よくわかりませ以下略・裏(神殿騎士ロッソ・アンダーソンの場合)
別視点です。
別視点なので明日、さらにもう1本行きます。
最近、王都の市井の間には間に、ある噂が起っている。
『大怪我を負い、再起不能になった冒険者がすっかりもとに回復した』
『格安で怪我を治療してくれる人がいる』
『無償で怪我を治療してくれる人がいる』
『凄腕の医者がいる』
『治せない怪我など無い凄腕の医者がいる』
『絶世の美女で、治せない怪我は無い』
『一目見れば失神者続出の美男子の医者』
などなど。
例を挙げればきりが無い。
ふん。
コンラード王国国教、天光降教の神殿騎士ロッソ・アンダーソンは鼻で笑った。
市井に拡がる噂の数々。
市井の噂なんてものは当てにならず、そのほとんどがウソ、眉唾物がほとんどだ。
稀にある、噂が真実であったものでも、ごく小さな真実が独り歩きした結果、大きくなって1が100に拡大解釈されたようなものだ。
最近特に広がりを見せている噂を見るにーーはっ!
何度でも鼻で笑える。
『無償の医者』『治せない怪我など無い医者』『絶世の美女の医者』『失神するほど美男子な医者』
なんだそれは?
色々と無理がありすぎだろう。
薬の調合や技術料を取らなかったとしても、薬の材料である薬草を仕入れれば当然金がかかる。
希少な薬草ならなおさらだ。
その全てを自分で採集すれば不可能では無いが現実的では無い。無償の医者などあり得ない。
治せない怪我など無いと言うなら、ぜひ見せてもらいたいものだ。
魔物に肉をごっそり持って行かれた者や、手足を失った者などいくらでもいるぞ?
切り傷だったら傷口を合わせて薬を塗り安静にしていればくっ付く事もあるが、失った肉はどうなる?
絶世の美女なら、とっくに王宮から側室や王太子、王子、各貴族の妻や愛妾として誘われ、夜会での話に上るだろう。
美男子と言うのも同じだ。夫人、婦女子の茶会で噂に上る。
まったく鼻で笑える。
噂を統合し信憑性の高い部分を統合するに、医者か治癒師と言うのは確かなのだろうが、技量があれば医師会もしくはその下部組織の治癒師連盟にとっくに誘われるだろうから、そこそこの技量はあるのだろうが、誘われていない現状を見るにその技量は推して図れる。
医師会にも治癒師連盟にも該当者がいない事はとっくに確認済みだ。
大方、そこそこの技量は有るが医師会、治癒師連盟に所属出来るほどの実力は無い。
多少安めの治療費で客寄せをしている輩だろう。
見目もそこそこ。これが真実だろう。
とは言え、ロッソは噂の調査を命じられた。
かなり大きな噂になっており、いつもの単なる噂、都市伝説とは言い切れないほどの拡大を見せており、神殿から調査の命が下ったのだ。
上からの命令では仕方がない。
めんどくさい事この上ないが、ロッソは神殿騎士の序列3位。実にいい様に使われるポジションだった。
部下を使い、噂の真相を探る事2ヶ月。
ついにこの王都での噂の大元に辿り着く事が出来たのだが、それまでが大変であった。
かなりの拡がりを見せていた噂ゆえ、街行く人を適当に捕まえても簡単に噂を聞く事は出来る。
しかしその人数が尋常ではなく、大量の噂の中から信憑性の高いモノだけを選り分ける事の方が時間が掛ったくらいだ。
出所は冒険者協会所属の低レベル冒険者。
「ゲイル・ソーン、ならびにそのパーティメンバーだな?」
ロッソは噂の出所と思わしき冒険者を前に鋭い目を向ける。
「は、はい! な、なんでしょうか…騎士様」
時間はまだ午前中でもまだ早い時間。朝食も終わろうかと言う時間帯だった。
宿で朝食を済ませ、いったん部屋に戻り、今日の予定を決めようかと言うところだった。
「神殿騎士ロッソ・アンダーソンである」
「神殿騎士…」
ゲイルたち3人はロッソの神殿騎士と言う立場に息を飲んだ。
無理も無い。
神殿騎士とは『騎士』と銘打ってはいるが、その所属は天光降教教皇麾下の神殿騎士団所属であり、司祭・修道士・従士では無く騎士ともなればその全てが貴族出身。
無茶な思想統制や傲慢な行動、教義の押し付けこそ無いが、教義から著しく逸脱した等、理由があれば逮捕・拘束ましてやその場での断罪権すらある。
ゲイルたち平民とは立場が違った。
「最近、王都である噂が拡まっている。凄腕の医者がいるといった噂だ。調査の結果その噂の出所がゲイル・ソーンならびにそのパーティメンバーであることが判明した」
「………」
「相違ないな?」
「……はい」
「よろしい」
ロッソはそこまで言って、ゲイルたちががちがちに固まっているのに気が付いた。
「あー、おまえたち、そう固くならずとも良い。何も捕えようというわけでもない」
多少は緊張の解けた様を確認するとロッソは質問を続けた。
「市井に拡がっている噂を総合するに凄腕の医者という事は判るが、それに付随する噂があまりにも多すぎる。そもそもの出所のお前たちの話が最早どの様なものだったのかすら判断が効かん様になっている」
「あのー…」
「なんだ?」
「出所の我々が言うのも何なのですが、たかが噂ですよね…? 神殿騎士が出張るような事でも無いと思うのですが…何かあったのですか…?」
「それは、お前たちが知る事ではない。これは教皇猊下が王都内に異常な拡がりを見せている噂に憂慮されての事だ。それだけ理解していれば良い」
「ですが…」
「くどいぞ。先ほども言ったようにお前たちを捕えようと言うわけでも無い、もちろん、その医者だか治療師だかもだ」
そこまで言われてゲイルは安心したのか以降は余計な口を挟まず、ロッソの質問に答えていった。
「ーー…では、お前たちはマール村の依頼の最中、熊に襲われ重傷を負ったが、その村の少女に治療してもらったと。それも魔法で」
「はい」
「……よろしい。噂についてはよくわかった。これは情報料だ」
ロッソはそう言ってゲイルたち3人に、それぞれ銀貨10枚ずつを手渡し、話は終わりだと、立ち去ろうとしたところへゲイルが引き止めた。
「…なんだ、まさか足りんとでもいうか? あまり欲はかかん方が良いと思うぞ?」
「あ、いえ。まさか報酬を貰えるとは思ってなかったもので。それに『この話は他言無用だ』とか、そう言う事は無いのですか?」
ゲイルたち平民からすれば、貴族との会話の後には『この話は他言無用だ』と言うのがお決まりだと思っていたのだ。
実際そうであるし、ましてや今回は『神殿騎士』だ。
「今回は噂の真相を調査に来ただけだ。別段秘密でも何でもない」
そういうと、ロッソは今度こそゲイルたちの宿を後にした。
ゲイルたちの宿を後にしたロッソは試案にふけりながら神殿へと報告に向かう。
ゲイルたちに口を閉ざす事を強要しなかったのは、それが単なる噂に過ぎないからだ。
元々、現状拡がっている噂でも最早、元の形が解らないほどに尾ひれが付いているのだ。そのまま放置しても全く問題なかったからだ。
しかし…魔法で治療した…?
先ほど、その話に至った際、あえて何も言わずに聞いていたが、にわかには信じられない。
王都内に拡がっていた噂から判断するに、大方、そこそこの腕を持つ医者なり治療師なりとも思っていたが、魔法で治療したときた。
そのような魔法など聞いた事が無い。
あの冒険者たちは、熊に襲われ重傷を負っていたと聞く。
大方、朦朧とした状況のなか治療された故、記憶に混乱が生じたのだと思う。
単なる勘違い…そう判断出来るが…これは、ひとまず上に報告した方が良い。
ロッソは神殿騎士団本部の門をくぐった。
ロッソが噂の真相および魔法の治療の報告を済ませて1週間。
その後、上からは何の反応も無く、他の仕事に忙殺され、ある意味すっかり忘れていた頃に、その命令はやって来た。
『マール村に赴き、事実確認をするように。事実なら王都へと召喚せよ』
さらに、召喚の際にはそれなりの待遇、間違っても犯罪者よろしく拘束する事の無いよう、徹底するよう指示まで出された。
市民に開放されている教会内はともかく、神殿騎士団本部などは外部の人間をあまり歓迎しないからな。
まあ、功を焦ったバカが勝手な判断をしない様にって事だろう。
まだ、本当かどうかも分からないのに、寒村の村娘一人にご執心な事だ。
兎にも角にも、命令だ。
それなりの待遇との事だから、自家であるアンダーソン家から馬車1台と御者、メイドの2人を連れ立ち、ロッソ自身は愛馬にて出発した。
3ヶ月ほど掛けマール村に着いたロッソは村長に面会をした。
ちなみに、馬車、御者、メイドはマール村から一番近い街、ケールに待機させている。
ケールからマール村までは道が悪く馬車では走行不可能だからだ。
「神殿騎士ロッソ・アンダーソンである」
「こ、これは神殿騎士様! な、なぜこのような辺鄙な寒村に!?」
マール村村長は神殿騎士という予想外の存在に驚愕し、へりくだった。
交通の便も劣悪な山奥の辺鄙な寒村には教会など無い。
最も近い教会はケールだが、交通の便が悪すぎる為、司祭すら来ない。神殿騎士など思いの端にすら上った事は無かったのだ。
「うむ、実はな。最近王都ではある噂が大きく広がっておる」
「噂…ですか?」
「この村にいる少女が、大怪我を負った冒険者を魔法で治療したと」
王都での噂は、原型が解らないほど細切れにされたものだったが、ロッソはゲイルたちの言も統合したものを言った。
「ああ! はい。ミリィの事ですね。こんな辺鄙な村に魔法が使える者など望外の喜びです。おかげで最近では近隣の村々からもミリィを頼ってこの村に人が来るようになりました」
村長は相好を崩し、にこにこと答えた。
ふむ…変に隠している様ではないな…
「では、その娘を呼ぶように」
「へぇ」
村長に連れられて来たミリィを見たロッソは、わずかとはいえ固まった。
「村長…この娘で間違いないのだな…?」
「はい、この子がミリィでございます」
ロッソは瞠目した。
王都での当てにならない噂『絶世の美女』はともかく、大元のゲイルからは少女、村娘と聞いていたので勝手に結婚適齢期の14~15歳、年若くても12~13歳と思い込んでいたのだ。
それがどうだ?
歳若いどころではない、もはや幼女であった。
知っている言葉も少ないだろう…満足いく会話が出来るのか?
「…名前は?」
知っている。
これは確認だ。
「ミリィ」
ロッソは膝を折りミリィと目線の高さを合わせ、出来るだけ優しく言った。
いくら貴族と平民とは言え子供を怯えさせるのは本意ではない。
大人はともかく、幼い子供にまで尊大に振る舞うほど馬鹿ではない。
「いくつかな?」
「5才」
5歳…
あまりの幼さに目がくらむ。
「冒険者の人を手当してあげたと聞いたが、本当かな?」
こくりと頷くミリィ。
「私にもその様子を見せてもらえないかな?」
「?…怪我してる人いないよ?」
それはそうだ。
怪我人がいなければ、怪我を治す方法は分からんよな。
「では、今からわたしが自分で傷を作るから治してもらえないかな?」
そう言ってロッソは短剣を取り出す。
「…痛いよ?」
「なに、指先にちょっと小さく傷を付けるだけだよ」
取り出した短剣にちょっと怯えを見せるも、頷くのを確認し、ロッソは短剣の先で小さく指先を斬る。
ぷくりと小さな血の玉が指先に出来るのを確認し、その指先をミリィに差し出す。
「元気におなりー」
特別な動作も、長ったらしい呪文も無い。
傷口に手をかざし、ただ一言。
たったそれだけだった。
ミリィの手が薄ぼんやりと淡く桃色に光ったかと思ったら、怪我人の患部がきらりきらりと金色と銀色の粒子みたいなので覆われてーー
血を拭き取ったロッソの指先はすっかり治っていた。
止血剤を使った後の様に、ただ血が止まったわけでも無い。
傷自体が完全に無くなっていた。
……本物だ。
ロッソは噂の真実を確認した。
どの程度まで治せるのか確認したいところではあるが、まさか自分や、まして他人を故意に大怪我させるのは躊躇われる。
「うん。すっかり良くなった。ありがとう」
ロッソはミリィの頭をくしゃくしゃと撫でた。
「さて、村長」
一旦ミリィを帰した後、ロッソは村長に向かって言った。
「王都において、教皇猊下がミリィの召喚を行っている」
「ミ、ミリィを!?」
「うむ。ぜひ会ってみたいと仰せだ」
「し、しかしミリィはまだ5つで、寒村ゆえ行儀作法や礼儀すら全く…とても教皇猊下になど…」
「村から出た事も無い、寒村出身者。しかもあそこまで幼い子供に完璧な行儀作法や礼儀を求めるほど猊下も狭量ではない!」
「こ、これは大変失礼を申しました!」
「今の言葉は不問に処す。なに、攫って行くわけでも無し。神殿騎士の誇りにかけ、王都へは我が責任をもってお連れしよう、ケールまでは我の馬に相乗りさせる事になるが、ケールには馬車も待たせてある。メイドの連れて来ているゆえ王都までの世話も問題は無い」
そこまで言ってロッソは愛馬の荷袋から1枚の羊皮紙を取り出し、村長に提示する。
「教皇猊下の正式な召喚状である」
これが決め手となり、ロッソはミリィを王都へ連れて行く事となった。