【幕 間】 白き少年と黒き狼犬
ようやく折り返しです。
母上。
貴柱はなぜ、僕をこの世界に産み落としたのですか?
ハジマリがなんだったのか、結局今の今まで憶い出すことはできなかった。
確かな記憶は、僕がただ独り、長きに渡り溟い海を漂い続けていたということだ。
そこは言わば満天の夜空の如く無数の星が煌めく場所で――けれど、僕はその光の中にあっていつまでもいつまでも独りきりだった。
隣でも、遠くでも、彼方へと誘うように燦然と星は煌めいていたけれど、どうやら彼等と僕とでは何かが違うようだった。
彼等は絵具が溶け合うように混じり合い絡み合い、二つが一つに、そして時には泡沫の如く一つが二つに別れた。
彼等は――
そう。
独りではなかったのだ。
永遠。
無限。
不朽。
悠久。
果てしなく広がる海に恒に抱かれ、穏やかな波に揺られる赤ん坊のように、彼等は独りに怯えることなく眠っていた。
それなのに、僕を満たすのは寂しさだけ。
寂しくて、哀しくて、光の中で独りに震える。
輪り廻る星の煌めき、眩い光が揺蕩う溟き海は、終わりのない永遠という檻となって僕を鎖し続けた。
何のために、僕は存在しているのですか?
僕以外の、僕と同じ寂しさを抱く光を探して、僕は問い続けた。
何度も何度も何度も何度も。
始原も分からず、終焉も見えないこの檻の中で、僕は永遠の幻想に囚われている。
僕はなぜ、生まれてきたのですか?
何度も何度も何度も何度も――僕は問い続けた。
そして。
溟き海の渚を越えて――
貴柱は昏き野からやってきた。
母上。
貴柱はなぜ、僕をこの世界に産み落としたのですか?
あの頃の疑問が、今なお僕の存在をじりじりと灼いている。
運命によって紡がれた糸は、運命によって割り当てられ、運命によって切られ散ってゆく。
連綿と織り上げられ、そして解れる世界の上で、なぜか僕だけがその仕組みの外にいる。
正解という光を見失い、答えのない陰に潜みながら――僕は貴柱に祈り続けた。
この世界に、神はもういない。
かつての神々も、天使も、悪魔も、英雄も――全ては幻想の存在となり、生命の意識は朽ちた幻影だけを追い求めている。
何のために?
誰のために?
過ぎ逝く季節を幾度となく見送っても、この胸の寂しさが癒されることはなかった。
何のために、僕は生きているのですか?
――いえ、わかっています。
僕を見つけてくれた貴柱が、僕を産み落とした理由。
全ては、新たなる天地開闢のため。
輪り廻る死と再生の蛇――不滅にして無限なるものによる創世のためだということは。
血と智。
意志と遺志。
精神の深淵に潜む、深遠なる意識に輝く神の光。
織り上げられた意識が重なり、混沌たる溟き海の底で産声を上げた神聖なる意志の煌めきが、迷うことなくこの現世を目指せるように、母は僕を昏き野の果てへと寄越したのだ。
それなのに――あの疑問が僕を捉えて離さない。
この世界に、僕は必要なのだろうか?
やがて生まれてきた弟達と妹達。
不確かになってゆく世界で、彼等は母の願いを叶えるべく威光を謳い始めた。
かつての高き光の残滓を旧きものとするために、僕も弟や妹のように新たなる光を揮った。
結局のところ、荒野に降り立ってなお流れに身を任せてしまう僕の本質は、深海を漂っていた時と何も変わっていないのだ。
僕も弟や妹と『同じ』はずなのに、一人ではなくなったはずなのに、この胸の寂しさが埋まることはなく、僕は母に問い続けた。
貴柱は決して答えず――永遠とも思える檻の中で、しかし確かに時間は過ぎていった。
母上。
貴柱はなぜ、僕をこの世界に産み落としたのですか?
だって世界はこんなにも――僕達を必要としていない。
僕達が――僕がいなくても、いずれ世界は答えを出すだろう。
僕は貴柱の本心が知りたかった。
貴柱は世界を憎んでいるのですか?
貴柱は世界を恨んでいるのですか?
それとも――
世界を愛しているのですか?
ああ、そうだ。
母上に伝えたいことがあります。
最近、初めて『友達』と呼べる存在ができたのです。
ユーラシア大陸の北西部を旅していた時、森の奥で暴れ回っていたゲシュペンストを退治したのがきっかけなのですが――それ以来僕から離れようとしない、変な奴です。
そいつも僕と同じ、独りでした。
僕は初めて、自分と同じ寂しさを抱いた命に出逢えたのだと思いました。
この世界にも――
光なき昏き野だと思っていたこの世界にも、数多の星々が咲いている。
溟き海を漂っていた時にはわからなかったことだ。
揺蕩っていた星達は寂しさも哀しさも感じないのかもしれないけれど、きっと自分が何のために燃えているのかもわからずにただただ煌めき続けている。
けれど僕はこの世界で、終わりのある命というものを知った。
いや。
本当ははじめから知っていたのに、見ないようにしていたのだ。
僕は命が始まる前から『僕』だった。
だからきっと、命が終わった後も『僕』なのだろう。
僕はそのことに恐怖を感じた。
なぜなら――
『あいつ』は、命が終われば『あいつ』ではなくなってしまうのだ。
何年も一緒に旅をした。
同じ景色を瞳に映した。
僕は浮かれていたのだ。
だから僕とあいつの決定的な違いを正面から見つめようとしなかった。
嫌だった。
絶対に嫌だった。
せっかく寂しさを埋められる唯一つの光と出逢えたのに、それを喪う恐怖に――僕は堪えられなかった。
そして僕は――過ちを犯した。
それが貴柱に背く行為だとしても。
愛する貴女に抗う行為だとしても。
何より――
身勝手な理由で、友達を檻の中に閉じ込めるような行為だとしても。
僕は、お前を。
「心配ないよ。少し、昔のことを思い出していただけだ」
傍らで僕を見上げるその頭を撫でると、相棒は目を細めて鼻先を舌で舐めた。
そう、昔のことだ。
悔いても嘆いても、もうやり直せない過去の残照。
あの日。
一度消えたはずの灯は、旧き光によって再び煌めきを取り戻した。
けれど旧き光は、僕達が持つ新しき光――〈不滅にして無限なるもの〉と相反する性質を持つ。
僕が友に押しつけた高き神格。
その神性が、いずれ僕を滅ぼすことになろうとも。
それでも僕は、こいつと離れる気なんてさらさらなかった。
永遠の檻を抜け出して――未来を取り戻すために。
「さあ、彼岸西風天明を迎えに行こう」
またしてもポエム的なものになってしまい申した。
この話は第2部とはあまり関係のない話で、第3部で掘り下げて、第4部から本格的に書く予定です。
というか第4部はもう先に書いてしまったのですが、やはり時間が経つとどうしても修正したい部分が出てきてしまうんですよね……。
特に第4部で本格的に登場させたフライという犬に関しては、大幅に修正したいと思います。
第3部を書き終えたら……なので、数年後になりそうですけどね(笑)
次回は春投稿目標!
「【第四章】 灯の雨は天に仇なす」!!




