よくわかりませんが以下略・裏(冒険者ゲイル・ソーンの場合)
別視点となります。
別視点なので明日にもう1本いきます。
ゲイル・ソーンは冒険者だ。
貧しい農家の4男として生まれた彼は、他の貧農の子倅と何ら変わりなく、豪農、名主にこき使われ、成長すれば家を継いだ長男にこき使われる事となる。
物凄く辺鄙な所にある村ゆえ、嫁いでくる嫁も少なく、長男以外は結婚も許されない。
そんな生活に嫌気がさし、我慢出来なくなったゲイルは14で家を飛び出し、街へと上り、冒険者協会の門を叩いた。
元々、歳近い兄弟や貧農仲間内では一番腕っ節が強く、一年に一度ある収穫祭で供される鹿などの狩りでもゲイルは比較的簡単に仕留めていた。
それゆえに、冒険者となってもやっていけると考えたのだ。
もちろん、世の中そんな甘いものでもなく、冒険者になる事は出来たが依頼の失敗が多く、長くくすぶる事となった。
それはそうだろう。故郷の村で行っていた狩りも、周囲の大人が獲物を追い立て、弱らせ、さあトドメ…と言う時だけゲイルにやらせていたのだ。
これは、なにもゲイルのみではなく、狩りの技量の低い子供たちに自信を付けさせる為に、村の大人たちが古くから行ってきたやり方だったのだ。
ゲイルはその子供たちの中でも比較的覚えが良かっただけであるが、当のゲイルはそれに気が付かなかっただけである。
それでもゲイルは腐る事無く、冒険者を続けた。
憧れの冒険者でもあったが、村を飛び出したゲイルには帰る所も無かったと言うのが大きい。
先輩冒険者の荷物運びをこなすかたわら、自分でも簡単な、薬草採取系や野犬の追い払い。深夜に荒らされる農作物を害獣から守る監視などの依頼をこなした。
ゲイルの冒険者としての成長は遅く、最早、新人という免罪符も効果が無くなり、単なる低ランク冒険者となった。
その日の稼ぎを酒と女に変えて刹那的に生きる…そんな事はそれなりの稼ぎがある冒険者だけであり、財宝や高価な魔法具を手に入れ、左団扇で引退するような冒険者はごくごくほんの一握り。
武器、防具から冒険者として必要な小道具、医薬品、宿の代金に飲食代。国の軍や貴族の私兵とは違い冒険者はすべてが自腹だ。ゲイルの生活はいつもカツカツだった。
とは言え、気の合う仲間にも恵まれ、元々リーダーシップのあったゲイルは小さいながらもゲイルをリーダーとしたパーティを組んでいた。
「割の良い依頼が取れたな」
そう言ったのはリック・インナード。
ゲイルのパーティメンバーであり、同い年の18歳。
ゲイルと同じくショートソードを使い、安物ではあるが楯も使う。
「とは言っても、遠いのがねぇ…」
こちらはアル・デスク。
小さな短剣を持ってはいるが、基本は弓を使う。同じくして18歳。
元々は、猟師だったらしく、弓の扱いに長けていて、ゲイルよりも上手い。
ゲイルは弓も使えるが、基本はショートソードである。楯は弓を使う際に邪魔になるので使っていない。
ゲイルにショートソードを使うリックを前衛に、弓を使うアルが後衛。
これがゲイルのパーティだった。
みな18歳と同い年で、その出自もみな、貧農や猟師の3男4男とあって、気が合うのも道理だった。
さて、先ほどアルが言ったように、今回の依頼はその遠さがネックだ。
ホームとしているレンバートの街からかなり離れているのだ。
目的の村は、どこかの町への通過点と言うわけでもなく、その村が最終点。
辺鄙な村で、その先には何もない単なる寒村なのだ。
その村自体に用が無ければ行く事も無いような村。
今回の依頼は、その村に出没した熊を追い払ってほしいと言う物。
熊相手は低ランク冒険者には荷が重いが、討伐依頼ではなく、追い払ってほしいと言う物。
距離が遠く、討伐でもないので毛皮や肉などの副産物での稼ぎも期待出来ないので不人気の依頼だが、追い払うだけなら低ランクでも…という事で許可された依頼だ。
遠くまでの移動にさえ目をつむれば、低ランク冒険者にはおいしい稼ぎなのだ。
馬車を使う金も無く、徒歩で5日かけ目的の村に辿り着いたのはもう、太陽が沈む直前だった。
人気の無い依頼なだけあって、ゲイルたち以外に他の冒険者も来てくれなかったらしく、村長はもろ手を挙げて喜んでくれた。
もう日が沈むという事もあり、その日は村長宅に泊まり、詳しい話は明日、という事になった。
夜が明け詳しい話を聞くに、最近、村に熊がよく出没するらしい。
人的被害は無いが、作りかけの保存食や鶏などの家畜が被害にあっており、いつ人的被害が出るかわからず依頼したとのこと。
2~3日様子を見る事となった。
3日目の夜、村長の言う通り、熊が現れた。
熊は雌でさほど大きくは無く、十分に対処出来るだろうと思われる。
作りかけの保存食に夢中になっているようで、こちらには気が付いていない。
左右からゲイルとリックが囲み、アルが弓で遠くから射る。
フォーメーションと作戦を決める。
まずはアルが弓を射り、怯んだ隙に左右からゲイルとリックがショートソードで仕掛ける。
いったん決まれば、後は早かった。
作戦通りアルが弓を射って熊に刺さる。
突然の痛みに怒りの咆哮をアルに向ける。
よし!
作戦通り、左右から仕掛けるゲイルとリック。
しかし、ここで作戦に齟齬が生じる。
影になっていて気が付かなかったが、小熊が2匹。
子連れ!
ゲイルは焦った。
子育てーー特に子熊を連れている最中の母熊は異常なほど攻撃的になる。
ゲイルの予想通り、母熊は攻撃的だった。
最初に熊の一撃を食らったのはリックだった。
楯で防いだものの、安物の楯など一撃で粉砕され、リックは吹き飛ばされ民家の壁に激突した。
肩口からは大量の血が流れていた。
死んではいないが重傷。
次はアルだった。
物凄い勢いで迫ってくる母熊に、2、3射、矢を射るが母熊はものともせずにアルに迫り一撃でアルを吹き飛ばした。
反射的に楯にした弓はあっさり砕けた。
袈裟がけに来た母熊の爪は弓を砕き、アルの腿を切り裂いた。
こちらも命には別状はない。しかし重傷に変わりなく、冒険者としてはもうやってはいけないかもしれない。
くそ!
ゲイルは雄叫びを上げながら母熊に向かった。
それからは酷いモノだった。
母熊の標的は村人にまで及び、村の大人総出の騒ぎとなった。
ゲイルも、村の大人たちも大なり小なり怪我を負い、何とか母熊、小熊を追い払う事が出来たが、被害が大きすぎた。
中途半端に怪我を負わせた熊を放っておくわけにはいかず、怪我をおして村から数人の猟師が熊狩りに出て数時間後に母熊、小熊を仕留めてきた。
村人への被害を恐れて冒険者協会に依頼を出したというのに、結局村人総出の騒ぎとなり、死者こそ出なかったがかなりの人数の怪我人が出た。
熊の討伐も結局村人が行った為、謝礼など要求できるわけがない。
依頼も失敗判定だろう。
そもそも、もはやこの怪我では冒険者は続けられないだろう。
傷が深すぎる。
「依頼失敗…だな…」
「そう…だな」
村長宅で治療を受けながらのゲイルはつぶやきにこたえるリック。
「はは…冒険者としても終わったね…」
アルのつぶやきにゲイルとリックは答えられなかった。
傷自体は治るだろう。
しかし、傷が深すぎる。
肩口を大きく抉られたリックは日常生活はともかく、もうまともに剣を振るえないだろう。
腿を大きく切り裂かれたアルは、千切れてはいないものの何とか繋がっているという状態だ。もはや切り落とすしかない。
ゲイルも2人より軽傷とは言え、傷が多く、右腕は骨折し変な方向に曲っていた。
リックと同じく今後治ってもまともに剣を振るえないだろう。
持ってきていた痛みどめで痛みを抑えているから冷静に色々考える事が出来るがゆえに、今後の事を思うとため息が出る。
この怪我ではまともに歩く事ができ、街に帰る事が出来るまで村人の世話になるしかない。
村人たちはどんな目で我々を見るのだろうか?
白い目で見られるまではまだ良い。
しかし、まともな食事は出されないと見た方が良いだろう。
余計な事をして村人に大被害を出したとして衛兵に突き出されるかもしれない。
いや、下手をしたら、私刑をされてそのまま処刑されるかもしれない。辺鄙な寒村だ。『依頼を出したが冒険者など来なかった』『村人総出で熊は討伐した』それだけで、もはや証拠は出ないだろう。仮に衛兵が来て調べられても、村人の多くが怪我を負っている。自分たちで討伐したという良い証拠になるだろう。
外から歓声が上がった。
なんだ?
今、村では怪我人が多く、その治療の為に皆、どんよりと沈んでいる。歓声の上がるような事は無いはず。
これは…いよいよ、自分たちの処刑でも決まったのだろうか?
まともに動けない自分たちに抵抗は出来るだろうか…
がたがたと音を立てて引き開けられた村長宅の扉の外から入って来たのは小さな幼女だった。
年の頃は4つか5つ。
にんじん色の髪を後頭部でくくっている。
くりくりとした碧の大きな瞳が特徴的だ。
「怪我はどう?」「痛む?」
多少舌足らずの口調で問う幼女は満面の笑顔。
少なくとも冒険者の私刑が決まり喜んでいる笑顔には見えない。
「あ、ああ…今は痛み止めで痛みは無いよ」
「よかった。じゃあすぐに始めますね」
始める? 何を?
疑問を浮かべるゲイルたち3人達だったが、お構いなしに、ぽてぽてと近づいてくる幼女。
「わたしミリィ。お兄ちゃんは何て名前?」
「ん。ゲイルだ」
ミリィと名乗る少女にゲイルは名乗る。
「リックだ」
「アルと言います」
他の二人も次いで名乗る。
「じゃあ、まずはゲイルさん。元気におなりー」
そう言って添え木と包帯でぐるぐる巻きのゲイルの右手に手を添えるミリィ。
微笑ましい。
ここまで幼ければこの幼女に出来る事など何も無いだろう。だが、この幼女は我々を気遣ってくれている。
そう思うと、笑みが浮かぶ。
どの道、冒険者としての再起はもう無理だ。
このような幼い子供を守れただけでも良しとしなければ…
そうゲイルが思った瞬間、ミリィの手のひらが淡く桃色に輝き、ゲイルの右腕が金色と銀色の粒子できらきらと輝きそのまま空中に立ち昇り儚く消えていく。
見た事も無い光景にゲイルだけでなく、リックもアルも目を見開いた。
「おわりー」
そう言ってミリィはゲイルの右腕の包帯を解き始めた。
「お、おい…」
戸惑うゲイルに構わず解かれた包帯の下にはいつも通りの右腕。
骨折の為に腫れ上がっていた箇所はすっかり腫れも引いており元通りになっていた。
ミリィはそのまま、ゲイルの各所にある傷に包帯の上から触ると「元気におなりー」と言う。
傷のある個所にミリィが触れる度、ミリィの手が薄ぼんやりと淡く桃色に光り、怪我人の患部がきらりきらりと金色と銀色の粒子みたいなので覆われてーー
ゲイルの怪我はすっかり治っていた。
見た目にもはっきりとわかったのはリックの怪我だった。
大きく抉られた肩口の傷がすっかり元通りになっていたのだ。
アルの、もはや切断するほか方法が無いように思われた脚もすっかりくっついて普通に歩けるようになっていた。
ゲイル、リック、アルは言葉が無かった。
「すげぇ!」とか「傷が治っていく!」とか陳腐な言葉は出なかった。
ただただ、言葉が出なかった。
こんな大魔法使いがこんな辺鄙な村にいるなんて聞いた事が無い。
冒険者として再起不能な怪我を元通りに直してもらった。
一体、どれほどの金額を要求されるのだろうか?
ゲイルたち3人の顔がこわばった。
「す、すまないがお嬢ちゃん。せっかく治してもらってナンなんだが、我々は…その…な。そこまで強い冒険者では無くてな…その、持ち合わせがないのだが…」
「村を守ってくれたんだもん。お金はいらないよー」
申し訳なさげにこたえるゲイルに、にこにこと答えるミリィ。
「我々だけではなく、他の村人には…?」
「村の皆はもうみんな治したよー」
ゲイルはうすら寒くなった。
これほどの大魔法使い。
あれほどいた怪我人をすべて治せる魔力量。
この村ではかなりの発言権があるのかもしれない。
その少女が言うのだ。本当に治療費は無くてもかまわないかもしれないが、まだ子供。周囲の大人が治療費を要求するように差し向けたら、ゲイルたちにはどうしようもない。
「そ、そうか。大変世話になった。今回我々としては依頼失敗なので謝礼も必要ない。すぐに発たせてもらう。すまない、治療感謝する」
ゲイルたちはミリィ、そして周囲の大人たちの気が変わらないうちに村を発つことにした。
今回は僥倖だった。
今後は身の丈に合った依頼をこつこつとしていく事にしよう。
ゲイルは帰路に付きながらしみじみと思った。