刺繍が入ったチャイナ服のような服を着ていて、いかにも中華娘という感じの出で立ちだ。


その時、雅明が『うっ。』と青白い顔をして口元を手で押さえた。

「お前・・そんな事して気持ち悪くないのかよ・・お前本当は・・・おと・・・・   ・・ゴファッ!!!」

一同の顔の向きが右から左へ流れた。

その後、けたたましい音がして砂煙が舞う。


「死んだな。」

誰かが言った。

「・・禁句を・・」

「ソファーが・・。」



・・・・雅明の姿は、そこに無かった。あるのは愛用していたパソコンと床に落ちている斜めにヒビが入った眼鏡。

その眼鏡もグシャリと細く白い足を包んだ靴に無残にも踏み潰される。


「雅明ちゃん。女の子に『気持ち悪い』なんて・・言っちゃだめなんだよ♪  あたし・・傷ついちゃったな。」

そう言って可憐な笑みを浮かべる。


「・・・・・・・。」

返事は無かった。


「あれ・・?雅明ちゃんお休み中みたい。 残念だな・・。あたし・・・・雅明ちゃんと色んなお話ししたかったのに(・・・・・・・・・・)。」

そう悲しそうに言ってみせるも、一部始終を見ていた他の者にその悲しさが伝わるはずもなくその場に冷たい空気が流れた。

パリンッ

足の下にある眼鏡をさらに踏みにじったのか、ガラスが割れた音がした。


「ね・・ねぇ。部屋が壊れちゃうからそこらへんにしときなさいね、亜朱あしゅ。」

「うーん・・・わかった・・。」

舞華は優しくなだめる。

『亜朱』と呼ばれた中華娘(?)はしぶしぶと足を眼鏡からどけた。その下にあった黒縁の眼鏡は容赦なくプレスされており、使用不可能な状態になっていた。


「でも」

亜朱が顔の前で指を一本立て、チッチッとでも言うように振った。

「一応皆にも言っとくけどぉ・・。あたしは女の子♪だからね??キミらも分かってるよね〜? うふっ。 雪、巳影みかげ♪」

亜朱はまんべんの笑みを浮かべた。

この笑みが意味するものは「お前らもこんな風になるゾ☆」という脅しである。

それに対し、巳影みかげと呼ばれた灰色の髪の男は少し寒気を感じながらも黙って頷いた。

雪は紅茶を飲みながら、同じくまんべんの笑みで答えてみせる。

これも解読してみると、「やれるもんならやってみろ」である。

二人の間で一瞬火花が散ったのが見えた気がした。


「さて、これで皆そろいましたね。」

雪は紅茶のカップをゆっくりと机に置きながら言った。

肘を置き、指を組む。

そこに居る人の注意が一点に集まる。


「さて、今日の仕事ですが・・・・」

「待った。」

誰かが雪の言葉を遮った。

「どうしたのですか?  うさぎ。」

「アレ・・雅明どうすんの?」

うさぎ・・赫夜は部屋の奥のソファーがひっくりかえり、少し壁が壊れている所を指差した。そしてそこには横たわる人間(?)が。


「あー・・。どうしましょうかね。」

雪はため息をつく。

「死んだんじゃないの?   ・・あ、これ美味しい。」

亜朱は紅茶をくいっと飲み干した。


「ほうって置きますか?」

「うん。それでいいじゃん。」

「まぁ亜朱に殴られて死の淵をさまよう・・なんていつもの事だし死んじゃいないと思うけど・・。」

「・・・・。」

「僕さ、あとで一から説明するの面倒くさいんだけど?」

赫夜は一言そう言った。すると、雪はふうっとため息をついた。


「仕方ありませんね・・。彼には情報収集などやって頂いていますし。情報が無いと私達も動けませんしね・・・。    コレあんまりやりたくないんですけど。」

雪は立ち上がって雅明の所まで歩いていった。

雪の右手が仄かに青白い光を放っているのが分かる。

倒れている人間の前に来た。

そして右手をかざす。

その瞬間、雪の右目の瞳孔が縦に裂けるように開く。その目は赤く、恐ろしいモノだった。

ドクン…。  鼓動が聞こえた気がした。

青白い光が雅明の体を包む。

雪はそれを赤い目で静かに見つめていたが一定時間すぎると目を閉じ、青白い光を振り切るように右手を振った。


「これで・・いいでしょう。」

雪はため息をつく。彼が目を開いたとき、目は元の澄んだ青色に戻っていた。

「いっつも思うけど・・雪のソレ・・すごいわよね。」

「なんていうか・・綺麗だよねっ。」

舞華と亜朱が目をキラキラさせている。

それを見て雪はまたため息をついた。

「見せ物じゃないんですよ。  こういうのは一番体力使うんですよ・・。亜朱。私の身にもなってこれ以上雅明を半殺しにしないで下さいね。」

雪はうっとうしそうにそう言ったが亜朱はまったく反省していないようだ。

「じゃぁ、殺しちゃうんだったらいいんだ?」と屁理屈を言っている。

それを聞いて雪は「後片付けは自分でやって下さいね」とまで言っていた。これほどカワイソウな仕打ちがあるのか・・。舞華は内心そう思った。


一方赫夜の方は雅明の頬をペシペシと叩いていた。

「ん・・・・イテッ・・どうなってんだ・・?」

「起きろ。」

「え?・・うさぎ?」

「起きろって言ってるんだよ。今日の仕事の話聞かないといけないんだからさ。」

赫夜は淡々とそう告げた。

すると、雅明は「わかったよ」と言って手で床を何かを探すように動かす。

「何探してんの?」

「あー・・眼鏡・・。 あいつ・・亜朱にぶっ飛ばされたときどっかに・・・。」

そう言う雅明を見て赫夜はため息をつく。

「こっちだよ。」

「え?ちょっ・・!?」

赫夜に服の裾をひっぱられ、無理やり立たされる。

何歩か歩いた先には。

「コレだよ。」

赫夜は雅明の目には黒い塊にしか見えない元眼鏡の前で止まった。

「え・・?コレ・・?眼鏡・・じゃなさそうだけど。」

「・・・・まぁ、・・今は“眼鏡”では無いね。」

そう言う赫夜の横で雅明はがっくりと膝をついてうなだれ、震える手で黒い塊に触れていた。


その場を立ち去る赫夜の後ろで『NO―――――!!!』と叫ぶ声がしていた。

そして赫夜はため息をつく。

「ねぇ、あれどうにかしてよ。 ・・・・亜朱。」

赫夜が亜朱のほうを見ると、その場に居た雅明以外の全員が亜朱に視線を向けた。

亜朱は赫夜の呼びかけとその皆の視線に気づいたのか、おかわりの紅茶を淹れようとしていた手を止める。

「えー。 あたし??なんで?   …さっきのは雅明ちゃんが悪いんじゃない。 乙女のデリケートな心を傷つけた罰でしょ?」

亜朱はぷぅっと頬を膨らませる。

その言動にツッコミを入れる者は無く、一瞬冷たい空気が流れた。


「まぁ、雅明をあんなにしたのはあなたですから。」

「そうよ。まぁ・・とりあえず連れてきて。」

「うん。僕もそれに賛成。とりあえず連れてきて。」

「とりあえず連れてくればいいんじゃないか?」


四人に言われ、亜朱は言葉を無くしたのか悔しそうな顔をしている。

『なんであたしが?』という顔である。しかし言い返す言葉も無いワケで。

「…わ・・わかった! あたしが連れてこればいいんでしょ? でも絶対謝らないから。だってあれは雅明ちゃんが悪いんだもん。」

そう言いながらピョンと椅子から立ち上がり、黒い塊を前にして正座している雅明に近づく。

そして近くに来て肩に触れたとき、亜朱はビクッと触れた手を離した。


「ど・・どうしたの?」

後ろで舞華が心配そうに問う。

他の3人も不思議そうな顔をしている。

「く・・・」


「「く?」」舞華と赫夜が同時に発音した。



「く・・黒い・・ドス黒いオーラが…!!!」

亜朱は雅明から後ずさっていた。

今までこんな事何回もあったがこんな風になったのは初めてだ。

雅明の背中から黒いオーラが立ち上っているようだった。それほど雅明は落ち込んでいるのか。


「ま・・雅明・・ちゃん??」

亜朱がおそるおそる話しかけても無反応。というか何やら小声でブツブツと呟いているのが聞こえる。

「雅明ちゃん、メガネなら・・今回は特別にあたしが買ってあげるから・・。」

そう明るく話しかけても雅明は背を向けたまま、まだブツブツと何かを呟いている。

亜朱はそれに耳を傾けてみた。


ドッ!!


鈍い音がしたかと思うと、何かが宙を飛んでいた。

そしてソレは美しい放物線を描いて床へ・・・

落ちたときにゴキッと鈍い音がしたのは気のせいだろうか。


雅明がさっきまで居た場所には白く長い足を何かを蹴り上げたのか上に高く上げたまま止まっている怒りの表情をした亜朱が居た。

でもそこに雅明の姿は無い。



「・・・・・・また・・。」

誰かが呟く。

その中で盛大なため息をついたのは多分雪であろう。


「今度はどうしたの?」

赫夜はまだ怒りの表情が消えない亜朱に話しかける。

すると亜朱は『聞いてよ』と言わんばかりに話し始めた。


「雅明ちゃんってば、メガネの事で悲しんでるのかと思ったら・・・。   『昨日のオークションの時間忘れてた』・・だよ!?信じられる!?」


亜朱がビシイッと指をさすその先には明らかに手が変な方向に曲がった雅明が居た。

多分今、亜朱と雅明以外の皆の心は一つだろう。それは、 『もうどうでもいいからやめてくれ』である。


更に倒れている雅明に危害を加えようとしている亜朱の元へ誰かが、向かった。


「なっ・・何よ・・?  …巳影。」

「もうやめろ。これ以上やったら、雅明が死ぬ。」

亜朱の前に出てきたのは灰色の髪のいつもは無口な巳影みかげだった。

彼は勇敢にも亜朱と雅明の間に立ちはだかった。

「ん〜〜・・・。 …わかったよ。巳影がそういうならー。」

亜朱はしぶしぶと雅明から離れる。

これには巳影も他のメンバーも内心ホッとしたようだ。

殺されてはたまらない。

…しかも仲間になんかに。


亜朱は巳影の言う事なら聞くようだった。

多分それは2人がいつも同じ仕事をこなすペアになっているからだろう。

親友のような存在なのだ。仕事上だけれど。


この巳影と亜朱はこのチームが作られた時からペアで、感情の起伏の激しい亜朱を巳影はなんとか受け止めているようだった。

亜朱は今まで何人かとペアを組んできたが、 彼・・いや、彼女と言っておこう。 感情の起伏の激しさから上手くいかないでいた。しかし巳影が現れた事によってなんとか落ち着いたのだった。

巳影の表情は額に巻いた布で分かりにくい時もあるが、多分亜朱のことを仕事の仲間として認めているのであろう。



…仕事でのペアで言うと、

大体 巳影と亜朱のペア、普段は反発し合っているが 舞華と雅明のペアだ。

赫夜と雪については、二人とも単独行動をとっていた。

むしろこの二人のどちらかとペアになるなど、自殺行為に等しい。

間違えて殺される 何てこともあり得るかもしれないのだ。

しかし二人ともお互いにペアになりたがらなかったし、一人の方が良いようだった。

もしこの二人がペアになって二人で同じ現場にいたとしたら、確実にその場に居た二人以外の一般人は全滅する。

考えるだけでも恐ろしい話だ。

それだけ強大な力を持っていた。



「まったく・・世話が焼ける・・。」

雪は雅明の怪我を治してやっているようだった。

いや、正確には雪のやっていることは体の状態の“時間を戻す”だ。

範囲を設定して時間の一部分を故意にねじ曲げるのだからそれだけの体力と精神力が必要だ。

雪は若く見えるが疲れた様子はあまり見えない。

もしかしたら自分の体の時間を戻しているのかもしれない。


時間を操る…。

一般人には稀にしかこういう事を出来る者は現れない。

もし現れたとしても若くして死ぬか一生その能力を研究する研究者達に囲まれて研究室ですごすか、だ。

何故若くして死ぬのか?

それは時間を操る能力のせいで親に気味悪がられ、捨てられる場合があるからだ。

『悪魔だ』やら『おぉ神よ』と言いながら捨てるか、売るのだ。

・・・神にもそんな能力があっただろうに。




雪は数年前自分以外にも似たような能力を持った人間が居る事を知った。自分の担当したターゲットがある研究者で、その男を研究所で追い詰めたとき、男は大きな鉄格子の前で座り込んでいた。




男の手には、   銃があった。




しかし男は敵である雪のほうは向いていない。

鉄格子の前で、ただ、座り込んでいた。


雪は最初、この男は何をしているのかと思った。

観念したのだろうか。

まぁどっちにしろ、トドメを刺すだけだ。

雪の顔にはなんの表情も生まれなかった。

ただ、無慈悲に、任務をこなすだけ。



雪が男の背中の近くに来ると、男はビクッと身をふるわせた。

そして後ろを向く。

割れた眼鏡の奥におびえた目があった。

ヒビ割れ、血がにじんだ男の唇が微かに動く。


雪の頬に赤い液体が飛んだ。



男は



消える瞬間に、笑った。



男の命が絶えた後、赤い液体が溜まっている所から半透明の黒いひし形の石をつまみ上げた。


「任務完了・・・・。」


ふっと、男が横たわるその奥の鉄格子の中を見た。

中には、  本当に小さな子ども達が数人同じ白い服を着て、その白い服にそれぞれ赤い染みを作っていた。

そして・・・


「…死んでいる・・・・・。」


子ども達は息絶えていた。

よく見ると銃で撃たれたような傷跡だった。

男が銃を持っていたのはこのためだったのか。

そうすると、この子ども達は実験体・・・。

男は自分の実験を他の誰にも持ち出せない様にしたのか。

それが男の最期のあがきだったのだろう。

多分男は雪の事を“実験を横取りしに来た者”と思ったのに違いない。

だから自分の実験を亡き物にした。


雪はそこを立ち去ろうとしてふと、思い出した。




『素晴らしい 能力だ。』




確か男はそう言った。








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