うさぎ
ポタッ・・。
液体が落ちる音だ。
空気に触れるとすぐに固まる液体を浴びたせいか、体が重い。
衣擦れの音。
“僕”が嫌いな音だ。
耳が良すぎるっていうのもやっかいな事があるんだな。
・・ほら、また聞こえてきた。
「うさちゃぁぁぁぁぁん!!」
そこに甲高い女の声が響いた。
女は自分より小さい人物に抱きついていた。
抱きつかれた方はあまりの勢いに『うっ』とよろめく。
そして、女のボリュームのある胸が丁度顔の位置にあり、息苦しい。
それでもかまわずにその女は抱きついてくるわけで。
そればかりか、頬ずりまでされる。
女に抱きしめられている人物がぐったりしたところで、
「もうやめてやれよ。」
そんな、声が飛んだ。
その声を聞き、しぶしぶ女は身を引く。
視界がやっと広がった。今まで女の着ていたワイン色のドレスのワイン色しか視界に入ってこなかったから。
女はワイン色のドレスを着ていて、軽くウエーブがついたプラチナの豊かな髪を後ろへ長く伸ばしていた。スタイルも良く、いわゆるモデル体系。
軽い男ならその美貌とスタイルでころっと簡単に落とせるだろう。
さっき『やめてやれよ』と仲介を入れ、救ってくれた声の持ち主はパソコンを触りながら、片手でくいっと眼鏡を上げる。いわゆる眼鏡なガリベン男ってとこ?
結構女にはモテるらしい。 しかし、本人は女に興味は無い。(らしい。)かといって男にも興味は無いらしいけど。
只今、女が眼鏡男になにやら抗議していた。
「ちょっと!!雅明!!私のうさちゃんとの幸せなひと時を奪わないでくれる?? 」
「幸せなひと時って・・・。 舞華、お前が幸せなだけだろ。 ・・・それに、“私の”って何だ。“皆の”だろう? それとも何か、お前は飼い主が帰ってきたときに尻尾を振って喜ぶ犬か? ・・おかえり、うさぎ。仕事は上手くいったようだな。」
今まで舞華に抱きしめられていた、黒で全身を覆った人物・・“うさぎ”は、静かに頷いた。
「なんですってぇ〜〜!! “私の”よ!!」
もはや人権は関係ないようである。
眼鏡男の名は 糸村 雅明。年齢は24歳。
情報を集める事を得意としている。パソコンを見ていないときはあまり無いんじゃない?というぐらいパソコンオタク。
ワイン色のドレスの女の名は 薬師院 舞華。 年齢は、 ・・シークレットだってさ。
根っからのお嬢様で、高飛車な傾向がある。
苗字の『薬師院』は、先祖が薬屋だったとか。
今も舞華の父親は製薬会社を営んでいるが。
今3人が居るところは、ある洋式な屋敷の集会室のような大きい部屋だ。そこには2階に続く階段があって、その階段を使って、自由に行き来できる。
大きな暖炉があって、暖かい。
薪を入れ、火をつければ暖かくなるというような古風なものだ。
大きなソファーと、椅子が幾つか、それに、小さめの机が一つあった。
未だに言い争いは続いている。
飽きないね。と思いながら、近くのソファーに座った。
いつもは舞華に『うさちゃんじゃ無い。』と言い返すのだが、今日はそんな気力は無かった。
自分の着ている黒ずくめの服をつまむ。
黒なので分かりにくいが、赤いような茶色いようなモノがこびり付いていた。
黒い服を着ているのは、ターゲットに自分の存在を分からせにくくするようにするためだ。
それに、仕事はたいてい夜なので、暗闇にまぎれて自分の気配を消すには丁度良い。
・・と、上のほうから
誰かの足音が聞こえてきた。
もちろん言い争っている二人には聞こえない。
いや、『もちろん』の意味は、二人が言い争っているからなのではなく、この、“うさぎ”が単に耳が良すぎるだけだ。
その足音がどんどんこちらへ近づいてくる事が分かり、
うさぎは、ニッと悪戯っぽく笑った。
それは今から始まる事を予想しての事であったのだろうか?
この足音の持ち主は誰か、よく知っていた。
「雅明!!大体あなたは・・・・!!」
「お前こそなんなんだよ!!」
5・・4・・3・・2・・1・・・・・・・。
ドウッ!!!!
「ッ・・・!?」
「きゃぁぁッ!!」
突然、突風・・爆風といった方が良いかもしれないような風が起こり、今まで言い争いをしていた二人を、そこらへんにあった家具もろとも部屋の隅まで吹き飛ばした。
吹き飛ばされた二人は一時ぼーっと、ただただ驚いていたが、すぐに青くなった。自分達を吹き飛ばした人物を見て。
表情の変化が面白い。
「まったく・・・。毎回毎回私が出てこなければ駄目なのですか。」
そう言いながらため息をつく。
現れたのは、短髪の男だった。
しかしその姿は、青くなっている雅明や舞華よりも若く見える。
『男』とうより『少年』の方が正しいかもしれない。
大体・・高校生ぐらいの若さだ。
「ごっ・・ごめんって、雪。毎回の事だし・・。」
「うん・・もうしないわ!!だから・・許して?」
二人はそれぞれ謝る。
なぜなら?・・それは、雪がまんべんの笑みで二人に近づいてきたからだ。
まだ雪は笑顔のままだ。
その笑顔こそが本当に恐ろしい事を二人はよぉぉぉぉぉく知っていた。
知っているからこそ、
正直、この間が一番恐ろしい。と二人は思った。
男・・少年(?)の名は
時化 雪。 年齢は・・やっぱり秘密らしい。
このグループのリーダー的存在で、ある意味一番恐ろしい存在かもしれない。
さつきも言ったように高校生ぐらいの容姿で、微笑みながら怒る事がある。
「・・もう、しませんね?」
雪が笑顔のまま念をおす。
二人は首が落ちるんじゃないかというほど首を縦に振った。
すると、今まで二人に向けられていた雪の視線がうさぎに向かった。
二人はほっと安堵する。雪の見えないところで小突きあいながら。
今まで面白いやりとりをただ観賞していたうさぎは、自分に視線が向けられている事がわかり、軽く顔を上げた。
「おかえりなさい。仕事は上手くいったようですね、うさぎ。 今日の宴はどうでしたか?」
雪はにこりと微笑む。
すると、相手の小さな唇がそっと開かれた。
「・・・今日は・・つまらなかったな。・・でもちゃんと“アタリ”だったよ。さすがはパソコンオタクの雅明の情報だと思った。」
「フッ・・そうだろ? ・・・・って、・・うさぎ。『オタク』はねぇだろ。せめて『専門』って言ってくれないか・・?」
雅明がそう突っ込みをするも、うさぎは全く動じていない。
その、聞こえすぎる耳にはしっかりと聞こえているはずなのだが。
「コレ。戦利品。23番目のデータ。」
そう言いながら、半透明の黒いひし形の石を雅明にポイと投げてよこす。
雅明はソレを片手で受け取り、パソコンに繋がれた、ひし形のモノが埋め込めるようになっている箱にソレを埋め込んだ。
カタカタ・・とパソコンのキーボードを打つ音が部屋に響く。
「しかし・・うさぎ、お前すごいよな。今日の仕事・・ターゲットの屋敷の外の警備が100人、中の警備が80人・・だっけ?・・あっちもこちら側がまさか一人で来るとは思わなくて油断したとは思うが、どっちにしても・・多分、全員お前に殺られてたな。」
そう話す雅明の目の前の画面には今回のターゲットの詳細が記されたページや、色々なページが開いたり閉じたりしていた。
その片隅で『ダウンロード 50%…….』と表示されている。
「さすがは“私の”うさちゃんね。」
舞華が嬉しそうに言う。
「・・・“僕”は『うさちゃん』じゃない。」
うさぎはそう、ため息混じりにぼそっと呟いた。
すると、雪が笑う。
「・・そうですね。うさぎ・・『赫い兎』、『月姫』。 いつの間にかそんな通り名がつきましたが、本当にあなたは仕事の出来る人だと思いますよ。うさぎ・・いえ、白月 赫夜。」
うさぎ・・赫夜は今まで被っていたフードを脱いだ。
「僕はその名前、あんまり好きじゃないんだけどね。・・『うさちゃん』って呼ばれるよりましだけど。 『月姫』って・・また、名前が『かぐや』だからって言うんだろう?」
そのフードから現れたのは、漆黒の艶やかな短髪の黒髪に、陶器のように白い肌、それに、長い睫毛に黒にすこし赤みがかかった血の色のような瞳を持つ、少年を思わせる顔だった。
その白い肌の顔には返り血と思われる赤い染みがついている。
赫夜はその染みをゆっくりと拭った。
「いいじゃないの、『うさちゃん』で。可愛いし☆」
舞華は両手を合わせて赫夜の顔を覗き込む。
舞華の紺碧の瞳と赫夜の血色の大きめの瞳とが合い、赫夜は視線をそらす。
そんなところもかわいい。 と思っているのか、というか顔に書いてあるように良く分かるのだが、舞華はうふふふーっと微笑んだ。
そして、何かに気づいたように「あっ」と声を上げた。
「お風呂は入らなきゃね!!」
「え。」
赫夜の顔が少し引きつる。
「いつまでもそんな格好じゃいられないでしょ?」
そう言いながら、赫夜の黒い服を指差す。
赫夜はいやな予感がしていた。
「私がいれてあげるわ!!」
「!?」
赫夜は精一杯抵抗するが、その努力は報われず、ずるずると浴槽に連れて行かれてしまった。
その後姿を雪と雅明は『ご愁傷様・・。』と見送る。
舞華と赫夜が向かったのは女湯。
なんせ赫夜は・・・・・・・
「まぁ、あのこは女の子ですからね。」
雪が苦笑いしながら言う。
舞華の過保護ぶりには毎日赫夜がかわいそうに思える。
まるで自分の愛犬にむりやり自分がインターネット通販で買った服を嫌がっているのに着せようとしている飼い主のように・・・。
赫夜は自分の事を『男』と思いたいようだった。
それは何故なのかは分からない。
初めて会ったとき、赫夜は艶やかな黒髪を地に着くまで伸ばした、いかにも“女の子”という感じの子だった。
血色の目を虚ろに宙に漂わせ、何処を見ているのか分からなかった。
何か見えないモノを見ているようだった。
しかし、その髪をざっくりと切り、今の赫夜になった。
まるで髪を切る行為で、他に何かを一緒に切り捨てたように。
「あいつも、まだましになったほうだよな・・。」
雅明はそれだけ言うと、自分の仕事に戻っていった。
パソコンのキーボードを叩く音と暖炉の薪が爆ぜる音が部屋に響く。
雪も、そこでぼーっと立ち止まっているわけにもいかないので、フッと微笑むと自室に戻って行った。
今日はもう自分の仕事は無い・・・。
白月 赫夜。年齢15歳。
通称:『うさぎ』。舞華の場合は『うさちゃん』
通り名は『赫い兎』、『月姫』。
職業は ・・・・・…殺し屋。
じ・・ッ次話を投稿してしまったぁぁ!!ワナワナ・・。
少しでも内容が伝わっていれば幸いです。
読んでくださり、ありがとうございます!!
内心、舞華の赫夜へのかわいがりぶりは私が愛犬にするような仕打ちですね!!
今思ったら、なんかかわいそう・・・;
それでは、またよろしくおねがいいたします