2話
その最後の話を読み終わったときにパタンと本を閉じた。
「めでたしめでたし……ね」
こういう童話は好きだ。ファンタジーの根源でもあるし。
ただ、なんとなくもやっとした気分を抱えていた。
エルデアおとぎ話は小さい頃は好きだった。何度も読み返すほど。
やがて童話すら読まなくなって、何年も経った。最近になって無性に読みたくなり、ちょうど倉庫に用事があったので探して読んでみた。
勧善懲悪は王道、のはずなんだけど。
「今読むと、とてつもなく胸糞悪いね……」
童話だから、で割り切ればいいのだが――大抵悪役は残虐な死に方をしているし――、とくにこのグリティシア姫のお話はもう一回読む気にはなれなかった。なんでだろう。
最近、溺れる夢を見たからかな。
「魔女も報われなかったろうな、魔法で運命を変えられたようなもんだし。しかもその魔法が同じ魔女によるものっていうね……」
そこには私以外誰もいないが、ぽつぽつと感想を語っていく。いやむしろ、だれもいないから語る。自己満足だが、口に出したほうが魔女の供養になると思った。まぁ所詮はおとぎ話なんだけどね。
こんなことをしていても見ての通り誰もいない。誰も何も言ってこないから何を言おうと自由だ。
「王子様もカスだよな、人のいうことホイホイ信じちゃって。目で本気か分かってたまるかっつーの。グリティシアも案外腹黒だったりしてね」
何気なく裏表紙を眺めて、著者の欄を眺める。口語伝承とかの話を集めたんだろうけど、どう見ても矛盾だらけなのは気にしなかったんだろうか?
まぁ、分かる訳ないか。
もう一度本を閉じて部屋に戻ろうとしたときだった。本の隅に薄い鉛筆書きが目に留まった。
誰だ落書きしたのは。どうせ兄だろう。
解読してからかってやろう、と顔を近づけた。
「ただし……てねいに?――ていねいか。ほど、くんだよ……じゃないと、うんめいが、もとにもどそうとして、しまうからね?」
なんだこれ。兄が中二病をこじらせてたときのかな?
でもこんなに達筆ではない。誰が書いたんだろう。
「ただし、丁寧にほどくんだよ、じゃないと運命が元にもどそうとしてしまうからね」
そう頭の整理のために反芻したときだった。
「いっ!」
本が輝きはじめ、吸い込まれるように私は――
コトン。
収束した光を放つ本は、誰もいない、誰も動かない空間で持ち主の帰りを待つのみだ。